歴史小説は勉強じゃない! 歴史小説家、白蔵盈太さんにインタビュー!

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「本」の挑戦者たち

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歴史小説は勉強じゃない! 歴史小説家、白蔵盈太さんにインタビュー!

イントロダクション

HAPPY!

“本”と“ことば”が大好き、いっちーです!

わたくしごとですが、個人的に、今年はこれまで読んでこなかったジャンルに挑戦しています。
これまで純文学と呼ばれるジャンルばかり読んできた私が、ライト文芸にハマり、女性向け恋愛小説にもハマり、そして次に挑戦したのが“歴史小説”!

実はいっちー、小さいころから三国志や戦国、幕末といった歴史が好きで、漫画やゲームにはたくさん触れてきました。でも、小説として歴史を読むのは今回が初めて。

その“初・歴史小説”として選んだのが、今回取材させていただいた白蔵盈太先生の『桶狭間で死ぬ義元』(文芸社文庫)です。

ゲームなどでは今川義元って、蹴鞠が好きで「麻呂は~」と言っている、ちょっとコミカルなキャラとして描かれることも多いじゃないですか。でも、この作品を読んでみると、そんなイメージだけでは語れない、“ひとりの人間としての義元”が見えてきて。
「え、義元ってこんな人だったの!?」と、どんどん引き込まれていきました。

さらに先生について調べているうちに、この作品が『100日後に死ぬワニ』に着想を得て書かれていることを知って、「歴史小説でそれをやるの!?」と衝撃を受けまして。
これはもう絶対にお話を聞きたい! ということで、取材に行ってきました!

それじゃ~いってみよ!

Chapter1 本を読むことについて

どんな幼少期を過ごされていましたか。

何でも自分でやりたがる子だったそうです。私が本を読んでいるときに、親が「読んであげようか?」と言っても、「自分で読む」と言って断っていたと聞いています。

最初に読んだ作品や、本を「自分から」読むようになったきっかけはありますか。

幼いころから習慣で読んでいたので、最初に読んだ本は覚えてないですね。

中学のときにはアガサ・クリスティーにハマったのを覚えています。高校生になるあたりで、司馬遼太郎や陳舜臣などを読むようになりました。
父親が歴史好きで、図書館で歴史の本をよく借りてきたんですが、それを勝手に読んでもいました。

また、歴史を好きになったきっかけの一つが、本ではなくゲームなんですがKOEIの『三国志』や『信長の野望』です。これも好きでよくやっていました。

これまで読んだ本で、影響を受けた作家を教えてください。

清水義範さんですね。間違いなく、私の作風に大きな影響を与えていると思います。
特に『一遍踊って死んでみな』は、“清水義範のような本を書きたくて書いた”ところがあります。
高校のときに、この方の『国語入試問題必勝法』を読んで衝撃を受けて、そこから清水作品を読みまくりました。

清水義範さんって、文体芸がすごいんですよ。パスティーシュ※といって、「司馬遼太郎の文体で猿蟹合戦を書いたらどうなるか」みたいな小説を書くんです。それを読んで「面白い!」と思って。小説ってこんなことまでやっていいんだ、みたいな。そう思えたのは、自分の中ですごく大きいです。

※パスティーシュとは?
フランス語の「pastiche」に由来し、日本では「文体模写」とも呼ばれます。特定の作家や作品、ジャンルなどの文体や様式を意識的に取り入れて表現する手法です。

もちろん、歴史小説の中では司馬遼太郎さんにも影響を受けています。
私はよく「小説家としての自分にとって、司馬遼太郎が父親で、清水義範が母親だ」と言っているんですが、それくらいその2人の影響をめちゃめちゃ受けています。

父親が司馬遼太郎で、母親が清水義範!?

