大切なのは「あの頃の空気感」気鋭の油彩画家・瀬古亮河先生が描くサブカルとアートの境界線

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大切なのは「あの頃の空気感」気鋭の油彩画家・瀬古亮河先生が描くサブカルとアートの境界線

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80〜90年代のアニメーションがまとっていた、世界の終末を予感させる退廃的な雰囲気。気鋭の油彩画家・瀬古亮河さんは、そんなバブル期前後にただよう混沌とした空気感に魅せられ、実在しない架空のアニメをモチーフに油絵や立体物を制作しています。
「適度に手を抜く」「最高傑作ができたら作家として終わり」オタク文化と美術の境界線を行き来する瀬古先生が語る創作論とは。大きな反響を呼んだ個展『この作品はフィクションです。』に対するこだわりとともに、独自のスタンスを貫く瀬古さんが持つアートに対する熱い想いを伺いました。

作者プロフィール

瀬古亮河(せこ りょうが)
1999年三重県生まれ。『第16回CBC翔け! 二十歳の記憶展』グランプリ受賞。主な個展に『円あるいは、』(NODA CONTEMPORARY、愛知、2023)、『この作品はフィクションです。』(名古屋栄三越、愛知)など。漫画家としても週刊少年マガジンや週刊少年サンデーなどで受賞歴を持つ。現在は油彩を中心にイラスト、アニメーション、立体など多彩なジャンルで創作活動を行っている。

Instagram:@ryogaseko
X:@lnnJp8UJnO75764

美術部に拉致されて初めて拓けた画家の道

――画家を志すきっかけになった出来事があれば教えてください。

美術の世界に入ったのは、高校生のときですね。
バドミントン部に所属していたんですけど、あるとき急に放送部の同級生に美術部に連れて行かれたんですよ。そのとき美術部はもう3年生ばかりで、このままじゃ廃部になるからお前が部長をやれと。

――それまでも絵は描いていたんでしょうか。

一応、ちょこちょこと描いてはいましたね。といっても油絵なんかはからっきしで、水彩ばっかりやっていました。なのに部長に急に筆を持たされちゃって、断り切れず。部長になったからには……ということで、そこからは後輩の勧誘なんかもやって、美術部の再建をしながら絵を描くことにのめりこんでいきました。

――いきなり部長になったわけですが、絵の技術はそこからどのように身につけていったのでしょうか。

それに関しては指導者に恵まれたこともあると思います。
四日市の高校にいた美術の先生が、うちの部内でも「すごいな」と話題になるほどだったんですね。そしたら翌年うちの顧問が違う学校に異動して、入れ替わりでその先生がやってきたっていう。
噂になっていただけあって、指導はかなり本格的で大変でしたけど、そのぶん絵が上手くなる実感もありました。最終的に、全国高等学校総合文化祭(文化芸術のインターハイと呼ばれる大会のこと)の三重県代表にも選ばれて。先生との出会いがあったからこそ、今もこの世界に居られています。

個展『この作品はフィクションです。』に展示された油絵

――本格的に油絵に注力するようになったきっかけはあるのでしょうか。

大学4年生のときに、CBCテレビが主催する『CBC翔け!二十歳の記憶展』への出展が決まったのがきっかけです。実はそのころはマンガを中心に描いていたんですが、他の出展作品に油絵がないことがわかって、大学の先生に「油絵を描くべきだ」と勧められて。実際1、2年生のときは油絵も描いていたので、二つ返事で「わかりました!」と。そうして夏休み返上で描き続けた作品が展覧会のグランプリを受賞したもんだから、“オレって油絵もいけるんだ”と乗せられちゃった感じです。

油絵でありながら、マンガでいうスクリーントーンの陰影を点描により表現した作品も

――高校では美術部の先輩に、大学では先生に。もし周囲の声がなかったら、芸術家にはなっていなかったのでしょうか。

グランプリを獲った後、ギャラリーから声がかかったこともあり、本格的に画家を名乗るようになりました。
本当に周囲に流されるままやってきた部分が強いので、その声がなかったら絵は趣味止まりだったと思います。子どもの頃はものづくりが好きで工作をよくやっていたし、何もなければ工学系の大学を志望していたかもしれません。

