プロフィール

栃木県出身。京都芸術大学卒業後、ビル工事の現場監督として都市開発に携わる傍ら、淀スタジオに所属。同時期に訪れたコロナ禍に直面し、現実空間を他者と共有する「体験」や「触覚」の意味を問い直すアートシーンの只中で活動を展開した。
退職後、約1年間の浮浪生活を経験。現在はエンジニアとして 勤務する一方、彫刻制作を継続している。
〈主な展示歴〉
・個展「彼岸に触れながら」
・東京都美術館「フィールドワーク:世界の教科書としての現代アート」展

作者について
――まずは、芸術との出会いを教えてください。
はじめて芸術作品と出会ったときのことは、正直あまり覚えていないんです。
というのも、ぼくの両親が芸術に関心のある人だったこともあって、美術館や博物館にはよく連れて行ってもらっていたんですよね。子どもの頃から、 アートのある場所には自然と触れてきたので、“最初の出会い”という感覚があまりないんです。
――その頃は、芸術をどのように捉えていたのでしょうか。
綺麗だな、とか、すごいな、と漠然と思う程度でした。自分ごととして深く捉えることは全くなくて、作品をすごく外側から眺めているような感覚でしたね。
――それが今では自身でも作品を手がけ、こうして展示会に出展するまでになっています。芸術を自分ごととして捉えるようになったきっかけは、どこにあったのでしょうか。
15年ほど前に、新潟で行われていた『大地の芸術祭』というアートイベントを見たことがきっかけです。
〈大地の芸術祭 HP〉
https://www.echigo-tsumari.jp/
この芸術祭は、地域全体を舞台にして作品を展示する大規模なプロジェクトです。3年おきに開催されていて、空き家を丸ごと展示空間にしたり、地域の文化や自然をテーマにした作品が展示されたりします。
ほかにも、山菜料理を提供するレストランができたり、アーティストがその土地に滞在して制作したりと、町そのものがアートの舞台になっているようなイベントでした。
――このイベントは、どのような経緯で知ったのでしょうか。
僕の祖母が住んでいる町のすぐ近くでも展示が行われていたので、実際に見に行ったんです。
もともと僕は地域 政策や地方の活性化といった分野に興味があって、そういう分野を学べる大学に進もうと考えていたので、そういうイベントがあるなら言ってみようと思ったんです。
――実際に見てみて、いかがでしたか?
それまで見慣れていた町の景色が、アートを通してまったく違う場所のように見えました。
普段は人通りも少なく、 静かな町に、突然たくさんの人が訪れて、若い人たちも含めて多くの観光客が行き交っている。 その変化や光景を目の当たりにして、僕は初めて、アートの持つ力というものを強く意識するようになったんです。
僕にとってはこの経験こそ、芸術との出会いと言えるかもしれません。
――普段は静かな町が、アートによってその様相を変える。その体験を通して、作品を作るようになったのでしょうか?
もちろん、自身で制作活動も行っていましたが、当初の興味の中心は、作品そのものというより“芸術が社会に及ぼす影響力”そのものにありました。
大地の芸術祭を体感したことで強く意識したのは、アートが単なる視覚的対象ではなく、地域の風景・記憶・人々の関係性を再構成する触媒となり得ることです。その力をうまく活かすことができたら、衰退が進む里山や、近代化の波に飲み込まれつつある伝統文化・生活様式を、アートという媒介を通じて再活性化できるのではないかという可能性に強い興奮を覚えました。
たとえば、時代の流れで失われていくはずだった民俗技術や地域固有の知恵を、芸術の形式に再編成することで、人々の記憶の層に新たなアクセスポイントを埋め戻すことができる。
そこには、本来ならあり得ないような再発見と再接続のダイナミズムが生まれると感じたのです。
こうした可能性に触れたことが、私が大学でアートと社会の関係性を本格的に学ぶ道を選んだ決定的な動機でした。
――これまでどんなことをされてきたのでしょう。
いろいろなことをしてきましたね。それこそ、今回のようなグループ展もさせていただきましたし、個展も開いたこと があります。 先ほどの話のつながりで言うと、地域政策の一環として芸術が組み込まれているプロジェクトにも参加しましたね。
――地域政策の一環に芸術が組み込まれているプロジェクト!? 気になります……!
