イントロダクション
HAPPY!
いっちーです!
今回取材したのは、油絵とデジタルを組み合わせ、どこか懐かしく、少し切ない風景を描く苗さん!
苗さんの作品に描かれているのは、田舎の高校の昼休みや、夏の日差しが差し込む路地など、
“どこかにありそうで、どこにもない風景”。
作品を眺めていると、幼い頃に見た景色や、忘れていた夏の記憶が、ふとよみがえってくるように感じます。
今回は、絵に苦手意識を持っていた苗さんが創作を始めたきっかけや、油絵とデジタルを融合させた画風が生まれるまでの道のり、そして個展『つづきのはなし』に込めた思いについて伺いました!
それじゃ~いってみよー!
作者紹介

苗│Nae
イラストレーター/油絵描き
千葉県出身、東京都在住
ノスタルジックで絵本のような絵柄が特徴
油彩ならではのタッチとマチエールをいかして制作しています
PALETTE CLUB SCHOOL、青山塾修了
使用ツール:油絵具、キャンバス、オイルペーパー、AdobePhotoshopCC
「Story Power of Illustration」(HIGHTONE PUBLISHING / 香港)掲載
「ファッションイラストレーション・ファイル2025」(玄光社)掲載
Chapter1 苦手だった絵が仕事になるまで――苗さんの創作の原点と画風
――苗さんが絵を描き始めたきっかけを教えてください。
絵を描く人の中には小さいころから描いていたという方が多いと思うのですが、私はそうではありませんでした。手芸や服、小物づくりなどのものづくりは好きだったのですが、絵に対しては妙な苦手意識があり、ほとんど描いていなかったんです。
――そこからどうやって絵を描くようになったのでしょうか。
中学では家庭科部に所属していて、服や小物を作ったり、ミシンを使ったりと、比較的好きなことを自由にやらせてもらっていたのですが、高校では料理が中心になり、あまり興味を持てなくて。
それなら、ほかに何かを作れる部活はないかなと考えて、美術部に入ったのがきっかけですね
――絵に苦手意識があった苗さんが美術部に入られたのが意外です。そのころはどんな絵を描かれていたんですか。
主に好きな作品のファンアートですね。
私が高校生くらいのころ、デジタルで絵を描く人が増えていたんです。ネットで好きな絵を見たり、自分でも好きな作品のファンアートを描いたりする流れで自分も描いていました。
絵への苦手意識を乗り越えられたのは、やはり“好きな作品のファンアートを描きたい”という気持ちがあったからかもしれません。
――現在の画風に至るまで、どのような絵を描いてきましたか。
高校生のころはファンアートを描いていましたが、次第に二次創作や同人の世界から離れ、美術部で油絵に取り組むようになりました。そのころから、“自分にはデジタルよりも油絵の方が合っているかもしれない”と感じていたんです。
大学卒業後には、二次創作とは異なる“イラストレーション”の世界と出会い、自分の好きな油絵と組み合わせられないかと考えるようになりました。
当時描いていた印象派のような油絵は、そのままでは少し重く、絵の力が強すぎると感じていました。そこで、油絵にデジタル加工を加えることで、より軽やかで見やすい表現を目指し、現在の画風へとつながっていきました。
――油絵とデジタルの両方で描かれているんですね。どのように組み合わせているのでしょう。
まず、作品の7〜8割ほどを油絵で描き上げてから、Photoshopに取り込み、加工や加筆をしています。
デジタル上では、色を調整したり、細かな部分を描き込んだりと、比較的自由に手を加えることができます。特に人物や、手に持っているゲーム機などの小さなモチーフは、油絵の画面上で描いて消してを繰り返すのが大変なので、デジタルで別に描き加えることもあります。
油絵の質感を土台として残しながら、デジタルの修正しやすさや軽やかさを加えて仕上げている、という形ですね。
――絵を仕事にしようと思ったのは、なぜですか。
明確に決断したというより、イラストレーションの世界に入ったことで、自然と仕事を目指すようになりました。
また、仕事にはサイズやテーマなどの制約があります。その条件の中で、“自分ならどう描くか”と考え、自分なりの表現を探すことにも面白さを感じています。
Chapter2 日常の風景に物語を重ねて――想像を誘う苗さんの作品世界
――どのように制作を進めているのでしょうか
まず、クロッキー帳やiPadでラフを描きます。仕事では修正のやり取りがしやすいため、デジタルで描くことが多いですね。ラフの制作には『ArtStudio Pro』を使っています。
