『君がくれた魔法は解けない』作者、伊瀬ハヤテ先生にロングインタビュー!

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『君がくれた魔法は解けない』作者、伊瀬ハヤテ先生にロングインタビュー!

イントロダクション

HAPPY! “本”と“ことば”がなにより大好き、いっちーです!

今回取材させていただいたのは小説家の伊瀬ハヤテ先生。
今作『君がくれた魔法は解けない』で商業作家デビューされた、まさにこれからの先生なんです!
が、作品は本当に魔法かと思うくらい、面白くって!

お話をうかがえるのが楽しみです!

それじゃ~いってみよー!

(1)本を読むことについて

本日は取材をお受けいただきありがとうございます。よろしくお願いします。
まずは、伊瀬さんご自身の子ども時代についてうかがえたらと思います。

幼少期、それこそ保育園くらいのことは、もうあまり記憶にないんですけど、親からは「あまりしゃべらない子だった」と聞いています。

本はまったく読まない子でした。家にあったのも『ドラゴンボール』とか『ボボボーボ・ボーボボ』とか、そのくらいで。あとはもう、ゲームばかりしていましたね。
小学校や中学校には読書の時間があったんですけど、そのときも図書館にある『ブラック・ジャック』みたいな漫画を頑張って探して読んでいました。小説を読むのは、あまり得意じゃなかったです。
子どもの頃に流行っていた本の話になっても、あまりついていけません。それくらいには読んでいなかったです。

子どもの頃は“本の人”ではなかったんですね。

そうですね。どちらかというと目立ちたがり屋な子でした。中学、高校では生徒会長もやっていたんですけど、それも学校をより良くしたくて立候補したわけじゃなくて、単純に憧れがあったという気持ちのほうが強かった気がします。

あと、大人に褒められたい子どもでもありました。先生の言うことをちゃんと聞いて、成績が良くなるように頑張ったり、絵を描いて賞をもらったりして、褒められたいという気持ちが強かったですね。そういう意味では、『君がくれた魔法は解けない』の主人公に近いところもあるのかなと思います。

彼女のように自分の本心を完全に隠していたわけではないんですけど、「いい子でいたい」という思いは、ずっとありましたね。

中学の修学旅行で吉本新喜劇を見に行ったことが、今思えば自分の創作の原体験だったかもしれません。
例年通りならUSJに行くはずだったんですが、僕の年からは吉本新喜劇を観に行くことになったんです。クラスのみんなは大ブーイングだったんですけど、僕は一人「やった!」と内心思っていましたね。

実際に初めて本物の新喜劇を見たときは、めちゃくちゃ面白くて! そこから「自分でも書いてみたい、やってみたい」と思うようになって、初めて新喜劇みたいな台本を書いたんです。たぶん、それが人生で最初の創作だったと思います。

それを文化祭で発表したら、すごくウケたんです。しかも、自分たちが卒業したあとも、下の世代が修学旅行で新喜劇を見て、文化祭で新喜劇をやる、みたいな流れができたくらいで。
そこで褒められた経験は、今の創作活動とつながっていると思います。

誰かに褒められたいという気持ちが、“書く”ことで叶って、書くようになったのですね。

そうですね。ただ、そこから小説家を志したわけではないんです。きっかけは高校のときに先生に言われた言葉でした。

高2の冬、先生に「あなた、前にお話を書いていたことがあるんだよね。ちょっとやってみたら」とお話をいただきました。
もう次の年には受験、という時期で、その先生は担任でもあったにもかかわらず、書くことを勧めてくれたんです。

受験を控えた時期に、担任の先生がそう言ってくれたのは大きいですね。

大きかったです。僕もその気になって、授業中や昼休みを使って一気に書いて、先生に見せました。
そしたら昼休みの終わりに先生が走ってきて、「あんた天才じゃない!」って言ってくれたんですよね。その言葉がうれしくて、いまだにずっと残っています。

それまでは県内の大学に進んで、先生になるのもいいかなと思っていたんです。でも、その一言で脚本とかドラマとか、そういうものを作りたいと思うようになって、進路もそちらに向かっていったので、あのとき褒められたことは、今の活動に間違いなくつながっている気がします。

イメージ図(ChatGPTで生成)

進路そのものを変えるくらいの言葉だったんですね。

そうですね。その先生、ふだんはあまり人を褒めるタイプではなかったんです。だからこそ、目を見開いて「天才だよ!」と言ってくれたのが、本当に印象的でした。

そのあと、同好会を発足してドラマを作って、それがとある大会で全国9位くらいまでいったんです。そこでかなり調子に乗りましたね。「あれ、俺たち天才なんじゃないか」って(笑)。

高3の夏にも、3分くらいのドラマの大会で1位を取れたんですよ。小さな大会ではあったんですけど、うれしかったです。
ただ、家に帰って父にその話をしても、「ふーん」くらいの反応で。それが悔しくて、ベッドで泣いたことも同時に覚えています。自分の息子が日本一になったのに、なんでもっと褒めてくれないんだろうって。

イメージ図(ChatGPTで生成)

褒められた記憶も、褒められなかった記憶も、どちらも強く残っているんですね。

そうですね。思えば「褒められたい」という気持ちは、自分の中にずっとある感情かもしれません。

少年アヤさんの本を読んだことですね。

『焦心日記』少年アヤ(河出書房新社)

この話をする前に前提として知っておいていただきたいんですが、僕は好きになる相手が男の子なんです。高校生の頃に片思いをしていた男の子がいたんですが、結局うまくいかなかったという過去があります。

大学に入ってから、そのことを話せる先輩に出会いました。その先輩とはBL漫画を貸し借りしたり、これおすすめだよと紹介し合ったりする仲でした。そんなやり取りの中で、「よかったらこれも読んでみて」と勧めてもらったのが、少年アヤさんのエッセイだったんです。

それまで漫画を多く読まれていた伊瀬さんが、エッセイを!?