司馬遼太郎が父親だというのは、よくある父親に対する複雑な心情と一緒で、「尊敬はしているんだけど、なんか素直にそれを認めたくない」からですね。
もちろん司馬作品は面白くて大好きなんですけど、司馬遼太郎によって、世間に“歴史小説=勉強”みたいなイメージが定着してしまったのと、多くの人が“歴史小説に書いてあることが本当の歴史”と思い込むようになってしまったと私は感じているので、そういう点に対しては複雑な思いがあります。

一方で清水義範は母親みたいなもんなんで、批判とかは何もなく、ただ素直に「面白い、真似したい」だけです。
清水義範の小説で、現在の自分につながる影響を受けたと思うのは『金鯱の夢』という小説です。
豊臣秀吉にめちゃめちゃ優秀な一人息子が生まれ、その息子が徳川家康を倒して名古屋幕府を建て、それで日本の公用語が名古屋弁になるっていう、むちゃくちゃな仮想歴史エンタメ小説です。
この作品を読んで、「歴史小説でもこんなに好き勝手にふざけていいんだ」と衝撃を受け、その感覚がいまでも自分の作風の土台にあると感じます。

本以外に好きで、影響を受けているものはありますか。

飽きっぽい性格なので、これといって主なものはありません。興味を持ってすぐ手を出して、ある程度わかってくると飽きて熱が冷めるということが多いです。物事を深く掘り下げるタイプでは決してなく、広く浅く知りたがるほうだと思いますが、そういう性格のほうが、商業小説を書くうえでは向いているような気がします。

読書自体は長く続けられているので、主な趣味と言えるのではないでしょうか。

趣味ではありますね。
ただ私は、取り立てて本だけが特別に好きなわけではないんです。映画もゲームも漫画も好きですし、小説もそうしたエンタメの中の一つです。

私が小説家になったのも、別に文章を書くのが好きだからではなく、物語を考えるのが好きだからです。私は昔ちょっとだけ漫画を描いてみたことがあるんですが、漫画家として戦えるほど絵に対する情熱も画力もないし、何より漫画は描くのに時間と手間がかかってしょうがない。思いついたストーリーを形にするなら小説が一番簡単で早いから、という理由で小説を選んでいる面もあるくらいなので。

Chapter2 作品を書くことについて

作家を目指されたのにはどんなきっかけがあったのでしょう。

最初から、明確に作家を目指したわけではありません。私が長編小説を書きはじめたのは37歳の時なのですが、当然ながら自分では世界一面白いと思って書いてますから、せっかく書いたのに、自分の手元に置いておくだけじゃもったいないなと思って。
新人賞に応募して、落ちたとしても損するのは数百円の送料だけ。逆に受かれば大儲けです。それで「これは得しかない」と思って、ダメ元で応募するようになったんです。

そうやって5年間応募し続けて、縁があって大賞を取ることができてデビューしました。

ずっと歴史小説を書かれていたんでしょうか。

違います。デビュー前はずっと、SFや現代ものを書いていました。
歴史小説を書くようになったのは、たまたまそれで賞を取って、ファンが付いてくださったからですね。

ペンネームの由来を教えてください。

江戸時代の画家・伊藤若冲の名前の由来となった、老子第四十五章の言葉「大盈若冲、其用不窮(大盈はむなしきがごとく、その用は窮まらず)」から取っています。「若冲」と対になる「大盈」の言葉をアレンジして「盈太」としました。
“本当に満ち足りている物は空っぽに見えるが、その働きが滞ることはない”、といったような意味ですね。

実は、当時生まれる少し前だった2人目の子どもが、男の子だったらこの名前を付けようと考えていたのですが、女の子だったので私のペンネームにしています。
「白蔵」は秋の異名だそうで、秋になって蔵は満杯だけれども、傍目には空っぽに見える、といったイメージで名付けています。

初めて書いたときのことを教えてください。いつ、どんな作品を書かれたのでしょう。

小学4年生のときに学校の授業で創作文というものがあって、それがきっかけです。教科書に、山や集落などが描かれた宝島の地図みたいな絵が載っていて、「この島を舞台にした物語を書きなさい」という授業だったんです。
それがすごく面白くて。宝島の絵を見て、「ここで何があるんだろう」と考えたら、めちゃめちゃ楽しかったんですよ。

そこから小説を書くことに興味を持って、それで後日、江戸時代の町人を描いた小説を遊びで書きました。
完成したら、色紙に絵を描いて表紙を作ってホチキスで止めて、冊子にして先生の所に持って行ったんですが、そしたら先生に「よくやった。じゃあこれ、明日の朝の会でみんなの前で読むんだ」と言われまして、実際に読みました。それで調子に乗って次の小説を書いて、また朝の会で読んで、みたいなことを何度かやりましたね。