ぼくが関わったのは大山崎町で開催されたアートフェスです。
このプロジェクトの目的は、地域に眠る歴史や文化、そして普段は意識されにくい土地固有の魅力を外部の視点も取り入れながら掘り起こし、可視化することにありました。
そのために、ワークショップと展示を軸にした多層的なプログラムを展開しました。
たとえば、土地の素材や文化に深く根ざした企画として、竹を活用した道具の制作、特産品をモチーフにした立体造形、地域独自の伝承や民話を基にしたインスタレーションなどを、参加アーティストに委嘱し、共同制作してもらいました。
これらの作品群は、単にギャラリー的な空間に置くのではなく、神社や地域住民が日常的に訪れる公共の場に意図的に配置しました。夜間には一部の作品をライトアップし、関連するトークイベントやパフォーマンス、音楽ライブなども連動させることで、単発の展示ではなく、町全体を巻き込んだ一時的な「祭り」のような場を創出しようと試みたのです。
外部から招聘した作家だけでなく、地元で活動するアーティストや音楽家も積極的に招き入れることで、町内の方々が「自分たちの町で起きていること」として参加・所有感を持てる仕組みを重視しました。結果として、町ぐるみでフェスを立ち上げ、運営する形に発展していったわけです。
――実際に体験してみてどうでしたか?
そうした取り組みが、多くの人が訪れる場所で行われることで、その土地に潜在していた魅力が引き出されるだけでなく、参加者同士の交流や予期せぬ連鎖反応を通じて、新しい価値が相乗効果として生まれていく。そのプロセスを、一年間ほど関わりながら体験できたのは大きかったです。
僕にとっては、ある意味“実地での確信”でした。 芸術の持っている力を、抽象的に頭で理解するだけではなく、実際に人々が集まり、作品を介して会話が生まれ、記憶が更新され、場所の意味が少しずつ書き換わっていく様子を現場で体感して『これは断言できる』と思えるようになった。日常の文脈に「ずれ」を生み出して社会的な接続を再構成する力を目の当たりしたからです。その経験はとても大きいですね。
――芸術を使った地域政策を“見る側”だったのが、実際に試す側へ回り、芸術の力が確信へと変わった。そう話されて いましたが、改めてその体験の前後で、芸術のとらえ方はどう変わっていきましたか?
幼少期の僕は、作品を純粋に「もの」として見ていたと思います。 完成品のプラモデルを見るのと同じように、作られたものに対して「すごい」と思う。それだけの関係性だった。 作品はあくまで鑑賞される対象であり、自分は鑑賞する側という二項対立が当然の前提でした。
でも、大地の芸術祭や大山崎町のアートフェスといった現場に実際に身を置くうちに、アートは「鑑賞」という単なる受動的な行為に留まらず、環境や人々とともに生きて相互に影響を与え合う中で、主体的な選択肢にもなり得るんだと感じるようになりました。
見ている人と、置かれたものと、空間とが対話して、持続的な場所が生まれていく。 そういう意味での「場」を作れることが、アートが持つ力のうちのひとつだと思っています。
――そういう場があるのってありがたいですよね。
そうなんです。僕は大学や企業といった大きな組織でなくても、そういった場があるといいなと思っています。それは、関わらせていただいたアートフェスという一過性の形でも、今回の展示会のような形でも。 むしろ僕は、大きな組織ではない場所のほうが、先ほど話したような芸術の機能を最大限に発揮できると考えています。
作品や空間を通して、人と人の距離を縮めたり、偶発的な交流の場を生み出したりできる。それが芸術の機能の一つだと思うのですが、大学や会社といった組織の中では、人と人の距離が予め決められた役割や階層によって規定されてしまう故にそれが生まれにくいこともあります。
――大きな組織の中では生まれにくい関係性を、作品や空間が生み出していく……。芸術が持つ役割の大きさを感じます。
社会というものは、どうしてもある程度は画一化していかざるを得ないところがあると思うんです。もちろん、効率や公平性という点ではその画一化が有効に働くことも多いのですが、同時に個人の多様性や偶発的なつながりを圧縮してしまう側面も持っています。