正直、最初は「文字じゃん……」と思いました(笑)。でも、せっかく先輩が勧めてくれたのに、一文字も読まずに返すのはさすがに失礼だなとも思ったんです。それで、とりあえず一話だけでも読んでみることにしたんです。

そうしたら、もう大号泣してしまって……。

大号泣! それはすごい出会いですね。作品のどういったところに惹かれたのでしょう。

「こんなにも自分の気持ちをわかってもらえるんだ」と思えたことが大きかったです。

その本を貸してくれた先輩は女性だったというのもあって、「男の子が男の子を好きになる」という感覚を全く同じように共有するのは難しい部分がありました。でも少年アヤさんの文章には、男性を好きになる男性としての感情や、家族に対する思いなど、自分にすごく近いものがあって。それが本当に衝撃でした。

それで、「自分がずっと抱えてきたものも、こうして誰かに届く形にできるのかもしれない」と気づいて、そこから自分も、本という形で出してみたいと思うようになったんです。

そこから作家を目指す人生がはじまったわけですね。

はい。そこから文芸社のコンテストに応募したんですが、結果はダメでした。
ただ、自費出版ではありますが、お声がけをいただけて、本を作ることができました。
それが『1828日の恋』です。この作品では自分が上手くいかなかった学生時代の恋愛のことを書きました。

『1828日の恋』伊瀬ハヤテ(文芸社)

本を読むようになったのは、このころですね。というのも、もともと脚本は書いていたんですけど、小説やエッセイはまた全然書き方が違って、どう表現したらいいのかわからなかったんです。

それらを学ぶために、いろいろな人の本を読み始めました。だから、“自分から本を読むようになったきっかけ”でいうと、少年アヤ先生の本を読んだことになるかなと思います。

“本が好きだったから本を読んだ”というより、“自分のことを知ったり、表現したりするために本へ向かった”という感じなんですね。

そうですね。そして、実はもう一つ本を出そうと思った理由があります。

世間では、男性を好きになる男性の話というと、「昔から女の子っぽい趣味があった」とか、「女の子になりたかった」みたいなイメージで語られることも多いと思うんですけど、自分はそういうタイプではありませんでした。どちらかというと、わりと“男の子らしい男の子”として育ってきたんです。

だからこそ、そのもどかしさというか、「自分のことをそのままわかってもらえる言葉が少ない」という思いもあって。“ないなら自分が書くしかない”と思ったのも、本を出したいと思った理由の一つです。

最近読んだ中でオススメなのは、黒川裕子さんの『チャリを盗んで、夜明け』です。

『チャリを盗んで、夜明け』黒川裕子(講談社)

音楽が鳴り響くとき、彼の世界は新しい光につつまれる──。

ケガで職を失った父と暮らす中学3年生の巧海。生活費に事欠くなか、年上の友人・アマロと「バイト」──夜な夜な自転車の窃盗──をくり返し、金を稼いでいた。いつものように自転車を盗んだその朝、巧海はトラックに積まれたピアノと、そのそばに座る男と出会う。

……弾く?
弾くって。ピアノのこと……?

そこから、巧海の世界は少しずつ動き始める!(講談社商品ページより引用)

すごいタイトルですね! どんなところに惹かれたのでしょうか。

衝撃的なタイトルからは想像つかないと思うのですが、今作は実は児童文学なんです。
しかも、チャリを盗むだけでなく、貧困や親ガチャ、闇バイトといった、かなりセンシティブな題材を扱っている作品でもあります。

「どうして貧困に陥っていくのか」「どうして闇バイトをしなければならないようになったのか」というところまで、すごく丁寧に描かれていて。それでいて、説明的な文章ではなく物語としてちゃんと生き生きしているんです。
「なんでそんなことするの」で終わるんじゃなくて、「そうする人もいるよな」と、想像力が広がるというか、人を断絶しない見方ができるようになるというか。

これは児童文学全体に僕が感じていることでもあるんですが、読み終わったあとに「世界のピントがちょっと合う」感じがあるんです。今作もその感覚にさせてくれたのもあって好きな作品です。

(2)作品を書くことについて

最初は“ハヤテ”だけだったんです。実名に“颯”という字が入っていたのでそこから取りました。
ただ、出版の際に「ハヤテだけだと同じ名前の方がほかにもいるので、名字もつけてください」と言われて伊瀬をつけました。

伊瀬にした理由は、伊勢神宮にお参りに行って、「本が出せますように」とお願いをしたら文芸社さんからご連絡をいただけて 「ご利益かも」と思ったので、伊勢神宮にあやかって“伊勢”から字をもらいました。
ただ、そのまま“伊勢”を使うのはさすがに恐れ多い気がして、“勢”の字を“瀬”に変えて、“伊瀬ハヤテ”になりました。