方向性が決まったら、それをもとに油絵を描き、最後にPhotoshopで加筆や調整をして完成させます。
ラフにかかる時間は作品によって異なり、丸一日かかることもあれば、2〜3時間で描けることもあります。調子がよければ、1日に4〜5枚ほど進めることもありますね。
――普段は、どのような環境で制作していますか。
普段は会社員として働いているので、制作するのは主に仕事を終えた後の夜ですね。屋外で描くことはなく、基本的にすべて自宅で制作しています。
同じ部屋の中に、油絵専用のスペースと、ラフや下書き、トレースを行う作業台を設けています。デジタルで作った下絵は、iPadをトレース台のように使って油絵用の紙へ写し、絵の具を重ねていきます。油絵が完成したらスキャナーで取り込み、最後にデジタルで加筆や調整をして仕上げます。
制作中は、周りが見えなくなるほど集中するというより、7〜8割ほど集中しながら、ロードレースを流していることも多いです。何か起きたら画面を見るというように、作業と視聴を切り替えながら描いています。
――作品のアイデアやロケーションは、どこから生まれますか。
作品の作り方は、そのときによって異なります。
仕事で描く場合は、“こういうものを描いてほしい”と、言葉や条件で依頼をいただくので、そこから場面を組み立てていきます。
対して自分で好きに描く自主制作では、自分で撮影した風景写真をベースにすることが多いですね。
先に風景と出会い、“ここにこんな子どもがいたら面白いだろうな”と人物や状況を考えることもあります。
反対に、先に人物の行動や場面が浮かび、それに合いそうな路地や風景を探して、“ここだ”とロケーションを決める場合もあります。
人物のポーズについても、伝えたいテーマが強い作品では、少し気だるそうな雰囲気など、やりすぎない程度に演技をしてもらい、“このポーズなら、これくらいのことが伝わるかな”と考えながら作っています。
――作品ももちろんですが、そこに添えられている言葉も素敵です。こちらは、どのように作られているのでしょうか。
実は、言葉は絵を見て考えているわけではなく、後から付けています。
私は日常の中でなんとなく感じたことを、2〜3か月ほどかけて書き留めているようにしています。大半は愚痴に近いものなのですが、それを少しきれいな言葉に置き換えたり、語感を整えたりしています。
その後、画集を作ったり個展で展示したりする段階で、“この絵には、この言葉が近い雰囲気を持っているかもしれない”と考え、別々に作っていた絵と言葉を組み合わせています。
――なぜキャプションではなく、このように短文を添えるような形をとっているのでしょう。
作品を見るときのフックやガイドのようなものがあるといいのではないかと思ったからです。ただし、作品に一連のストーリーを設定しているわけではありません。
あくまで、見る方が物語を想像するときに、漠然としたものを少しだけ絞り込むためのもの。そのくらいの役割として言葉を置いています。
――描いていて好きなモチーフや風景はありますか。
これまでは風景を中心に描いてきたので、好きなものを挙げるなら、やはり風景ですね。
実在する場所をそのまま描くだけではなく、想像の中で景色を作ることもあります。たとえば、野球部の生徒たちを描いた作品は、完全に想像から生まれたものだったと思います。
――作品を描くとき、特に力が入る部分はどこですか。
葉っぱや木などの植物を描いているときは、興が乗ると、どんどん好きなように描き込んでしまいます。
草むらを描いた作品も、最初はどう描こうかと考えていたのですが、最終的には“これは草として描こう”と決めて、自由に描いていきました。植物を描くときは、特に力が入りますね。
――制作するときに意識していることはありますか。
“描くぞ”と強く構えるのではなく、“これを描いたら、こうなるだろうな”と考えながら、自然に手を動かしています。
依頼ではオーダーに沿いつつ、実物とは少し違う色を使ったり、現実にはなさそうな形を加えたりと、自分なりの“ひとひねり”を入れるようにしています。
また、風景の中に人物を描くのは、鑑賞者の視線を導くキーになるからです。ただ、見方を縛りすぎないように、想像の余地を残すことも意識しています。
――苗さんの作品はキャンバスに描かれたものだけでなく、『ぼくらの秘密基地』といった立体的な作品ものもあります。こちらはどのような発想で生まれ、製作されたのでしょう。
まず、“秘密基地を作ろう”というところから始まりました。
ただ、秘密基地という共通のテーマだけで描いていくと、どの作品も似たものになってしまうと思ったんです。そこで、一枚ごとに異なるシチュエーションを設定し、それぞれにフックとなるモチーフや仕掛けを加えていきました。
