イントロダクション




この少女は、何を考えているんだろう
大きな目と、ぼんやりとした表情。
笑っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。
清永凜さんの描く少女たちは、見る人に答えを教えてくれない。
だからこそ、その表情の向こう側にある感情や物語を、思わず想像したくなる魅力がある。
清永凜さんは、どのようにしてこの世界を描くようになったのだろう。
今回のインタビューでは、それをひも解くため、幼いころの記憶から、現在の制作、そしてこれから挑戦したい表現などのお話をうかがっていきます。
作者プロフィール

清永凜(KiyonagaRin)
現実と虚構の境界、感情や記憶の曖昧さ、目に見えないものや感覚が好きです。
インターネット上に漂うイメージ、誰かの幻想として消費される存在をモチーフに、少女を再構成しています。
ユニット『幻想計画』ではイラストを担当。
Chapter01 キャラクターに囲まれて育った日々――清永凜さんの絵の原点
見る人の想像を誘う、不思議な表情の少女たち。
この独自の作品世界は、どのようにして生まれ、育まれてきたのでしょうか。
まずは、その作品世界が生まれた原点を、清永凜さんの幼いころからたどっていきます。
――絵を描き始めたのはいつごろからですか。
いつから、というより、気づいたら絵を描いていましたね。それこそ幼稚園や保育園に通っていたころからです。
そのころって、みんな絵を描くじゃないですか。私はその延長で、今までずっと絵を描いているみたいなところがあります。
――そのころはどんな絵を描かれていたのでしょう。
家族は漫画やアニメ、ゲームといったエンタメ作品が好きで、そうしたものが自然と家の中にあったり、流れていたりしたこともあって、その影響でキャラクターを描いていましたね。
――ご家族の影響で、自然とキャラクターに親しむようになったんですね。そう考えると、清永さんの絵の原点には、ご家族の存在も大きく関わっていそうです。
「そうですね。
母はすごく漫画が好きで、よく読んでいたので、私も読むようになりました。
兄はゲームが好きだったので、一緒に遊んでいましたね。
とくにポケモンがすごく好きで、今でもたまに遊びます。
母もゲームをやっていましたが、ゲーム自体が好きというより、キャラクターが好きなんです。家にもぬいぐるみがありますし、私もゲームそのものよりもキャラクターに惹かれるところが大きいですね。」
――そこから絵を描き続けるなかで、本格的に絵の道へ進みたいと思うようになったのには、何かきっかけがあったのでしょうか。
母の友人がきっかけです。
美大を出て映像作家をされていた方なんですが、その方が幼いころからよく遊んでくれて。その姿を見たり、話を聞いたりする中で、“美大って楽しそうだなぁ”って漠然と思うようになって、それで目指し始めたので、大きなきっかけと言えば、母の友人かなと思います。
Chapter02 「何を考えているんだろう」と想像してほしい――“余白”を残す少女たち
絵を描き始めたきっかけは、漫画やゲームだったと語った清永凜さん。
では、現在のような作風へと変化していった背景には、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
続いては、清永さんの画風が形づくられるまでをうかがっていきます。
現在の画風になったきっかけは、少女漫画です。
小さいころから少女漫画を読んでいて、よく真似して描いていました。少女漫画には、笑っているわけでも、悲しそうなわけでもない、“この人は何を思っているんだろう”と想像する余白のある表情が多いんですよ。
そうした表現が面白くて、好きだなと思っていたら、気づけば自分も、見る人に想像してもらえるような絵を描くようになっていました。なので、少女漫画を読んできたことが、今の画風につながっているのかなと思います。
あと、私の絵を見ていただくと分かるんですが、キャラクターの瞳が少し大きいんです。これも少女漫画の影響ですね。
――少女漫画以外に、影響を受けた作家はいますか。
たくさんいます。
作家さんだと、第21回岡本太郎現代芸術賞で岡本太郎賞を受賞されたSAIAKUNANAさんや奈良美智さんの作品が好きです。
どちらも描かれた子が“この人は何を考えているんだろう”と思わせるような表情をしているんです。少女漫画と同じで、そういう、何を考えているのか分からない顔が好きで、よく見てきたので、影響を受けていると思います。