伊勢神宮の“伊勢”と間違われることが多いので“伊瀬の瀬は瀬戸際の瀬です”なんて言ったりもしています(笑)。

“キャラをただたんに嫌なやつにしない”ということです。
現実には、誰からも嫌われるような人がまったくいないとは思っていません。でも、少なくとも自分の創作の中では、そういう存在をそのまま置いておきたくないんです。

たとえば、嫌なことを言う人や、誰かを傷つけるような行動をする人が出てくることはあります。でも、その人が嫌なやつのまま終わってしまったら、意味がない気がしていて。
どうしてその人がそういうことをするのか、そこにどんな背景や理由があるのか。たとえ全部を解決できなかったとしても、何かしら想像できる余地や糸口は書いておきたいんです。
ただ“悪い人がいて終わり”ではなくて、その向こう側にあるものまで想像できるようにしたいんですよね。

もちろん、人が嫌がることをするのは駄目です。でも、“駄目なことをした”だけで終わらせるのではなく、“なぜそうなったのか”まで描くことで、物語として見えてくるものがあると思っています。

基本的には、プロットや、「こういう流れにしよう」という大枠を考える段階では、ベッドで寝転びながらなど、かなりリラックスした状態で書いています。

一方で、いざ本文を書いたり、文章を整えたり、少しきれいな言葉にしていきたい、という段階になると、集中が必要なので、近くの図書館を利用しています。
その図書館は、少し小さめの分館のような場所なんですが、日中はあまり人がいなくて静かですし、時間帯によっては学生さんが来ることもあって、そういう子たちを見ていると「こういう人たちに読んでほしいな」と気持ちが入ることもあります。

正直、あまり「努力してきた」という感覚はないんです。
ただ、振り返ってみると、「とにかく書き続けていたな」とは思います。

たとえば、ノベマ!のキャラクター短編コンテストのように、月替わり、あるいは2カ月に1回くらいでテーマが変わるものには、かなり継続的に応募していました。自分にあまり合わないテーマのときは無理に出さず、別のコンテストを探して応募したりして、何も送らない時期をあまり作らなかったんです。長編の賞に出すときは短編を少し見送ることもありましたが、それでも、だいたい何かしらは書いていましたね。

途切れずに書き続けてこられた理由には、どんなものがあったのでしょうか?

今は派遣で働いているんですが、それも“書き続けるため”“作家として生きていくため”にあえてそうしているんです。

なるべく大きな残業がなくて、執筆の時間を確保できる働き方を選んでいるからなのですが。そうやって時間を作っているにもかかわらず書かなかったら意味がないですよね。「書かないなら正社員で働いたほうがいい、自分が派遣で働いているのは作家として生きていくためだ」と言い聞かせているのもあって、今も書き続けられているのだと思います。

書き続ける中で、心が折れそうになったことはありませんでしたか?

もちろんありました。ただ、たくさん応募していたことで、たまに大なり小なり良い結果がでることもあって。そういった小さな成功体験があったので、続けてこれました。
でも、もし2、3年と何も手応えがなかったら、もしかすると折れていたかもしれません。

ただ自分は、 「褒められたい」という気持ちが強い人間でもあります。受賞って一番わかりやすい“褒められる体験”なんですよね。だから、もしうまくいってなかったとしても、それを追いかけるように書き続けていたような気もします。

実際にデビューにつなげるために、意識していたことや対策、工夫していたことはありましたか?

応募するときには、自分なりに傾向は見ていました。似たテーマのときには、どういう作品が選ばれているのかを見て、“今回はこういう方向が来そうだから、少しずらしてこっちから行ってみよう”みたいに考えることもありました。いわば、カウンターを狙うような感覚ですね。
ただ、その読みが特別うまく機能していたとはあまり思っていなくて。実際、受からなかったもののほうがずっと多いですし、自分の分析が優秀だったというよりは、今回は運よく編集の方の目に留まった、という感覚のほうが強かったです。

「本になったな」という感じでしたね。もちろんうれしい気持ちはあったんですけど、本を手に取る前に何度も喜ぶ瞬間があったので、爆発的な気持ちというよりは 「ついにここまで来たな」と「やっと家に来たね、ようこそ」みたいな感覚のほうが近かったです。

ノベマ!のコンテストって、受賞したからといって必ず書籍化が決まるわけではないんです。
僕も以前、別の作品で受賞したことがあったんですけど、そのときは書籍化はされませんでした。
だから、今回も「久しぶりに賞が取れてうれしいな」くらいでした。これが最初に喜んだポイントです。
そのあと「書籍化しませんか」という連絡をいただけて、そこでもまた喜びました。

その後も、初めて編集さんとお話ししたとき、作品にフィードバックをいただいたとき、表紙のラフを見せてもらったとき、とうれしい瞬間が何度もあったんです。そうやって少しずつ気持ちが積み重なっていって、最後に、実際に形になった本を見て、「やっぱりデータで見ていたときとは違う良さがあるな」「本当に本になったんだ」という実感が沸いたといった感じです。

実際に書店にも行かれましたか?