最近だとコロナ禍などはその一例ですよね。集まれる場所が物理的に失われ、人と人の関わりが希薄化する中で、「これが当たり前」と受け入れてしまうことによって、人によってはかえって内面的な息苦しさや孤立感が強まるケースが少なくありませんでした。
また、社会の枠組みに自分の感覚や在り方がうまく収まらない人にとって、その違和感自体が、静かな負担として積み重なっていくこともあるでしょう。
――確かに、社会の仕組みの中ではどうしても生まれてしまう“息苦しさ”のようなものがありますよね。
そういった構造的な側面の中で、芸術は、日常の知覚や関係性の枠組みに意図的な「ずれ」を生み出し、そこから新しい接続の可能性をつくってくれる存在だと思うんです。
作品は私たちの自動的な認識を一時的に止めて、「私は今、何を見ているのか?」「この関係性は本当に固定されたものなのか?」という問いを、身体レベルで呼び起こします。
つまり、この世界の文脈を少しずらすことで、普段見えていなかった関係性や価値を浮上させるわけです。
その裂け目の中で、人と人が予期せぬ形で出会って対話し、互いの感覚を共有する関係性が生まれる。 そしてその関係性こそが、社会に変化や可能性をもたらす起点になるのではないかと感じています。
作品について
――今回「バース」に参加しようと思った経緯を教えてください。
参加を決めた理由は、大きく二つあります。
一つは、主催の三好さんとの関係性です。彼とは学年こそ違えど大学が同じで、卒業後も折に触れて交流を続けてきました。ただ、僕のほうに事情があってグループ展にはずっと参加できていなかったんです。それにもかかわらず、彼は毎回丁寧に声をかけてくれていました。
断り続けるのも申し訳ないという気持ちもありましたし、何より僕自身、人との縁は大事にしたいと思っていたので、今回参加を決めました。
――ここでもミヨシさんが理由に! 今回取材させていただいた誰しもから主催のミヨシさんのお名前が挙がっていて驚きです。
もう一つの理由も教えてください。
もう一つの理由は、彼の掲げている理念に共感する部分があったからです。
三好さんにアートサークル“エン”の構想を聞く機会があって、そのなかでも“エン”という言葉には、創作の 熱という意味では“炎”でもあり、人との“縁”でもある――そうした意味を包括した名前を付けたんだという話が強く印象に残っていたんです。
私自身がこれまで一貫して追求してきたのは、芸術を通じて人と人が自然につながり、予期せぬ関係性が生まれる場をつくることでした。「エン」の理念は、まさにその思いと重なる部分が大きかったのです。
もちろん、作品をより多くの人に届け、制作活動の幅を広げるという実践的な側面もあります。
しかし、それ以上に、「エン」の話を聞いたときの印象が強く心に残り、今回第四回への参加のお誘いを受けた際には、二つ返事で参加を決めました。
――次に作品について伺います。今回出展されたのはどんな作品なのでしょうか。

今回の作品の核心にあるテーマは、主に“アニミズム”や“俗霊崇拝(民間の信仰や感覚)”です。
人間は、自分が理解しきれないものや制御できないものと向き合うとき、強い魅惑を感じる一方で、同時に深い戸惑いや畏怖を抱きます。その相反する感情を抱えたまま、それでも何とか「結びつけよう」「自分の世界に取り込もう」とする衝動⸺私はこれを、人間という存在の根源的な欲望だと考えています。
未開文化におけるトーテム信仰のように、人は未知なるものを祖先や動物に投影し、神格化することで自らの秩序の中に取り込もうとしてきました。そこには「条件づけられないものを無理にでも条件づけようとする」不安と理想のせめぎ合いが、はっきりと表れています。
今作では、これ以上変わることのない永続的な形態が、機械的・技術的な要素を取り入れることで徐々に崩れ、別の何かへと変性していく過程を表現しています。
新たな時代を迎えるにあたり、私たちが再び向き合うべき「人を支える原理」とは何か。有史以来変わらぬ人間の不安と理想の狭間で、私たちは今、生の受け取り方をどのように定義しようとしているのか。その問いを、「結合」と「対比」という二つのベクトルを軸に、技術という超越的な存在に対する現代人のアンビバレントな感情に魅了されながら恐れ、取り込みたいと思いながら距離を測ろうとする、複雑な心理を作品に落とし込んでみました。
――なぜモチーフに「カブトガニ」を選んだのでしょうか?