――芸術の道に進むことに、家族からの反対はありませんでしたか。

うちは元々そんなに絵を描く人がいない家系だったので、最初は「なんで絵?」と不思議な顔はされましたね。ただ、父親が趣味でギターの引き語りをしているのもあってか、芸術方面への理解はある家庭で。総合文化祭に出た頃ぐらいからは、絵の活動も気兼ねなく応援してくれるようになりました。

――周囲の声が自分の進路に影響を与えたとのことですが、ご自身の創作物はどのようなところから影響を受けていると感じますか。

小学生のときから、絵コンテを見るのが大好きでした。『風の谷のナウシカ』などのいわゆるジブリ系の作品の絵コンテを買って、高校の朝の読書の時間に読んだりしていましたね。もはや読書じゃないですけど、先生もマンガを読んでいるわけじゃないからってことで、ギリギリ見逃してくれていた気がします。

瀬古さんが描いたマンガ原稿の一部。今やマンガはデジタル作画が主流だが、瀬古さんはアナログ作画を貫いている

――アナログライクな絵作りは、ジブリ系の作品の影響が大きかったんですね。

あとは、90年代後半のアニメーションからもめちゃくちゃ影響を受けています。
作品で言うと『カウボーイビバップ』や『攻殻機動隊』とか、自分が生まれる前後くらいの時期の、世界の終末が近づいている、少し退廃的な世界観を持つ作品が好きです。僕ぐらいの世代というのは、バブル崩壊直後のような混沌とした空気に直面していません。知らないからこそ、この時代の空気感への憧れがあるように思います。
他にも90年代ではないですが『機動戦士ガンダム』も好きですね。

――確かに、今の瀬古さんの作品には、90年代アニメの雰囲気はとても色濃く感じますね。絵の技法などで参考にした画家、憧れている画家はいますか。

油絵でいうと、ミュシャやクリムトの作品は参考にしている部分が多くあります。平面的なものと立体的なものを組み合わせてデザインとして完成させているところが素敵で。アニメーションの好みはとてもオタク的なんですけど、美術的な部分はかなりミーハーな自覚があります(笑)。

個展『この作品はフィクションです。』にこめた情熱

個展『この作品はフィクションです。』展示風景

――退廃的な空気感ただよう作品づくりは、4/29~5/5に行われた個展『この作品はフィクションです。』でも前面に押し出されていました。

本当に僕の趣味を全力でさらけ出した個展になりましたね。架空のアニメーションを題材に、まるで当時実際に販売されていたかのような空気を作ることを意識しました。この架空アニメの作品ジャンルは、外国人好みの嘘だらけの日本を舞台にした、ネオジャパニーズやアジアンサイバーパンクをイメージしています。有名どころだとAKIRAみたいな世界観ですね。

――この個展が誕生したきっかけは何でしょうか。

二十歳の記憶展でグランプリを獲った副賞として、個展が開けるんです。で、開いた個展に偶然来てくれていたのが名古屋栄三越の山田さんだった。僕と同じように、この年代の作品が大好きということで、めちゃくちゃ意気投合したんですよ。そこから今回の展示の話に繋がりました。

展示はすべて架空のアニメ『機上の九龍(クーロン)』をモチーフにしている

――制作物は油絵を使ったポスターに限らず、その架空のアニメをイメージしたビデオテープや実際のアニメーションなど、本当に幅広いですよね。

80年代や90年代のロボットアニメをオマージュした架空のアニメ作品と、それに付随するものを片っ端から作りました。ビデオテープはちゃんと再生できるように、フリマアプリでジャンク品を買いあさったりして(笑)。
あとは、映像の中身もそうですが、ガワの部分もこだわっています。パッケージの中にカードが入っていて、そこからYouTube上の限定コンテンツにアクセスできるっていう仕掛けも取り入れました。
まあ当時の特典がYouTubeコンテンツなワケがないんですが、そういう限定コンテンツって、作品ファンからしたらたまらないので。

展示を見ていると、まるでこのアニメが実在したかのような錯覚に陥る

――個展のタイトル通りすべてが虚構でありながら、その作りこみ具合は実在のアニメに遜色ない仕上がりです。ここまで細部を突き詰めるのには、イマジネーションがとてつもなく必要だったのではないでしょうか。