小学生のころから、小説家の素養があったんですね!
やはり、そのころから小説家になりたいと思っていたのでしょうか。

はい。そのころはなんとなく、小説家になりたいと思っていました。学校の図書室で “小説家になるには”みたいな本を読んでいた記憶があります。
ただ、昔から安定志向が強いので、「そんな不安定な仕事で生きていけるわけないよね」みたいな気持ちもあって、あくまで漠然とした夢だったんです。

対して中高は、まったく小説とは無縁の生活でした。読書が趣味というほど入れ込んでもいなくて、普通に読んではいるけど、別に趣味というほどでもないよね、みたいな感じで。
大学のときには、大学のパソコンで短編小説を書いて、友達にEメールで送りつけたりしていました。

37歳のときに、いきなり書き始めたきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけは荒川弘先生の漫画『鋼の錬金術師』です。
たまたま私は、自分の子供が生まれた頃にこの漫画を読んだんですが、この漫画って、「大人は子供のために何をしてあげられるのか」という、荒川先生の信念が行間からひしひしと伝わってくるんです。それが、親になったばかりの自分にめちゃめちゃ刺さりまして。
荒川先生は3人のお子さんがいるお母さんなんですが、「お母さんがこれを描いたんだよ」と言って『鋼の錬金術師』を自分の子供に読ませられるのって本当に羨ましいことだよな、私も子どもたちに「お父さんがこれを書いたんだよ」と言って自分の作品を読ませてみたいな、という気持ちが生まれたんです。

それで試しに一本、長編小説を書いてみたら書けたんです。不思議なもんで、人間って一回できると、「あ、書けるじゃん!」ってなって、なぜか次からは簡単にできるようになるんですね。そこから先はどんどん書くようになりました。

作品を書くときにどんなことを大事にされていますか。

映画や漫画やゲームに勝てるエンタメでありたいと思って書いています。
私にとって、小説は数あるエンタメの中の一つにすぎなくて、エンタメには映画・漫画・ゲーム・小説などいろいろあるけど、媒体としてどれがすごいとか、どれが劣っているとかはなくて、全部横並びだと思っているんです。世間の人はただ、その中で一番面白いものを選ぶだけ。
だから、面白さで映画に負けちゃいけない。漫画に負けちゃいけない。ゲームに負けちゃいけない。それよりも面白い小説を書くんだというのが、いつも目指しているところですね。

小説って、ちょっとお高く止まっていて難しそうで、それで読む気にならない人って結構いると思うんですよ。
そういうのを何とかできないかな、ということも、ずっと考えながら書いています。

執筆時のルーティンを教えてください。

Excelでカレンダー表を作って、一日2000字ずつ増えていく数式を入れています。そうすると、“このペースならいつ完成するか”が分かるんです。
それを頭に入れた上で、一日2000字以上を目指して書いています。
毎日、実際に書いた文字数をExcel表に入力して、進捗を確認する感じですね。
飲み会とかがある日は0字になるので、その分ちょっとずつ予定はズレるんですけど、平日に書けなかった分を休日で取り返す、みたいな感じでやっています。

デビューまでに努力されたことや、苦労したことを教えてください。

苦労と言えば、どの賞に応募すればいいのか、毎回悩んでいました。
私の小説は、今だって歴史小説らしくないとよく言われますし、どのジャンルに入れていいのか分かりづらいものが多いんです。

例えば、デビュー前に書いた小説だと、戦隊モノに出てくる戦闘員の話があります。
戦隊モノって、「なんで変身ポーズの間、敵は待ってるんだろう」とか、「なんで怪人をまとめて一気に投入しないで、毎週一人ずつ送ってくるんだろう」とか、謎のお約束が結構あるじゃないですか。
そこに全部、“合理的な理由”をこじつけたんです。“無抵抗の民間人を殺害すると宇宙国際法違反で罪に問われるからだ”みたいな。
それで、雑魚戦闘員が毎回、戦隊モノのお約束を破ることで戦隊ヒーローを倒そうとするんだけど、結局どうしても倒せない。そういう話を書いたんです。

とても面白そうですが、たしかにどこの賞に出せばいいかわからないですね。

そうなんです。“どこに持っていけばいいか分からない小説”ばっかり書いていたんですよね。
だから落ちても釈然としないんです。“持っていく賞を間違えたから落ちたのか”“単純に面白くないから落ちたのか”も分からない。
それをずっと繰り返していると、だんだん心が折れてくるんです。“やっぱり俺、才能ないんだな”って。