カブトガニを選んだ最大の理由は、それが約4億年前からほとんど形態を変えずに生き続けてきた、永続性そのものの象徴のような生き物だからです。
ずっと変化してこなかったものが、機械的な意匠や技術的な要素を取り入れることで変遷していく。そこに、僕が扱いたい感覚――高度な技術に接したときの“魅力”と“怖さ”、そして“結びつきたい”という感情――を重ねたかったんです。
今の時代で分かりやすいものだと、AIがまさにその典型です。魂が宿っていないと感じ距離を置く人もいれば、日常生活や仕事に積極的に取り入れる人もいる。その反応は決して新しいものではなく、人類が古来から繰り返してきた「未知なるものとの結合」の物語と、深くつながっています。高度な技術に触れたとき、人が抱く相反する感情。その両義性の狭間で、どう結合しようとするのか、あるいはどう距離を取ろうとするのか。その感覚を、神話的な結合の感覚と接続しながら表現したいと思い、カブトガニを選びました。
ちなみに、実際のカブトガニを使っています。
――え! これ本物なんですか!
はい。と言っても、亡くなっている個体です。そこにメッキを蒸着させているんですよ。
――蒸着、と言いますと?
材料をいったん蒸気(気体)にして、それを表面に付着させ、膜を作る技法のことですね。
よく勘違いされるのですが、スプレーで吹き付けているわけでも、金箔を貼ったり、色を塗っているわけでもないんです。これは自動車のバンパーや各種工業製品にも広く用いられている技術なんですよ。
――なぜ蒸着という技法を選ばれたのでしょうか。
この加工を選んだのは、素材が持つ二重性ですね。
銀装飾、銀メッキは古来より神聖さや永遠性を象徴する一方で、現代では最先端の工業技術やハイテク製品にも用いられる素材です。この神話的な聖性と現代的な技術性が重なる点が、今回の作品と極めて親和性が高いと感じました。
また、蒸着はものすごく極薄の膜を形成する技法であるため、細かな質感や棘、溝といった生体の持つ質感をほとんど損なわずに光沢を加えることができます。塗装や金箔貼りでは得られない、自然で深みのある金属光沢が出せているのもそのためです。
――今回のグループ展の展示テーマ「バース」を、ご自身の作品とどう結びつけていますか?