全部挑戦ではあったんですが、中でもとくに大変だったのは立体物の制作ですね。
粘土の焼き縮み(粘土を焼いたり乾燥させる段階で水分が抜けたり気孔が埋まったりして全体が縮むこと)を計算して造形するのは僕にとって初の試みでした。
だからって妥協はできないんですよね。個展のコンセプト的に、初の試みだろうとなんだろうと、プロのモデラーが作ったものに見えないといけないので。職人仕事らしく見えるように、市販のプラモデルのパーツを切り貼りしたり、100均のペンケースを解体して材料にしたり、あの手この手を使って制作しました。

個展内の立体物なども、すべて瀬古さんが手掛けている

――作品ごとの裏設定も細かく作りこまれていますよね。

個展内で説明している部分以外にも、製作途中で内輪揉めしてリリースされなかった企画とか、このガワができるまでの過程についても自分の中では全部裏設定があります。表に出ない細かい設定を考えるのが楽しくてしょうがないんですよね。
今回の個展の話をくれたのは名古屋栄三越の山田さんという方なんですが、山田さんとは本当に延々とこのアニメの設定の話ができます。
「設定の話はあとでいくらでもできるから、個展の事を話しましょう」と仕切り直されたくらいです(笑)。

――それだけ細かな裏設定があるのに、全部公開しないことには意図があるのでしょうか。

設定ばかりを表に出すと、アートじゃなくてオタクの自己満足になってしまうと思っていて。美術作品って、少し含みを持たせるものが多いんですよね。今回なら架空の作品につながる要素を色んな作品の中にちりばめることで、少しずつその架空のアニメの中身が来場者の頭の中に浮かび上がってくる感じを目指しました。オタクっぽさを美術作品の中に忍ばせるからこそ、そこに作品の奥行きが生まれて、展示会自体の面白さ、僕の作品の独自性といったところにつながっていくのだと考えています。

刺さる人にはとにかく刺さる“あの時代”の空気感

――瀬古さんの作品には、アートっぽさもサブカルっぽさも感じます。

美術をやっている人が作るものって、基本的に美術の枠の中にいて、いわゆるオタク向けの作品とは雰囲気が違うんですよね。技法とか言われたって、アートが分かる方じゃないと楽しみにくい部分がある。僕は美術をやっている人間ではありますが、僕自身がオタク気質なのもあって、制作するもののコンセプトがオタク側に傾いている。だからこそ一般的に推し活を楽しむ層、ライトにアートを楽しみたい層にも刺さっているんじゃないかなと。

――コンセプトとして架空の作品を作ることを選んだ経緯は。

『TAROMAN(タローマン)』の存在が大きいです。
岡本太郎の作品をモチーフにしたNHKが作った映像作品なんですけど、それがわざと80年代や90年代の特撮作品風に作られている。この番組は岡本太郎の魅力を発信する番組であって、岡本太郎が「タローマン」という作品を作ったわけではないんですよ。でも随所に現れる岡本太郎の名言や岡本太郎が生きた当時の空気をリミックスすることで、本当にタローマンという作品があったように見えてくる。
今回個展をするにあたり、この“実像がないものをあると捉える”という、人間特有の感覚が面白そうだなと思ったんです。この感覚を味わってもらうために、今回は架空の作品をテーマにするというコンセプトで行こうとなりました。

――実際に展覧会に来る方も、瀬古さんが生み出す80年代、90年代の作品が醸し出す雰囲気が好きで来ているのでしょうか。

そうであって欲しいですね。僕の作品自体がどうこうではなくて、僕の作品の裏にある当時の空気感を感じてくれたら。僕の趣味嗜好を100%、120%詰め込んだものに対して「この頃の作風が好き」って言ってくれる仲間がいることを、個展に訪れた来客の様子から感じたいです。

――印象に残っている来場者からの言葉などはありますか。

「作品に一目惚れした」と言われたことがあって、それは本当に嬉しかったですね。僕の作品は、自分の好きなものをさらけ出しているものばかりです。それに一目惚れするって、すなわち自分の感性とその人の感性がぴったりと合致しているってことじゃないですか。根がオタク気質なので、同志が見つかると舞い上がっちゃう(笑)。