でも、才能がないからやめようと思っても、結局書きたいから書いているわけですし、作品はどんどん溜まっていく。そもそも応募する理由が“どうせ落ちても数百円しか損しないんだし、得しかない”なので、心が折れようがお構いなしで、もう半分やけくそで何年も出していましたね。

ちなみに37歳のときに最初に書かれた長編は、どんな作品だったのでしょうか。

『輸送船しきしま』というSF作品で、資源として水素を採取するために、木星と地球をずっと往復している未来の超巨大宇宙船の話です。

その船は、木星まで行って帰ってくるのに往復4年かかるんですよ。スピードを上げると燃費が悪くなって採算が取れないから、ゆっくり行って、大量の水素を積んで帰ってくる。そうなると家族も連れていくことになるから一万人以上が乗ることになって、宇宙船の中に一つの社会ができてる。
その未来では、宇宙船に乗ることが“海外赴任”みたいな扱いなんです。 「お前、木星行ってこい。4年間帰ってこれないぞ」みたいな。で、その宇宙船の中では、昭和から全く変わっていない日本企業の、サラリーマン的な上下関係が繰り広げられているという話。

その小説を『小説現代』の長編新人賞に出したら、二次選考まで通りました。
選評には「短編集みたいな構成なので長編新人賞選考としては評価が下がるけど、とても才能を感じます」みたいなことが書いてあって。それで、「俺、才能あるんだな」と思ってしまって(笑)。
まあ結局……そこから5年間、賞にはまったく振り向いてもらえませんでしたが。

受賞したときのことを教えてください。

本当に一睡もできませんでした。

会社で仕事中に、知らない番号から電話がかかってきたんです。たしか15時くらいだったと思うんですけど、そこから全然仕事が手につかなくなって。
「これから俺の人生、どうなるんだろう」って思って、もう頭の中がバラ色のパッパラパーですから(笑)。
「ここから先、俺は会社を辞めるのか」「売れまくったらどうしよう」「私、小説家になったんで会社辞めますって、上司になんて説明しよう」とか、ずっと考えてしまって。それで全然眠れなくなっちゃったんです。

実際にはデビューして5年、いまだに何も変わらず会社で働いてるわけですが。
その翌日、徹夜状態で普通に会社へ行ったことも含めて、よく覚えていますね。

ご自身にとって転機となった作品を教えてください。

『実は、拙者は。』ですね。
これが売れたことで、いろいろな会社からお声がけをいただいて、一気に世界が広がりました。“名刺代わり”の作品ができたんです。

それまでは文芸社から本を出していたのですが、3作目の『画狂老人卍』を読んだ双葉社の方が声をかけてくださって。これが初めて、文芸社以外で書いた本でした。
双葉社の編集さんは時代小説のプロでして、「こうでなきゃ売れません」「こんなやり方をしたら読者はシラケてしまいます」と、たくさんダメ出しをくださって。そのおかげですごく鍛えられました。

本作のヒットを機にいろいろな編集さんとお話ができるようになって、「小説ってこういうふうに作られているんだ」「出版ってこういう世界なんだ」ということを知ることができました。

『実は、拙者は。』
著・白蔵盈太

あらすじ

深川佐賀町の裏店に住まう棒手振りの八五郎は、平凡かつ地味な男。人並み外れた影の薄さが悩みの種だが、独り身ゆえの気楽な貧乏暮らしを謳歌している。そんな八五郎は、ある夜、巷で噂の幽霊剣士「鳴かせの一柳斎」が旗本を襲う場に出くわす。物陰から固唾を呑んで闘いを見守る八五郎だが、一柳斎の正体が、隣の部屋に住まう浪人の雲井源次郎だと気づき―。影と秘密は江戸の華!?期待の新鋭が贈る、書き下ろし傑作時代小説。

今後どんな作品を書いていきたいですか。

とにかく、売れる作品を書きたいです。
なぜなら、売れれば売れるほど、やれることが増えるからです。今は会社の仕事の合間に書いているので、史料の調査も必要最低限しかできませんし、じっくり企画を練る時間もありません。もっと面白い小説を書くために専業作家になりたいんですけど、歴史小説で食っていくのは本当に大変なので。