僕は「誕生」として捉えました。
これから新しい時代の節目において、僕たちは“人を支える原理”のようなものを、もう一度見つめ直す場面が来るのではないかと思っています。超越的な存在――今はまだ何か分からないけれど、何かが生まれつつある。AIをはじめとする新たな技術の広がりは、ある意味で神様のような感覚や、人がこれまで崇拝してきた感情を伴って、僕たちの前に現れてくるようにも感じます。
そのときに、過去の神話的な思考や信仰が人にどう作用してきたのか、そしてこれからどう作用していくのかを重ねて考えてみたい。
そうした意識を前提に、僕はバース、誕生というテーマを捉えてみました。
メッセージ
――風間さんにとって、芸術とはどのような存在でしょうか。
“自分を媒体として表現し続ける行為”であり、同時に“世界との対話を開く装置そのもの”ですかね。
自分が感じていることや価値観、そういった内的なものを、作品という形で社会の中に差し出していく。作品が展示されると、それは空間の中で多くの人の目に触れることになります。ある意味では、強制的に開かれた状況になるわけですよね。そこに芸術の面白さがあると思っています。
日常生活では、人は必ずしも同じ考えを共有できるわけではありません。不合意が生まれることもありますし、それがネガティブに作用することもある。でも芸術の場では、その違いが拒否や嫌悪ではなく、“自分の想像を超える他者との対話”へと転化する可能性があります。作品は、鑑賞者の知覚に静かな「ずれ」を生み出し、普段は見えていなかった関係性や価値を浮上させる⸺まさに開かれたメディアとして機能するのです。
だからこそ、私は作品を作る際に、ある程度は人に受け渡すまでの明確なゴールを持つようにしています。造形、コンセプト、哲学といった要素を通じて、鑑賞者を作品の世界へと引き込み、そこで何かを感じ、考え、問い直すきっかけを提供できるわけです。
アートのあり方は決して一つではありません。オブジェクトそのものへの深いこだわりでも、何かを起点とした表現でも構いません。大切なのは、自分を媒体にし続け、表現を更新し続けることだと思います。
そして最初に芸術と社会の関係性について語りましたが、それもまた一面に過ぎません。軽薄で殺伐としがちな現代社会に、一定の重みを与え、人々を静かに繋ぎ止める「錨」としても機能しますし、エンターテイメント的な性質を帯びながらも、エンターテイメントとは異なる長いサイクルで歴史と接続され、時代を超える存在でもあります。一括りにできないほど多層的なんですよね。
そういった面でも芸術は、社会の硬直した部分に柔軟性と多様性をもたらす、ささやかだけれど力強い触媒であり続けて欲しいと思っています。
――最後に、社会人になってもアートの炎を燃やし続けたいと考えている方、もしかすると未来の参加者になるかもしれない方々へ向けて、メッセージをお願いします。
もし、何かを創り続ける炎を消したくないと思っているなら、どうかその気持ちを大切に持ち続けてください。
創作とは、手を動かすこと、頭を動かすこと、目を動かすこと、そして感覚を総動員すること⸺これらに明確な順番や序列はありません。すべてが同時に流入し、混ざり合いながら進んでいきます。時間は限られ、日常は忙しく、ときに目が回るような感覚に襲われるかもしれません。それでも構いません。
大切なのは「いま、この時代に対して自分がどう反応しているか」という意志だと思います。
その意志こそが、作品の源泉になります。改めて振り返ってみれば、私がこれまで作ってきた作品のほとんどは、「その時にしか作れなかった」と思えるものばかりです。時代が、環境が、自分の置かれた状況が、すべて作品に刻み込まれているからです。
社会人として生きるということは、制約が多いということでもあります。しかし、その制約の中でこそ、日常のささやかな知覚の「ずれ」をより敏感に捉えることができ、そうした内面的な蓄積が、ある種の哲学のように深く落とし込まれた作品を生み出す可能性があると私は信じています。
また、発信の場や機会は、思っているよりもたくさんあります。小さなグルーープ展でも、SNSでも、家族や友人に見せるだけでもいいのです。重要なのは、完璧に完成させることではなく、表現を更新し続け、誰かに何かを問いかける形をたとえ小さくても残し続けることです。
それぞれの時間の中でしか生まれない作品が、必ず誰かの感覚に届き、時代に小さな波紋を広げていくはずです。ぜひ続けてくださいね。
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