はい。まずは職場近くの本屋さんへ行きました。
棚に刺されているのかなと思って行ったら、しっかり新刊コーナーに平積みで置かれていて「わあ……」となりましたね。思わず、店員さんに「撮ってもいいですか」と聞いて、写真を撮らせてもらいました。

職場の人にも本になるという話をしていたので、「本、ありました!」と伝えたら、みんなが代わる代わる買ってくれて、その本屋さんから自分の本がなくなったんです。身内買いで申し訳ないような気持ちもありつつ、やっぱりすごくうれしかったですね。

児童文学とBL作品です。

児童文学は、最近読んだ中でおすすめの作品としても話したことなんですが、悪いことをただ断罪するのではなく、「なぜそうなったのか」を考えさせてくれる作品が好きなんです。自分もそういうものを書いていきたいと思っています。

BLは「BLというジャンルをどうしても書きたい」というより、自分にとって自然な恋愛を書こうとすると、それがBLになる、という感覚なんです。

ひとくちにBLといっても様々ですよね。そのなかでどういったものを書きたいですか?

自分が書きたいのは、現代を生きる男の子同士の葛藤や悩みを描く作品です。

周りに言えない思いを抱えている当事者の人に読んでもらって、「あ、こういう気持ちでいいんだ」とか、「自分だけじゃなかったんだ」と思ってもらえるようなものを書きたいですね。
ときめきも救いもあって、 「こんなふうに誰かと出会えたらいいな」という憧れを持ってもらえる作品にできたら、自分にとってもすごく理想的な作品になると思います。

例えば、DEKIRU! でも取材されていた兎束作哉さんの作品、『君と同じ気持ちになるその日まで』には、まさにそういう空気感に近いものを感じています。今作は、現代の関係性の繊細さや二人の距離感も丁寧で、自分が書きたい方向と近いなと思いました。

『君と同じ気持ちになるその日まで』兎束作哉(スターツ出版 BeLuck文庫)

児童文学とBL、一見違うジャンルにも見えますが、伊瀬さんの中では共通するものがあるのでしょうか。

結局、自分が書きたいものの根っこには、「共感してほしい」「その共感が誰かにとっての救いになってくれれたら」という気持ちがあるんですよね。これは児童文学でもBLでも共通していることで、自分が読書で救われてきたように、自分の作品もまた、誰かにとってそういう存在になってくれたらうれしいです。
 
あと、話していて改めて思ったことなのですが、自分の中には昔から、「女の子に手を上げちゃだめでしょ」みたいな言葉への違和感がありました。

そういう言葉を聞くと、女の子だから、男の子だからという以前に人は人として守られるべきものがあるんじゃないか、という感覚になるんです。そもそも誰に対しても手を上げちゃだめじゃないですしね。

たぶん、そういう感覚も自分の書くものにはつながっている気がします。属性で切り分けるのではなくて、その人自身を見ること。そういうまなざしを持った作品を、これからも書いていきたいです。

(3)『君がくれた魔法は解けない』について

今作は、短編コンテストに応募した作品がもとになっています。
コンテストテーマは、“十代向けの青春恋愛、ただし余命ものは禁止”でした。それを見たとき、自分は余命ものが得意ではないけど、そこが禁止にされているのなら戦える、と思ったんです。

何を書こうか、せっかくならあまり見かけない設定、でも物語の芯としては、王道の青春恋愛にしたいなと、いろいろ考えるうちに出てきたのが、“魔法”というアイデアでした。
学校に行きたくないと思っている子が、「時間が止まればいいのに」と願う。そんな子が、止まった時間の中で誰かと出会って、もう一度「明日へ行きたい」と思えるようになる。というイメージが決まってからは、さくさく書けましたね。

それが見事受賞し、書籍化するにあたり長編にする必要がでてきたので、設定や展開を足していって完成したのが今作です。

この作品で一番大きかった挑戦は、もともと短編だった物語を、長編として成立させることでした。

元の短編は2万3000字弱くらい。書籍にするためには10万字弱くらいの分量が必要で、単純に考えれば「あと7万字足せばいい」ようにも見えるんですが、実際はそんな簡単なものではありませんでした。
というのも、短編の文章ってそのまま長編には持っていけないんですよね。感覚としては、ほとんどゼロから書き直しているのに近かったです。

ストーリーの流れ自体は、二人が出会って、仲良くなって、少し関係に亀裂が入って、そこからまた向き合っていく、という王道のものだったので、そこは変えずに、長編としてきちんと読める厚みを足していきました。

そのためにやったのが、もともと短編では名前のなかったキャラクターに名前を与えて、役割を与えて、物語の中でちゃんと息をする存在にしていくことでした。そうすることで、構成は同じでも一つひとつの場面に意味が生まれていって、結果的に元の作品を、ただ長くしただけではない形にできたと思います。

もう一つ難しかったのが、“魔法”の扱いです。魔法って、設定次第では何でもできてしまうので、物語の中に入れると一気に便利になりすぎてしまうんですよね。全部の問題が魔法で解決できてしまったら、物語として成立しなくなってしまう。だからこそ、「なぜそれができないのか」「なぜ万能ではないのか」という線引きを考えるのが、すごく難しかったです。

しかも、その理屈を細かく説明しすぎても、今度は物語としての勢いがなくなってしまう。なので、魔法のルールや制約はきちんと考えつつも、説明に寄りすぎない形で見せていく必要があって、そこにはかなり苦労しました。自分で考えた設定なのに、自分でその扱いに苦しみましたね(笑)。

一つは主要キャラ二人のかけあいです。最初は少しぎこちないんですけど、時間がたつにつれて、ちゃんと心を許していく。その積み重ねが、最後の選択にもつながっていくと思います。二人のセリフのやり取りはかなりこだわったので、注目して読んでほしいですね。