いま小説が売れるために、一番手っ取り早いのはやっぱり映像化や漫画化されることだと思うので、できるだけ映像化や漫画化しやすい作品を目指して書いています。

Chapter3 『一遍踊って死んでみな』について

『一遍踊って死んでみな』
著・白蔵盈太

あらすじ

家族も財産もすべてを捨てて阿弥陀仏の導きに従う一遍は、念仏を唱えて日本全国を遊行する。一遍とともに僧達が床板を踏み鳴らす激しいリズム、次第に加速する念仏、上昇する心拍数を表すかのような鉦の音。時衆が繰り広げるパフォーマンスは、見る者の心を鷲掴みにし、娯楽のない鎌倉時代で人々に刺激と喜びを与えていた。南無阿弥陀仏を唱えればわかる、念仏はロックだ!琴線に触れる読経の声に魅了され、一挙一動から目を離せなくなる、まるでロックスターのライブのように各地で人々を熱狂させる、破天荒かつ繊細な捨聖、一遍上人の物語。

企画や制作の経緯を教えてください。

これは『一遍踊って死んでみな』のあとがきでも書きましたが、当時の私はデビューして3年、あの手この手でいろいろと試してはみたものの、突き抜けた大ヒットは出すことができず、「こんだけ面白い(自称)小説でも大ヒットにならないってどういうことだよ……これ以上面白い小説なんて書けねえよチクショウ……」と頭を抱えていました。

それでヤケクソになって、「最後に、クッソふざけた自分だけが楽しい歴史小説を書いて終わりにしよう。どうせ誰からも見向きされないだろうし、それを見れば自分の中で諦めがついて、スッキリした気持ちで次に行ける」という気持ちで本作を書きました。

そういう小説なので、私は最初、本作を同人誌にするつもりでして、文学フリマ等で売るつもりで印刷の注文方法などを調べていました。ところが、ダメ元で文芸社様に完成原稿をお送りしてみたところ、担当編集様が「これはうちから出さねばならぬ」と社内で激推しして下さり、めでたく刊行が決まりました。こんな珍小説すら受け入れる文芸社様の懐の深さには本当に驚くばかりです。感謝しかありません。

今作で挑戦だったことを教えてください。

やっぱり、洋楽CDのライナーノーツや音楽雑誌を真似した文体ですね。この文体を自分の中に取り込むために、執筆開始前に、CDのライナーノーツを集めて手で文章を書き写す“写経”をしました。

写経まで……! そこまでして、この文体にたどり着こうとした理由も気になります。

当時は、ちょっとヤケクソになっていて「普通のものを書いてもどうせ売れない」と思っていたんです。
もともと昔から、音楽雑誌やライナーノーツの文体って独特で面白いなと思っていたのもありますし、清水義範みたいな“文体そのものが面白い小説”を書いてみたい気持ちもあって。

そんな時、たまたま一遍に関する本を読んで「この人の人生、めっちゃロックだな」と衝撃を受けて、「それならば、ライナーノーツや音楽雑誌の文体で一遍の伝記を書けるんじゃないか」と思ったんです。

読者に「ここを読んでほしい!」というポイントや、好きなキャラクター、エピソードを教えてください。

やっぱり、一遍が死ぬ前後ですね。死ぬ瞬間とか、遺品を整理するところとかは一番のお気に入りです。
あとは、一遍の葬式でヒロが踊るところ。あそこは、自分で書いたのに推敲中に3回泣いています(笑)。

この作品を通して、作家活動にどんな変化がありましたか。

SNS推し本大賞の発掘部門で、大賞をいただきました。
ただ、レビューを読んでると、本作はめちゃめちゃ刺さる人と、全然ダメな人の差が大きい作品みたいで。
この本をきっかけに増えたファンと減ったファン、両方いるんじゃないかなと思うので、たぶんプラマイはゼロですね(笑)。

Chapter4 “歴史小説”について

歴史小説は、“史実”と“フィクション”のあいだにあるジャンルだと思うのですが、そのバランスはどのように捉えていますか。

歴史小説というジャンルの一番の問題は、“歴史小説に書いてあることが本当だと思ってしまう人が多すぎること”だと私は思っています。戦国時代の史料なんてごく断片的な情報しか残ってないから、本当はどの歴史小説も、かなり作者の想像が入っているんですけどね。多くの人が歴史小説に対してそういうイメージを抱くようになったのは、おそらく司馬遼太郎の影響が大きいと思います。