あとは浅野いにおさんの作品に登場するキャラクターが、虚無的な表情をしていることが多くて好きで、よく読んでいたので、こちらも影響を受けていると思います。


――少女を多く描かれていますが、好きなモチーフなのでしょうか。
たしかに“少女”を描くことが多いですね。
ただ、“この属性の女の子を描くのが好き”というわけではなくて、“少女”という概念そのものというか、ある種、消費されるイメージの象徴としての少女を描くのが好きです。
少女って、人それぞれに“少女とはこういうものだ”というイメージがあると思うんです。私の絵を見たときに、それぞれの記憶やイメージが呼び起こされるようなものになればいいなと思っていて。
なので、誰が見てもある程度“女の子”だと想像できるような、どこにでもいそうな姿で描いています。
――どこか似ているようで、それぞれ別人にも見えるキャラクターたちには、そうした意図があったんですね。実際に、同じ人物として描くことはないのでしょうか。
結構バラバラですね。というのも、キャラクターにはあまり名前をつけたくないと思っているので、あえて曖昧に描いています。見た人がそれぞれの意味で受け取って、それぞれに人格を持たせてくれたらうれしいです。
Chapter03 なつかしいのに、少しさびしい――記憶と現実・非現実の境界
見る人に想像を委ねるため、表情や人物像をあえて曖昧に描いている清永凜さん。
では、その少女たちを包む、なつかしくも少しさびしい空気は、どこから生まれているのでしょうか。
続いては、清永さんの作品に流れるその世界観の裏側について、さらに深くうかがっていきます。
――清永凜さんの作品では、あまり明るい色が多用されていません。そのことで、どこか暗く、さびしそうに見えます。色や雰囲気、世界観に対するこだわりについて教えてください。
“記憶の中”のような空気感を大事にしています。
何かを思い出すときって、たとえ楽しい記憶だったとしても、少しさびしい気持ちになるじゃないですか。
“あのころはよかったな”となつかしく思う一方で、もう戻れないことにさびしさを感じるというか。
そういう感覚から、作品も少しさびしい雰囲気にしています。
――なんとなく、清永凜さんの絵にはさびしさだけでなく、“なつかしさ”のようなものも漂っているように感じます。行ったことも、見たこともないはずなのに、なぜか知っているような気がするんですよね。
それは、“リミナルスペース”に近い感覚だと思います。
インターネット発の美学やジャンルで、少し古びた場所や、誰もいない空間を見たときに感じる、奇妙ななつかしさのことを指します。
たとえば、行ったことのない少し古いショッピングモールや、古ぼけた螺旋階段。そういったものを見たときに、漠然と“なつかしい”と感じることってありませんか。
ドット絵とかもそうですね。
私自身、ドット絵のゲームで遊んでいた世代ではないんですが、見ると、“なつかしいな”“この感じ、いいな”と思うんです。私の作品にもそういったものを感じてもらえてうれしいです。
――実際には経験していないものにも、なぜかなつかしさを感じる。その感覚が、作品の空気にもつながっているんですね。
表情やリミナルスペースの話にもつながりますが、私は、どこまでが現実で、どこからが絵の世界なのか分からなかったり、写真なのか、描いた絵なのか分からないものが混ざり合っていたりするような、曖昧な感覚が好きで、その境目に興味があるんです。
――なぜ、そういったものに惹かれるのでしょうか。
私、実は、“ポケモンの世界に生まれたかった”んですよ。
“漫画の世界に生まれていたらよかったのに”“モブキャラクターでもいいから、その世界に生まれたかった”という気持ちが強いんです。だからこそ、現実と二次元の境目に興味があるんだと思います。
――なつかしさや、現実と二次元の境界を表現するために、清永さんは、紙やキャンバスだけでなく、さまざまな素材や技法を使われていますよね。
まず気になったのが、フロッピーディスクに描かれた作品です。なぜ、フロッピーディスクを使おうと思ったのでしょうか。
きっかけは、文学フリマに出たとき、友人から“フリマアプリに中古のフロッピーディスクが出ている”という話を聞いたことです。