そして二人以外のキャラクターたちも見てほしいです。中でも杉本さんは、自分の中でもすごくお気に入りなんです。

杉本さん、すごくいいキャラクターですよね。

ありがとうございます。
実は短編の時点では、そこまで大きな役ではなかったんです。長編にする中で「こういう場面ならどう言うかな」と考えながら作っていったらかなり存在感が増していって、自分でも好きなキャラクターになりました。

キャラクターにはご自身を投影させることもあるのでしょうか。

そうですね。奏の“言わないことでいい子でいようとする”感じには、自分の感覚もかなり入っています。

他の登場人物たちも、それぞれに悩みを持っていますが、その悩みには自分の悩みを少しずつ分けて入れている感覚で作っていきました。だから、全員どこかしら自分っぽいところがあると思っています。

自分は、あまり遠くの目標を立てられるタイプではないんです。なので最初の頃は、とにかく「何か賞に受かりたい」というところから始まりました。そこから、小さいものも含めて少しずつ賞に引っかかるようになって、「じゃあ次はアンソロジーに載ってみたいな」と思うようになって。実際にアンソロジーの賞に応募して、それが実現したら、今度は「やっぱり一人の本を出したい」という気持ちが出てきたんです。

そこからは少し時間がかかったんですけど、今回こうして一冊の本を出せたことで、また目標が少し先に進んだ感じがあります。次は2作目を出したい、とも思いますし、改めてBLにも挑戦してみたいし、児童文学も書いてみたい。そうやって、「次は何を書こうか」を前より具体的に考えるようになりましたね。

あと、この作品を書いたことで、青春恋愛って思っていた以上に難しいジャンルなんだな、と実感しました。書く前は、極端に言えば“男女が出会って、付き合うまでを書くもの”くらいのイメージだったんです。でも実際には全然そんな単純なものではなくて、出会い方も、関係の深まり方も、結末も、本当にいろいろある。書きながらそのことをすごく感じました。

だからこそ、今はもっといろいろな青春恋愛を書いてみたいとも思っています。この一作で終わりではなくて、もっと違う形の出会いや恋愛も描いてみたい。そういう意味でも、この作品を通して、自分の中の目標や視野が少し広がったのかなと思います。

よく「やらない後悔より、やって後悔」って言うじゃないですか。本当にその通りだと思います。でも、だからといってすぐにやろうとはなれないですよね。やっぱり怖いし、迷うし、葛藤もある。自分の中では、その葛藤ごと含めて青春なのかなと思っています。

それでも、結局はやってほしい、という気持ちもあります。創作でもそうですし、人との関係でもそうなんですけど、行動してみて、それがどんな結末になったとしても、その先に進んでいくこと自体が大事なんじゃないかなって。とにかく当たっていく、みたいな感覚が、自分にとっての青春かもしれないです。

先生は青春時代にとにかく行動してみようと思ってやったことはありましたか。

はい。実は、インタビューの序盤でお話した、高校生のとき好きだった男の子の話なんですが、彼には告白しているんです。

正直、「言わなきゃよかったな」と思った瞬間は何度もあります。でも後悔しているわけではありません。言ったからこそ生まれた感情もあるし、今の自分につながっている部分もあると思いますから。

言わなかったら言わなかったで、ただ長く引きずっていただけだった気もするんです。だから、結果がどうであれ、自分の中では言ってよかったなと思っています。

その経験から、先輩に出会い、少年アヤ先生の作品と出会い、今があるという意味では確かに告白したことは全く無駄じゃなかったですね。

はい。ただ、言われた側からしたら、たまったもんじゃないよな、とも思います。実際、結構率直なことも言われましたし。

行動したから全部が全部素晴らしいというわけではないとも思うんです。恋愛や青春ってきれいなものだけじゃないですし、相手にいいものも悪いものも渡してしまうことではあるので。しかもそれを相手がどう受け取るかは自分には操作できません。そういう意味では、青春や恋愛には“加害性”みたいなものもあると思っているんです。

すぐに動けるわけじゃないし、怖さもある。人を傷つけてしまうかもしれない。それでも最終的には何かを選んで、ぶつかっていく。それに傷つきもするし、悩みもする。その一連すべてが、自分にとっての青春なんだと思います。

今作には恋愛要素はもちろんあるんですけど、どちらかというとヒューマンドラマの比重が強いかもしれません。自分自身、完全に恋愛だけの話より、そっちのほうが好みでもあるので、書いていても自然とそうなった部分があります。

なので“すごくキラキラした青春恋愛”を期待すると少し印象が違うかもしれないんですけど、自分としては、人と人が少しずつ分かり合っていく感じや、それぞれのしんどさや迷いがにじむところにこそ、この作品の魅力があると思っています。そういったところをぜひ楽しんで読んでほしいです。

『君がくれた魔法は解けない』ネタバレ込みのガチ質問をぶつけてみた!

注意!