同じ秘密基地でも、少しずつ違う景色として楽しんでもらえるように作っています。
――これまでにもらった感想で、印象に残っているものはありますか。
夏をテーマにした個展では、“小さいころに見た景色みたい”“実家の周りがこんな感じだった”と言っていただくことが多かったです。
作品に描いた場所へ実際に行ったことがなくても、“日本の夏に、こんな景色を見たことがあるかもしれない”と、それぞれの記憶と重ねて見てもらえたことが印象に残っています。
私の作品には、現実には少しありそうでなさそうな、不思議な形の風景も多いんです。そうした景色を見て、鑑賞者の方が自由に想像して遊んでくれたら、“しめた”と思いますね。
――今後、挑戦してみたい表現形式はありますか。
今後は、紙小物の制作にもう少し力を入れてみたいと思っています。
一枚のイラストを描くことも続けながら、以前に少し作ったことのあるミニアニメーションなど、作品を別の形へ発展させる表現にも挑戦したいですね。
たとえば、誰もいなかった風景の中に人物が現れるような動きを加えるなど、これまで描いてきた作品世界を、少し形を変えて見せていけたらと思っています。
Chapter3 懐かしいだけでは終わらないために――個展『つづきのはなし』について
――個展を開くことになったきっかけを教えてください。
ギャラリーの方から声をかけていただいたことがきっかけです。
そこから、“個展をやりましょう”という話になり、開催に向けて動き始めました。個展を開くことが決まってから、展示する作品の制作も始めました。
――個展の作品は、どれくらいの期間で制作しましたか。
理想を言えば、1年ほどかけて個展のための作品を制作したかったのですが、実際に本格的に動き始めたのは、開催の3か月ほど前だったかもしれません。
作品によっては、1枚を2〜3日ほどで描いていました。ただ、油絵はすぐには乾かないので、絵の具が乾くのを待っている間に別の作品を進め、何枚かを並行して描いていました。複数の作品の完成度を少しずつ上げながら、展示全体を仕上げていった感じです。
――今回の作品タイトル『つづきのはなし』には、どのような意味が込められているのでしょう。
以前、『Nostalgia』という作品集を制作していて、今回はその続きを描こうというところから始まりました。
『Nostalgia』では、“こういう景色って懐かしいよね”という感覚を、比較的素直に描いていたと思います。ただ、懐かしいという気持ちだけを繰り返していても、その先には進めないように感じたんです。
では、懐かしさの続きを描くとしたら、どのようなものになるのだろう。そう考えたことが、今回の作品やタイトルの発想につながっています。
――前作から、どのように作品を変化させたのでしょう、
前作では、“懐かしい思い出っていいよね”という、比較的明るい感情を中心に描いていたと思います。今回は、そこにもう少しほの暗い雰囲気を加えました。
小さいころの記憶には、楽しいことだけではなく、部活で誰かに負けたことや、テストでよい点が取れなかったこと、これから模試があることへの不安など、少し苦い感情も含まれていると思うんです。
そうした、懐かしさの中にある明るい記憶と、ほろ苦い記憶の両方を思い出してもらえたらいいなという気持ちを、作品の裏側に込めています。いいことばかりではなかった、あのころの感情まで丁寧に受け取ってもらえたらうれしいですね。
――個展は、どのような空間になるように意識されましたか。
一枚ずつの作品をじっくり鑑賞してもらうというよりは、会場全体で一つの空間を作りたいと考えていました。
作品数も多かったので、“あれもある、これもある”と、まずはフラットに見渡してもらい、空間全体の雰囲気を感じてもらえたらと思ったんです。その中で、気になる作品や好きな一枚を見つけた方には、じっくり見てもらえたらいいなと考えていました。
また、一部にはピンク色の作品や犬、ピクニックの風景など、少し可愛らしく、ほかとは毛色の違う作品をまとめたコーナーも作りました。
――展示方法で、特にこだわったことはありますか。
一般的な展示では、作品をキャンバスに貼り込み、きれいに額装して、“この一枚を見てください”と見せることが多いと思います。ただ、今回はあえて、その方法を採りませんでした。
キャンバス生地に印刷した作品を、そのままクリップで留めて展示したものもあります。一枚ずつ厳かに鑑賞してもらうというより、もう少し軽やかに、さっと見てもらいたかったんです。
もちろん、気に入った作品があれば、そこで立ち止まってじっくり見てもらって構いません。まずは空間全体の雰囲気を受け取って、その中から、それぞれが好きな作品を見つけてもらえたらと思っていました。