私自身、紙やキャンバス以外のものにも描いてみるのが好きなので、その話を聞いて、“フロッピーディスクに描いたら面白そうだな。じゃあ、描いてみようかな”と思いました。それに、手頃な大きさなので、描いたものをキーホルダーのようなグッズにして、持ち歩いてもらえそうだなとも思ったんです。
それにフロッピーディスクって、どこかなつかしいじゃないですか。今ではあまり使われていないところにもさびしさを感じていて、そうした雰囲気も、絵を描く素材に選んだ理由の一つです。


――フロッピーディスクに描くとき、難しかったところや大変だったところはありますか。
全然、色が乗らないことですね。
今作はポスカを使って描いたんですが、色が乗らない分、何度も上から描かないといけなくて、そういったところは大変でした。
――実際に販売してみて、お客様の反応はいかがでしたか。
「なつかしい」と言ってくださる方が結構いました。
私はフロッピーディスクを使っていた世代ではないので、自分の記憶としてなつかしいわけではないんです。でも、なぜかなつかしく感じる。そういう、誰もが持っているなつかしさの根幹に触れられたような気がして、作ってよかったと思いました。
Chapter04 写真も、空の錠剤シートも、キャンバスの裏も――素材を越えて広がるアイデアと作品たち
見る人の想像を誘う表情、記憶や夢の中のような“なつかしさ”と“さびしさ”、現実と非現実が混ざり合う曖昧さ。
ここまでお話をうかがってきて、清永さんの作品の魅力の秘密が少しずつ分かってきました。
ここからは、実際の作品についてお話をうかがいながら、さらにその秘密の奥を探っていきます。
今作の制作のきっかけは、小学生がシール交換をしているのを見て、“なつかしいな”と思ったことです。
右側に描いた人物は、“平成”という時代をイメージしたキャラクターです。時代のイメージを抽象的なキャラクターとして表現し、平成らしいものを描きたいと思って、このような姿にしています。
この作品は写真を撮って一度印刷し、その上から女の子をポスカで描き、背景にはクレヨンを重ねています。
特定の場所ではなく、“自分の家の近くかもしれない”と想像してもらえるような、どこにでもありそうな場所にしたかったので、そういった場所を選びました。また、写真の上に別の素材を重ねることで、少しぼやけた感じにして、なつかしさを演出しています。」
今作は、夢や寝る前の記憶をイメージした作品です。
ウトウトしているときや夢の中で、その日に読んだ漫画や、誰かから言われたことが出てくることってありますよね。今作はそのときの感覚をイメージして、いろいろな漫画のセリフを印刷して貼りつけ、その上から色を塗って制作しました。
今作は、丸いキャンバスに空の錠剤シートを切り取って貼りつけています。
私は物をなかなか捨てられず、ため込んでしまうところがあって、気づいたら家に空の錠剤シートがたまっていました。それを見たときに、“これを使って何か作れないかな”と思ったのがきっかけで制作した作品です。
背景には、絵の具とシャボン玉液を混ぜたものを塗っています。
今作は、私が20歳になったときに、記念に描いた自画像です。
後ろにいるのは、私の絵の象徴というか、霊のような存在で、それが私に覆いかぶさって守ってくれているようなイメージで制作しました。
私にとっては守り神のようなイメージだったんですが、暗い絵に見えるとおっしゃる方もいて、見た人がさまざまな受け取り方をしてくださってうれしかったです。
ゲームでは、少女がプレイヤーに操作される側だったり、消費される対象になったりすることが多いと感じたのが、制作のきっかけでした。
今作では、操作される側だった女の子がこちら側に気づいて、プレイヤーに介入してくるような表現を取り入れています。
プロジェクションマッピングのほうは、白い箱をテレビに見立てて、絵の中にいる女の子がこちら側の世界に気づき、迫ってくるようなイメージで作っています。
今作は、実は完成したあとに一度破った作品です。
あえて破ったのは、偶然性を作品の中に取り入れることで、自分ではすべてをコントロールできないことを表現したかったからです。
今作は、大学の漫画の授業で制作しました。描いているものはキャンバスなんですが、実は表ではなく、裏側に描いています。
こうしたのはキャンバスの裏側と、物語の裏側というダブルミーニングを演出したかったからです。
漫画の中で描かれるのっていつも主人公じゃないですか。でも物語にはモブキャラクターもいて、その一人ひとりにも物語がある。それらにスポットを当てたいと思ったんです。