ネタバレ注意!!(クリックしてお読みください)
 

この作品では、言葉の大切さも描きたいと思っていたので、キャラクターにあまり嘘はつかせないようにしよう、という気持ちは最初からありました。

たとえば、主人公が遼太郎を助けたいと思っているのも本当なんですけど、その気持ちの裏側には、「それでも一緒にいたい」という打算的な身勝手な思いもちゃんとあるんですよね。どちらかが建前で、どちらかが本音、ということではなくて、両方とも本当なんです。その“本当の気持ち”を、ちゃんと言葉にすること自体が大事だと思っていたので、それが結果的にキャラクターたちの正直さにつながったのかなと思います。

たしかに、みんなあまり嘘をつかないですよね。もちろん、遼太郎が「スポーツしてたの?」と聞かれて少し押し黙るような場面はありましたが、それも暴かれますし、物語全体として“騙そう”“ごまかそう”という感じはなかったです。

そうですね。完全に何も隠さない、というわけではもちろんないんですけど、“相手を騙すための嘘”みたいなものは、あまり入れたくなかったんです。

この作品では、言葉が人を傷つけもするし、救いもする。その両方をちゃんとを書きたかったので、だったらなおさら、キャラクターたちが発する言葉には、その人なりの本心が乗っていてほしいと思っていました。

だからこそ、安心して読めたんだと思います。変に踊らされる感じがなくて、ちゃんとキャラクターと一緒に傷ついたり、揺れたりしながら読んでいけたのが、個人的にはすごく良かったです。

ありがとうございます。そう言っていただけてうれしいです。

たぶん自分としては、キャラクターに「正直でいてほしい」というより、「その人の中にある本当の気持ちをちゃんと持っていてほしい」という感覚に近いのかもしれません。助けたい気持ちもあるし、一緒にいたい気持ちもあるし、傷つきたくない気持ちもある。そういう少し複雑な気持ちを、嘘ではなく、その人の本音として描きたかったので。

言葉って、使い方によって本当に攻撃にも回復にもなると思うんですけど、その力を描くには、まず言葉を使う側の気持ちがちゃんと本物であることが大事だと思っていて。だからこそ、キャラクターの性格や言動も、「この子は本当は何を思っているんだろう」というところから考えていった気がします。

 

ありがとうございます。そうですね意識はしていました。
谷先生は本来なら“悪役っぽい先生”にもできたと思うんですけど、そうはしたくなかったんです。

かといって、生徒たちが先生をきれいに理解して終わるのも違う気がしていて。「あ、この人も大変なんだな」と少し見えるくらいが、ちょうどよいかなと思って、最後の最後にぽろっとほかの先生への悪口を言うことで、先生側にも事情があったことを感じられるようにしています。

 

人ってそんなに急には変わらないよね、という感覚がまずありました。
主人公は、劇的な出会いがあって、いろいろな経験をして、考え方や生きるスタンスが少しずつ変わっていくところがあるんですけど、結花には、そこまで大きな変化はないと思うんです。

結花にとっては、今まで自分のそばにいた人が離れていって、その理由は相手が傷ついていたから。でも自分としては“いつも通り”のつもりでいた。そこへ、離れていった相手がまた戻ってきて、前とは少し違うけれど、まだ関係は続いているという状況に戸惑っている、というのが結花の立ち位置なんですよね。

だから、そこで急に主人公に対して「私、今までごめんね」みたいになると、ちょっと嘘っぽすぎるなと思ったんです。そこも、やっぱり嘘は書きたくなかったという思いがあります。結花には結花なりの未熟さや、そのままの部分がちゃんと残っていてほしかったんです。

なるほど。あのままの結花だからこそ、リアルに感じられるんですね。

そうですね。奏だけじゃなく、彩奈にとっても、“こういうところが結花の良さだよね”と思えるようになる。その視点の変化も描きたかったんです。
そういった思いもあって、キャラクターたちは物語の始まりと終わりで、あえて大きくは変えていません。
主人公自身も、別人みたいに変わったわけではないんですよね。あまり変わりすぎると、それはそれで嘘になってしまうので。ちょっとだけ勇気が出るとか、少しだけ見え方が変わるとか、そのくらいの変化にしています。

たしかに、最後のほうの三人の様子って、外から見るとそこまで大きく変わっていないようにも見えるんですけど、内側の関係性はちゃんと変わっていますよね。結花の「私、悪くないし」みたいな部分すら、少し肯定的に受け止められている感じがあって、そこが面白いなと思いました。

まさにそうだと思います。外側だけ見れば、友達だった人たちが一度離れて、また友達になった、というだけで、そんなに大きな変化ではないんですよね。でも、中でのお互いの捉え方は確実に変わっている。その変化が描けたらいいなと思っていました。

短編の頃から、自分の中には“友達に利用されていても嫌だと言えなかった子が、いろんなことを経て、たった一言「嫌だ」と言えるようになる”という流れがあって。それって、明確な違いではあるけれど、ものすごく小さな違いでもあるじゃないですか。自分は、そういう物語がすごく好きなんです。だから、この作品もそういうふうにしたかったんですよね。

 

あのシーンは本来、青春恋愛というジャンルだけで考えると、なくても成立する場面なんですよね。でも、自分はやっぱりヒューマンドラマのほうに惹かれるところがあるので、ああいう場面もどうしても書きたかったんです。

読んでいて反発を覚えるような言動はあるし、実際に嫌だなと思う部分もある。でも、その人物にもその人物なりの不器用さや悩みがある。
そこを描くことで、恋愛の物語としてだけではなくて、人と人とのすれ違いや、言葉の届かなさまで描けるんじゃないかなと思いました。