こちらから鑑賞の仕方を押し付けすぎず、“カフェにいい感じの絵がたくさん飾られている”くらいの自然な距離感を目指していましたね。
――個展で寄せられた反応の中で、印象に残っているものはありますか。
作品を見て、小さいころのことや自分の実家、田舎で遊んだ記憶を思い出したと言ってくださる方がいました。“自分も、こんな場所で遊んでいたかもしれない”と、ご自身の記憶と重ねて見てもらえたようです。
個展では、画集に載せきれなかった言葉も絵と一緒に展示していました。それを見て、日常の中で感じていたものの、絵にも言葉にもできなかった曖昧な気持ちに、ほのかに共感してくださる方もいました。
“自分と近いことを感じていた人が、それを代わりに表現してくれたのかもしれない”と思ってもらえたような反応は、特に印象に残っています。
――今作の中で、特にお気に入りの作品はありますか。
表紙に使った作品は、特に頑張って描いた一枚です。作品自体も大きかったので、かなり力を入れました。
この作品では、人物を日向ではなく、庇の下の陰になっている場所へ配置しています。手前の通りには光が入っていますが、人物がいるのは暗い空間で、オレンジ色のスカートの一部だけに光が当たる構成にしました。
明るい場所から人物へ視線を移し、その人物をたどることで、鑑賞者が暗い空間の中へ入り込んでいく。そうした構図が、うまく見る方の目に引っかかってくれたらいいなと思っています。
――先生の作品は夏の風景が多い印象です。なにか理由があるのでしょうか。
少し昔の子どもたちが過ごしていた夏のような、どこか懐かしい雰囲気が好きなんです。
大きな影響を受けたのは、アニメ『AIR』ですね。放送当時に見ていたわけではなく、後から見た作品なのですが、その中に描かれている夏の空気に惹かれました。
『AIR』を見たときに、“夏はこれだ”と感じたんです。それから、夏の風景や雰囲気を作品の中で描くようになりました。
――作品には、ところどころ赤い光の線が入っています。これは、どのような意図で描いているのでしょうか。
写真を撮ったときに、意図せず光が映り込む“ゴースト”という現象が、発想のもとになっています。
写実的な風景をそのまま描くだけでは、少し整いすぎて面白くないと感じることがあるんです。そこで、あえて赤い光を加え、現実らしい風景の中に違和感や引っかかりを作っています。
Chapter4 絵に引きずられず、絵と生きる――苗さんの創作と日常からのメッセージ
――将来の夢や、今後挑戦したいことを教えてください。
これからは、今まで描いたことのないものに挑戦したいです。
油彩には、重たい印象になりやすいことや、細かなものを描きにくいことなどの制限があります。ただ、その制限を取り払うのではなく、今の手法のまま何が描けるのかを探っていきたいんです。
たとえば爬虫類や、顔の見える人物など、これまであまり描いてこなかったものを描いて、“苗さんが描くと、こうなるんだ”と驚いてもらえたら面白いですね。
油彩とPhotoshopを組み合わせるスタイルは変えずに、“苗さんの作品はこういうものだ”というイメージを、崩すような、崩さないようなギリギリのところで広げていきたいです。
――苗さんにとって、絵とはどのような存在ですか。
私にとって絵は、“生活の一部”ですね。やめようと思ったことは、あまりありません。
もちろん、“今日は絵を描きたくない”と思う日もあります。そのときにほかにやりたいことがあれば、無理に描かず、そちらを優先します。ただ、描けない状態が長く続くような感覚はないんです。
ご飯を食べたくない日でも、パンをひとかじりくらいはするでしょうし、お風呂に入りたくなくても、気持ちが悪くなれば入りますよね。私にとって絵を描くことも、それに近い感覚です。
絵を描いていないときでも、デザインをしたり、思いついたことを書き留めたり、写真を眺めたりしています。結局、生活そのものが絵を中心に回っているのだと思います。
――これから絵を描きたい人へ、メッセージをお願いします。
描きたいと思ったら描く。描きたくなければ、ほかの好きなことをする。それでいいと思います。
無理に描き続けるより、一度離れて、また描きたいと思ったときに戻ってくればいいんです。落書きでもいいですし、“絶対にこの一枚を描き上げる”という気持ちがあるなら、そのまま描き切ればいいと思います。
私のように絵が生活の一部であっても、絵だけに引きずられる必要はありません。自分の好きな気持ちを大切にしながら、健康的なバランスで続けていくのが一番だと思います。
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