また、キャンバスの枠が漫画のコマのようにも見えるので、ここを境に現実と架空の世界が分かれているのかな、とも考えました。
“この子たちは物語の裏側にいるけれど、私たちも、知らない誰かの物語の裏側にいるのかもしれない”と思いながら描いた作品です。
今作は証明写真をテーマに作った作品で、一部はキャラクター、一部は実際の証明写真といったものになっています。
アニメや漫画のキャラクターと現実の境界を描きたくて制作しました。
Chapter05 絵は、喧嘩もする家族――清永凜さんが描き続ける理由と、これからの絵描きへのメッセージ
――今後、挑戦してみたい表現はありますか。
これまで、ZINEや映像、絵画、プログラミング、電子工作など、いろいろなものを一つひとつ独立した作品として作ってきました。今後は、それらをシリーズとして、連作のようにつなげてみたら面白いんじゃないかなと思っています。
といっても、同じキャラクターを出すとか、ストーリーを作るというわけではありません。どこから見ても楽しめる、なんとなく作品同士がつながっている、そんな形にしたいなと思っています。
例えるなら、モネが描いた『睡蓮』の連作ですね。あれも同じモチーフを描いた作品が、たくさんあることで有名ですよね。
これまで制作してきたZINEやフロッピーディスクなどの他にも、いろいろな媒体を使いながら、一つのモチーフで作品を作ってみたいですし、もちろんこれからも“少女”というモチーフは、描いていきたいと思っています。
――将来の夢や、目指している作家像を教えてください。
“こういう作家になりたい”という明確なものが、今の私にはないんです。漠然と、“ずっと絵を描いていたら、いつかいい絵が描けるんじゃないかな”と思っています。なので、“ずっと描き続けること”が一つの目標です。
絵で食べていきたいという気持ちもありますが、どのような形であっても、一番は自分が楽しく絵を描き続けられたらいいと思っています。いつか個展もやってみたいですね。
――清永さんにとって、絵とはどのような存在ですか。
当たり前にそばにいるという意味では、家族みたいな存在です。近すぎるからこそ煩わしくなったり、離れたくなったりすることもありますが、結局は好きで、また向き合ってしまいます。
ただ、その一方で、どれだけ描いても完全には届かない、憧れのようなものでもあって。私にとって絵は、身近なのに遠い、少し不思議な存在ですね。
――最後に、これから絵に挑戦したい人や、絵を描いている人へメッセージをお願いします。
絵は、人と比べることが多い世界だと思います。
私も美大での講評がすごくつらくて。人の絵と自分の絵が並んでいるところを遠くから見ると、“自分の絵なんて、全然よくないんじゃないか”と思ってしまうことがありました。
でも、“自分はこれが好きだから描いている”という気持ちを信じて、描き続けてほしいです。
インフォメーション

清永凜(KiyonagaRin)
現実と虚構の境界、感情や記憶の曖昧さ、目に見えないものや感覚が好きです。
インターネット上に漂うイメージ、誰かの幻想として消費される存在をモチーフに、少女を再構成しています。
ユニット『幻想計画』ではイラストを担当。
〇SNS
◇清永凜
X:kiyonagarin
HP:https://kiyonagarin.com/
Instagram:https://www.instagram.com/kiyonagarin/
◇幻想計画
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SHOP:https://otherworld.base.shop/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC90hAHDHr3va71qicgYR2WA
〇アルバムアートワークを手掛けた曲
『夏を駆ける!!!』 yaginiwa feat. 初音ミク:https://big-up.style/PZmLBGp1CW
ボカロP・yaginiwaによる初音ミクをフィーチャーした新曲「夏を駆ける!!!」。
疾走感あふれるロックサウンドとブレイクコアの激しいビートが駆け抜ける一曲。
夏のきらめきをまとった空気感の中で、エモーショナルに鳴り響くギターと躍動感あふれるブレイクビーツが重なり合うサマーチューン。