たしかに、最初は「うわっ」と思うんですけど、読み進めていくと単純に悪意だけで動いているわけではないんだと分かってくる作りになっていますね。

はい。自分としては、そこを大事にしたかったんです。メインの二人だけではなくて、周りの人物もそれぞれ「その人なりに生きている」ように見えたらいいなと思っていました。

 

時が止まった世界で遊ぶ、ということ自体はすごく魅力的な題材だと思うんですけど、それを小説の中で細かく描こうとすると、どうしても少し犯罪っぽく見えてしまう部分があるなと思ったんです。

たとえば、立ち入りが難しい場所に入るとか、人が持っているものに触れるとか、そういうことって、設定上は「止まった世界だから」とも言えるんですけど、読んでいる側からすると、キュンとする前に「いや、それはどうなんだろう」と思ってしまう可能性があるなと感じていて。

たしかに、ロマンチックな場面として読みたいのに、そこで引っかかってしまうともったいないですね。

そうなんです。もちろん、作中でも“いろんなところに入っている”みたいな描写はあるので、ある程度は大目に見てもらう前提ではあるんですけど、そこが“迷惑系”に見えてしまうところまでは行きたくなかったんですよね。

だから、その部分を一つひとつ長く描くよりは、「そういう時間を重ねたことで、二人の距離が少しずつ縮まっていった」という気持ちの変化のほうを優先したかったんです。

なるほど。出来事そのものを見せるというより、“その時間を一緒に過ごした結果、どう関係が変わったか”を見せたかったんですね。

はい、まさにそうです。ここでは、“こういうことがいろいろあって、二人はある程度仲良くなっています”ということが伝わればいいのかなと思って、あえて少し省略した形にしました。
このあとまた別の場面も出てくるので、全部をそこで細かく描くよりは、流れとして見せたほうが作品全体のバランスとしてもよかったんじゃないかなと思っています。

たしかに、あの要約があることで、むしろそのあいだに積み重なった時間を読者が想像できる感じもありました。

 

まず先に“時を止める”というアイデアがあったんです。学校に行きたくないとか、明日に進みたくないとか、そういう気持ちから「時間が止まればいいのに」と思う、そこが出発点でした。

そのうえで、じゃあその力を作品の中でどう位置づけるかを考えたときに、不思議なアイテムにすることもできたし、超能力っぽくすることもできたと思うんです。でも、自分の中では“魔法”という言い方がいちばんしっくりきたんですよね。より素敵な感じがするというか、この作品の空気に合う気がして。

なるほど。“時を止める力”が先にあって、それをどう名づけるか、どう物語に置くかを考えていったんですね。

そうですね。あと、自分の中では「おばあちゃんが昔、魔女だったんだよ」という最初のくだりがすごく好きで、かなり早い段階で思いついていたんです。あそこは、自分の中でもこの作品の入口としてすごく気に入っている部分ですね。

あの導入はすごく印象的でした。そこから一気に“現実の中に少しだけ不思議がある”感じが立ち上がるんですよね。

ありがとうございます。そこから「じゃあ魔法でいこう」となって、さらに考えていったのが、その魔法の代償でした。やっぱり、ただ便利な力として置いてしまうと、物語として緊張感がなくなってしまう。なので、“自分のことをみんなが忘れてしまう”という形にしていったんです。
あの設定には切なさもありますし、それでもなお使う、という覚悟や、ある種の尊さみたいなものも出るんじゃないかなと思っていました。

たしかに、“使えるけれど、使えば失うものがある”からこそ、魔法そのものが感情と結びついて見えますよね。

そうなんです。逆に言うと、そこがないと、何でもできてしまう力になってしまうので。そうならないようにしたかった、というのは大きいですね。

一方で、あまり設定を細かくしすぎるのも違うなと思っていて。たとえば“魔力”みたいな言葉を出し始めると、一気にファンタジー色が強くなりすぎる気がしたんです。そうすると、この作品で描きたかった青春や感情の揺れから、少し離れてしまう気がして。

わかります。そこで急に“魔力がどうで”みたいな話になると、違う物語の読み味になりますよね。

そうなんですよね。だから、魔法の仕組みはある程度考えてはいるんですけど、作品の中では最小限にとどめています。じわっとわかるくらいでいいというか、“説明される”より“感じてもらう”くらいの距離感のほうが合っていると思ったんです。

そのさじ加減、すごくよかったです。詳しく語られすぎないからこそ、不思議さがちゃんと残っている感じがありました。

よかったです。実は最初は、別の魔女を出そうかなとか、魔法の代償を説明するキャラクターがいたほうがいいのかな、と考えたこともあったんです。でも、考えていくうちに、それはちょっとノイズになるなと思ってやめました。説明役が前に出すぎると、物語の焦点がずれてしまう気がしたんですよね。

それなら、おばあちゃんの記憶が少しずつよみがえってきたり、過去に教わっていたことを思い出したりしながら、自分で使い方を知っていく流れのほうが自然だと思いました。

たしかに、そのほうがこの作品らしいですね。魔法の説明そのものより、“記憶”や“つながり”のほうに重心がある感じがしました。

そうですね。この作品の中で魔法は、単なる便利な力ではなくて、記憶や言葉や、誰かから受け取ったものと結びついている存在にしたかったんです。だからこそ、説明しすぎない形で、感情の流れの中に置いていくのがいちばんしっくりきたんだと思います。

 