その結果、世間からは“歴史小説=勉強”みたいに捉えられている気がしていて。でも、例えば歴史ものの漫画やゲームを、「歴史の勉強になるから」みたいな理由で手に取る人ってあんまりいないと思うんです。

エンタメはやっぱり、「面白そう」と思うから手が出るものであって、歴史小説もまずはみんなに「面白そう」って思わせなきゃいけない。
漫画やゲームって、客に「面白そう」と思わせるために、歴史上の人物を原型がなくなるぐらい大胆にアレンジしている作品も多いじゃないですか。だけど、現在の歴史小説にそれをやれる空気はない。私は、歴史小説も「これはフィクションなんだ」と割り切ったうえで、もう少しエンタメとして楽しむものになってもいいんじゃないかな、と思っています。

歴史小説ならではの面白さは、どこにあると感じていますか。

やっぱり遺物が残っていることですね。なにしろ登場人物が本当に使ったり暮らしたりしているので、“推しの聖地巡礼”のリアリティが半端ないです(笑)。

歴史小説だからこそ難しいと感じる点はどこでしょうか。

史実がある場合は変えてはいけないところです。でも、そこが書き手の腕の見せ所でもあると思っています。

『一遍』だけは現代人の語り部が必要だったので、例外的にオリジナルキャラクターのヒロを出しましたが、私は基本的に、歴史小説に作者オリジナルのキャラクターは極力出したくない派です。できるだけ実在した人物だけを組み合わせて、「本当にこんなことがあったかもしれない」と思わせるような、上手な嘘をつきたいなと思っています。

史実を扱ううえで、“どこまで守るか”“どこから自由にするか”の基準はありますか。

一次史料が残っている情報は基本的に曲げません。それを黙って曲げたらルール違反だと思っているので。二次史料に関しては、史料の信頼性を見ながら判断しています。
一度だけ、『一遍』で「一遍上人絵伝」に描かれているのと違う形の建物を出してしまったことがありますが、その時は「あとがき」に解説をつけました。もちろん、私の勉強不足で知らなかった史実については、知らずに曲げてしまう可能性はあるんですけど。

余談ですが、私は小説の中で一から十まで丁寧に全部説明したいタイプです。「これ、どうなったんだろう?」みたいな、モヤっとしたものを残したくないので、登場人物の行動の理由などは、仕草などから匂わせることはせず、全部地の文できっちり書きます。

映画や小説を見ていると、「ここって多分裏に何かあるよね」「書かれてないけど、絶対こういう事情があって、この人こういう判断したんだよね」みたいに、わざと説明不足にして読者の想像に任せることが結構あるじゃないですか。私はそういうのを見ると、「それって不親切だし誤解を招かないかな?」と、なんだかモヤモヤしてしまって。
いつもそんな感じなので、多分私の作品は説明しすぎな気がします。バランスが難しいですね。

記録に残っていない部分を想像で補うとき、どんなことを大切にしていますか。

登場人物の行動や思考が、“人間として自然かどうか”です。「あるある」って思ってもらえるような行動を取らせることを意識しています。

実在の人物を書くときに、特に意識していることは何でしょうか。

子孫の方を怒らせてしまったら嫌だなぁ、という気持ちがあります。だから、現代に近い幕末以降はあまり書く気がしません。

歴史に詳しくない読者にどう届けていきたいですか。

歴史の知識が一つもない人でも読めて、読み終わるころにはその時代の予備知識が自然と頭にインプットされて、他の歴史小説も読めるようになっている――そんな“歴史小説への入口”を私は目指しています。
もともと歴史が好きで詳しい方は、別に私の歴史小説でなくても読めると思うんです。なので、そういう方はもし肌に合うなら読んでくださいね、というくらいの感覚です。

“歴史小説の入り口”を目指しているということは“歴史を知るきっかけ”ではないんですね。

そうなんです。歴史に興味を持つきっかけとしては、小説なんかよりもゲームや漫画の方がずっと優秀だと私は思っているので。
なので私は、ゲームや漫画で歴史に興味を持った人が、「もう少し難しいことにチャレンジしてみよう」と思ったときの、手頃な入り口になるような存在でありたいです。