――作品作りに対する情熱は、どこから湧いて来るんでしょう。

大学時代の経験が大きいかもしれないですね。
美術をガッツリやっている人の中で、マンガやアニメといったサブカルってどこまで行ってもサブ扱いだった。大学でも“マンガの人”なんてあだ名をつけられて変な奴扱いされる空気がありました。それにちょっと腹が立ったというか、それならサブカルを元にアートを作ってやるよという反骨心が湧いたんです。サブカルを元にしたアートという方向性を確立できたら唯一無二の存在だと思いますし、それで売れっ子作家になれたらめちゃくちゃカッコイイだろうなと。

――マンガを元にしたアートというのは、現代アートというジャンルではないんですね。

現代アートって、作品を通じてメッセージを発信している部分が強いと思うんですね。
でも僕が表現したいのは、僕の絵じゃない。「あの時代が持つ空気っていいよね」っていうことを伝えたい。そのために油絵だけじゃなくて、架空の作品を取り囲むものなら何でも作る。今回の個展に大学で書道を指導していた教授が来てくれたんですが、そのときに展覧会の感想のほかに「現代美術の枠に収まるなよ」って言葉をいただいたんです。オタクと美術の境目で、これだけオタク文化にフォーカスした作品づくりをしている作家は中々いないので、教授の言葉を胸に、今後も今のスタンスを貫きたいですね。

――瀬古さんの作品には、自分の手で作ることのこだわりを強く感じます。

最近はAIを利用してレトロ風の画像加工なども簡単にできてしまう時代になってしまいました。便利なのは便利なんですよ。それこそ架空の作品のあらすじなんて、AIでそれっぽいものがすぐに出力されますよね。でもそれって作品作りじゃなくて、ただのオタクのお遊びになっちゃう。AIを活用するって、逆にその塩梅が難しいと思いますね。

全裸でメモ書き、夜通し作業……破天荒な制作風景

――作品のアイディアが生まれるタイミングは、どういったときが多いんでしょう。

よくあるのは、お風呂上がりのときです。
お風呂に入っているときにぼんやりと考えていたことが、上がったときにはっきり見える感じで、そのまま全裸のままスマートフォンにメモ書きする、なんてこともあります(笑)。
後は寝る直前とか。自分のパーソナルスペースがカチッと固まったときに思いつくケースが多いです。

――今回の個展のアイディアにはタローマンの影響が強いという話がありました。普段も他の作品から意識的にアイディアを取り入れている部分はあるんでしょうか。

他の作品を観ること自体はありますが、直接アイディアにするために作品に触れるようなことはあまりないですね。自分が好きなもの、興味があるものをプライベートとして観に行って、そこで印象に残ったことがあれば頭の中に蓄積されていくというか。

――作品を制作するときのルーティーンなどはありますか。

あえて言うなら作業のお供にコーヒーを飲むぐらいですかね。
後は、細かい作業をやるときはYouTubeの都市伝説系の動画を垂れ流しにしています。意味のある文学やニュース、ラジオとかだとダメなんですよね。都市伝説系の動画とかって、元々話半分で聴けばいいような話がほとんどじゃないですか。垂れ流しにできるくらいのBGMとしてちょうどいいんですよね。

――1日のスケジュールなども、とくに決めていないのでしょうか。

かなりの夜型であることは間違いありません。
夕食をとってからお風呂に入った後、寝る前までの時間にガッツリ作業するというのがお決まりのパターンですね。たまに夜通し作業して朝の8時なんてこともあります。制作期間中ともなると1日1食、しかも夜食だけなんてこともままある。深夜に徘徊して血の巡りを良くする、みたいなこともしています。不健康な自覚はあるんですが、なかなか……(笑)。

「何か足りない」を突き詰めることが創作の原動力

――描くうえで、好きなモチーフや題材はありますか。

ロボットをよく描くんですが、それ以外なら、自然観察が好きなのもあって、魚はよく題材にしていましたね。大きめの制作を終えた後のルーティーンとして、水族館に行くぐらいには魚が好きです。
東海地方は魅力的な水族館がいっぱいあるんですよね。三重県なら鳥羽水族館や伊勢シーパラダイスもありますし、愛知県の名古屋港水族館なんかも有名。最近は個展の準備もあって運動不足がひどい自覚があるので、運動がてら自転車でアクア・トトぎふ(岐阜県)に行く計画を立てています。『釣りキチ三平』というマンガが好きで、あの作品の主な舞台は川なんですね。その影響で、魚の中でもマスやカジカみたいな川魚がとくに好きです。