歴史小説を読むことで、読者にどんな体験をしてほしいと思っていますか。

イメージや雰囲気、形状などを伝えるのは、ゲームや漫画の方が向いていると思っています。
小説の強みは、組織や制度、概念、その時に登場人物が考えたことをしっかり説明できるところと、画像がないぶん、自分の妄想を入れ込みやすいことですね。

なので、歴史小説で得たイメージを土台にして、“おれのかんがえるさいきょうの○○”を各自の頭の中で作ってほしいです。

現代の価値観と、当時の価値観のズレはどのように扱っていますか。

これは非常に厄介な問題で、私の中でも答えは出ていません。当時の価値観に完全に合わせて書くと現代人が共感できなくなり、エンタメとして苦しくなるので、私は「昔の人も今の人も思考の根本は変わっていないはず」と割り切って、結構普通に、歴史上の人物に現代的な思考をさせてしまっています。
あまりやってはいけないことではあると思うし、その点に腹を立てている読者もいると思います。

過去の時代を書くことで、逆に「今」が見えてくる瞬間はありますか。

もともと私は、「正しい歴史的事実を知りたいなら学術書を読んだ方がいい」と思っているタイプなんです。
歴史小説の役割は、あくまでエンタメだと思っていて。
だから、現代を舞台にすると重くなりすぎる内容を、歴史上の人物に仮託して書こう、という動機で書いていることが多いです。
むしろ、“今”を見せるために、過去の時代を書いているところがあります。

現代の読者に届く歴史小説にするために、意識していることはありますか。

歴史用語はできるだけ使わないようにしています。どうしても使うときは、極力説明をつけるようにしています。
あとは、主要な登場人物をできるだけ5人以下にすること。本筋に絡まないチョイ役は名前を出さないこと。本筋に関係のない歴史的背景の情報は、極力省くことなどですね。

今の時代において、歴史小説が持つ意味や役割はどんなものだと思いますか。

歴史に興味がない人を歴史の世界に取り込むことが、歴史小説の社会的な意味や役割だと思っています。
でも、歴史小説はもはや“もともと好きな人しか読まないマニア向けジャンル”になってしまっているので、その社会的な意味や役割が、ほとんど消滅しかかっていると思います。そういった空気感をなんとか打破したいですね。

“歴史の中でまだ語られていない部分”に対して、どのような魅力を感じていますか。

歴史上には、探せばいくらでも面白い人や出来事があります。たとえば世界史も本当に面白いです。
でも、どんなに面白い出来事や人物を見つけても、外国を舞台にした小説は細部の描写が嘘っぽくなりそうで、なかなか手が出せなくて。そこは自分の力不足が悔しいですね。

あと、そもそもマイナーな題材は本当に売れないんですよ。信長・秀吉・家康や幕末、源平合戦あたりと絡めないと、『何それ?』となって、大多数の方には興味も持ってもらえない。
だから、『のぼうの城』や『村上海賊の娘』みたいに、ほとんど誰も知らないような人物や事件を題材にして大ヒットを何本も出されている和田竜さんは、本当に羨ましいですし、憧れです。

Chapter5 メッセージ

白蔵盈太さんにとって「本」とは、どのような存在ですか。

大変申し訳ないのですが、実は私は“本”に対して、そこまで思い入れがないんです。
ただの“情報の塊”くらいの感覚で、映画やアニメ、ゲームなどと同列の“エンタメの一種”だと思っています。

これからの“本の挑戦者”へ、メッセージをお願いします。

いろいろと怒られそうですが、私は、本に携わる方って、本に対する愛着と信頼がありすぎる気がしています。
その気持ちは痛いほど分かるものの、逆に、その愛着と信頼を一度捨ててみることが大事だと私は思っています。

残念ながら、世の中の大部分の人は別にそこまで本に興味はないんです。その厳然たる現実を直視して、ドライな感覚で“本のデメリットを解消し、本にしかないメリットを生かして、魅力を高めるにはどうするか”を真剣に考えていかないと、いつか動画媒体やインタラクティブなメディアに負けて、印刷所や取次や書店が全部倒産して、本を作って売りたくてもできない状況になってしまうのではないかという危機感を抱いています。

本って、たしかに他のメディアと比べたら刺激のなさや不便さといったデメリットがあるかもしれないけど、かといって全く時代遅れな、消えゆく無用の長物でもないと思うんです。だから、過度な思い入れを一旦ひっこめて、「そんなに大したもんじゃねえぞ、本は」という感覚に立って、「じゃあ、絶対に他に負けない本の良さとは何なのか」を考えて、その良さを一番生かせる作り方や売り方を考えていくべきじゃないかなと思います。

それに本を神格化してしまうと、新しい人が入ってきづらい空気になりますからね。
もちろん、その愛が力を生んでいるところもあるので、一概に否定はできないんですが。

インフォメーション

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HP:https://shirokuraeita.com/ 

X:@Via_Nirone7

書籍情報

3部作『みぎての左甚五郎』『なさけの左甚五郎』が発売中です。

最終巻『めおとの左甚五郎』は10月発売なのでよろしくお願いします。

『みぎての左甚五郎』(文芸社文庫)
著・白蔵盈太

あらすじ

この男の右に出る者はいないと評される彫り物職人、左甚五郎が、世にはびこる悪党をおのれの「みぎて」で黙らせる!旨い酒や大金をちらつかせ、欲を満たすために彫刻を依頼したとて、依頼人に惚れ込まなければ容易に受けない甚五郎。だが、ひとたび彫ると決めると、「絶対に中を覗くなよ」と言い残して小屋に籠る。なまぐさ断ちをして彫った、人々が驚愕する木像に潜む秘密とは。死んだ妻の幽霊を捜すという、常人には理解できない旅の途中で、厄介事に巻き込まれながらも放っておけない天才肌の人情家。甚五郎が巻き起こす、笑いあり涙あり不思議ありの痛快時代小説ついに開幕!

『なさけの左甚五郎』(文芸社文庫)
著・白蔵盈太

あらすじ

秋になって肌寒くなってきたが甚五郎と伊蔵はまだ、逃げ出したお美弥の幽霊を見つけ出せずにいた。ところが、ひょんな出来事をきっかけに驚愕の事実が判明。お美弥の身に起きた悲劇の鍵となるのは、かつて甚五郎が弁天様と交わした約束だった―真実を確かめるべく、弁天様の像が待つ琵琶湖に向けて一人で旅立つ甚五郎と、後を追う伊蔵。果たして甚五郎は、政五郎と伊蔵のなさけを受け止めて、愛しい妻の魂を成仏させることができるのか。天才肌で人情家の謎多き彫り師・左甚五郎が今日も行く。『みぎての左甚五郎』に続く、痛快時代小説、待望の第2弾!

大谷吉継の終わらない関ケ原(PHP文芸文庫)
著・白蔵盈太

あらすじ

慶長五年(一六〇〇)九月十五日、関ケ原の戦い――。

東軍へ寝返った小早川秀秋の大軍を、大谷吉継は幾度も押し返したが力及ばず、無念のうちに切腹した。しかし、まばゆい光の中で目を覚ますと、目の前にはデウスの姿があった。

「大谷刑部少輔吉継、この戦をやり直してみるか」

三年前に戻った吉継は、再び関ケ原を戦うことに――。

果たして、吉継は小早川の裏切りを防ぎ、盟友・石田三成を勝たせることができるのか!?

失敗しては繰り返し時を遡ることで、見えてきた真実とは!

『実は、拙者は。』で2024年啓文堂書店時代小説大賞、『一遍踊って死んでみな』でSNS推し本大賞2025発掘賞部門を受賞した著者による、タイムループ×歴史小説。文庫書き下ろし。

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-90579-2(PHP作品ページより引用)

ライター紹介

いっちー

平成10年、四国の田舎で生まれ育ち、京都芸術大学文芸表現学科で文章や創作について学ぶ。
月に10冊、年間で100冊以上読み、取材相手には長文の感想を送りつけるなど、本についてアツいヤツ。

わかさ生活のオウンドメディアDEKIRU! で
『「本」の挑戦者たち』
『UNDERUMBLE!』(音楽記事)
『言の葉を紡ぎし者たち』
『若きアートの炎』
『パピー/盲導犬の物語』の連載を担当している。

いつか自分の本を出すことが夢。

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連載

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「本」の挑戦者たち