――絵を続けたいと思える“原動力”はどこにあると思いますか。

アートって、“完成”と言える状態に持ってくるのが一番難しいと感じています。僕自身も今の作品が完成したとは思っていない。個展に出すからその場における完成は迎えないといけないんですけど、そうしたとして、毎回何かが足りないんです。

――その足りない部分の正体を探ることが創作への原動力になっているというわけですね。

最高傑作って言葉がありますけど、僕としては最高傑作ができると作家として終わるというか、その先が続かないと思っています。最高傑作を作るためにずっとあがいて、それでも一歩足りない状態が続いている感じです。
もちろん意図的に最高傑作を作らないようにしているわけじゃないんですが、次につながる作品を作る、以前の作品を超えてやるというモチベーションは常に持っています。

――足りないものがあると自覚していると、その作品を公開できないと言う方は多そうですね。

みんな「手抜き」が苦手ですよね。ずっと100%の力で動いていたら、どこかで倒れちゃうのに。
手抜きという字面を見ると何だかとても悪いことのように思えますが、実際どこかで力を抜くことは大事だし、必要なことです。ただ、自分が作りたいものについての妥協はしてはいけない。作品を作るまでの過程で適度に手抜きをしながら、自分の描きたいものを仕上げる。これからマンガ家を目指す、芸術家を目指すという方には、“仕上げる”という経験ができて初めて、次の作品につながるという事を知っておいて欲しいですね。

今後はロボットも作りたい!  瀬古亮河の飽くなき向上心

――今後も油彩だけでなく、幅広い分野の制作にチャレンジしていかれる予定ですか。

今回の個展もそうでしたが、ないものを本当にあるかのように作るということが本当に好きなんですよね。この好きな部分については今後も大事にしていきたい。展示を一通りみて最後に「実は全部フィクションでした!」とどんでん返しが来て面食らう、みたいな体験を来場者にしてもらいたい。その体験を生み出すために必要なものなら、ジャンルに関係なく積極的に取り組みたいです。

――やってみたいことの具体的な構想も既にあるんでしょうか。

今回はモデラーが制作したという設定でフィギュアの制作をしましたが、来年はもっとスケールを大きくしてロボットと呼べる代物を制作したいですね。あともうひとつやりたいことと言えば、プラモデルのパッケージ制作。昔のプラモデルの箱に描かれていたイメージイラストってめちゃくちゃ格好いいんですよ。今のCGイラストや写真のパッケージにはない、筆のタッチが残っていて。そういうのも取り組んでいきたいです。

――画家として思い描く将来の夢などはありますか。

正直なところ、今は絵だけで生活できるところまで来ていないんですよね。実家暮らしだから何とか続けていけているというレベル。具体的な画家としての夢みたいなものはないんですけど、とりあえずまずは独り立ちできる程度に売れるってところを目指したいです。マンガやデザインの仕事なんかも積極的に引き受けて、バンバン名前を売っていきたい。お仕事お待ちしてます!

――瀬古さんにとって、絵とはどういった存在なんでしょう。

たとえば今回の個展では「80年代、90年代のアニメの空気が好き」ということを伝えたかったんですが、僕自身はその空気を上手く言語化はできないんですね。でも、そんな言語化できない雰囲気や感情も、筆に乗せれば表現できる。僕にとって絵は、自分の好きなものを表現できる唯一の手段だと思っています。

――絵を通して自身を表現して、それが仕事になる。その姿を見て勇気をもらえる方もきっと多いと思います。

そうですかね、あんまり参考にならない気がしますけど……(笑)。現代美術って自己満足とアートの境目が曖昧で、「これで完成なの。」って人に聞かれちゃうと不安になってくる人は多いと思います。繰り返しにはなってしまうんですが、そうした周囲の声に負けずに作品を完成させる経験を、アートの世界に挑むならどんどん積み重ねてほしいですね。

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取材・執筆・撮影:桐田えこ

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