自分がもともと深夜に散歩するのが好きだった、というのが大きいと思います。

深夜に歩いていると、本当に誰ともすれ違わないですし、車も通っていなくて、時間の感覚が少しなくなるようなところがあるんですよね。まるで世界の動きだけが止まって、自分だけがその中を歩いているみたいな感覚があって。時が止まった場面を書くときは、そういう感覚をかなり大事にしていた気がします。

自分は早朝をイメージしていましたが、深夜のイメージだったのですね。

早朝のイメージもありました。大学時代、生活リズムが乱れていた時期に、夜中からそのまま朝になっていく時間を体験することがあったんです。だんだん世界が起きていくというか、静かだった街に少しずつ気配が戻ってくる感じを、外側から俯瞰で見ているような感じ。あれは自分の中ですごく気持ちのいい時間だったんです。そういった感覚も活かされていると思います。

景色の描写というより、感覚そのものを文章にしている感じがあったのですが、やはりご自身の記憶や身体感覚がかなりもとになっているんですね。

そうだと思います。ああいう場面は、頭で組み立てるというより、自分が実際に感じた「この時間帯、好きだな」「この静けさ、気持ちいいな」という感覚を思い出しながら書いていたところが大きいですね。だからこそ、止まった世界という設定でありながら、どこか現実に触れているような空気になったのかなと思います。

(4)次回作・これからについて・メッセージ

未来に残せるもの、自分を伝えるもの、誰かとつながれるもの、その三つですね。

子どもを持つことのない自分にとって、自分が死んだあとも残っていくものは多くありません。ですが、自分が作った本や物語は、この先も残っていくかもしれない。そういう意味で、未来に残せるものだと思います。

それに、児童文学でもライト文芸でもそうですけど、本って、普段の生活ではたぶん出会わないような人たちにも、自分の話を届けてくれるものなんですよね。実際に顔を合わせて話すことはなくても、自分の中にあるものが言葉になって、その人のところまで届いていく。未来の読者にも残せるものという意味でも、本という形で出せたことはすごく貴重だと思っています。

自費出版した『1828日の恋』は、自分のことを書いた作品でした。なのでその読者とは、その前提を共有した状態から話を始められるんですよね。

本来なら、自分が一から「自分はこういう人間で」と説明しなければいけないことを、本が先に伝えてくれている。その状態で人と話せることが、自分にとってはすごく新鮮でした。だから本って、自分を伝えることができるものでもあるんだなと思います。

『1828日の恋』伊瀬ハヤテ(文芸社)

これは本を通じて出会えた人たちがいるからです。

自費出版した本を持って文学フリマに出たとき、たまたま隣のブースだった方とすごく仲良くなったんですが、今では現役で脚本のお仕事をされている方で、その方も本のことを応援してくれたりして。出会った頃はまだアルバイトをされていたのに、どんどん活躍されていく姿を見て、自分も頑張ろうと思えたりもしました。

そういう意味で、本は自分の人生や生活を少しずつ広げてくれるものでもあったなと思います。たぶん、この先も、自分の本がまた新しい出会いや出来事を連れてきてくれるんじゃないかな、という気がしています。

そう考えると、本はかなり特別な存在ですね。

そうですね。自分にとって本は、未来に残っていくものでもあるし、自分を伝えてくれるものでもあるし、人との出会いを連れてきてくれるものでもある。
だから、すごくシンプルに言うなら、本は“魔法”みたいなものなのかもしれないです。

今回は本を読みたいと思っている人と、書く人に向けてコメントさせてください。

本って、自分の人生とは少し離れたところにある世界を知れる、とてもいいツールだと思うんです。もちろんジャンルにもよるとは思うんですけど、自分の知らない感情や境遇や景色に触れられるものでもあります。

今って、動画のほうがタイパもコスパもいい、みたいに言われることも多いじゃないですか。もちろんそれはそうだと思うんですけど、でも、自分でページをめくって、自分で読んで、自分で想像する、という体験は、やっぱり本ならではだと思うんです。そこでは、自分にしかできない想像の仕方ができると思うので、少しでも興味のある本があったら、ぜひ読んでみてほしいなと思います。

もちろん、僕の作品も読んでもらえたらうれしいですが、表紙がいいとか、物語が面白そうとか、そんな「ちょっと気になるな」くらいでもいいので、なにか気になった本があれば、気軽に手に取ってみてほしいですね。

自分は本当に、たまたま賞が取れて、たまたま編集の方に「いい」と思っていただけた、という感覚が強いんです。だから、偉そうなことは全然言えませんが

“程よく勘違いしながら、たまに人に見せながら続けてください”

これは、僕の持論なんですが、自分の書いているものが一番面白い、くらいに思ってたほうが、たぶんいいんですよね。

自信がないときって、どうしても一人で抱え込みがちだと思うんですけど、もし不安なら、いろんな人に見せてみるのも大事だと思います。誰かに見せたり、話したりすることで、自分でも気づいていなかったことに気づく瞬間ってあるので。

一人でやるものに見えるかもしれないけど、意外と誰かと関わりながら進めていくことで見えるものもあるんですよね。だから、“一人で抱えすぎないで、誰かと一緒にやってみる”のも、すごくいいことなんじゃないかなと思います。もし人に見せるのが怖かったら、僕のSNSのDMにでも送ってきてください。

ちょっとでも興味があるなら、読んでみる、書いてみる、見せてみる。その小さな一歩が、たぶん次につながるんじゃないかなと思います。
僕はこれからも公募に出してはいくので、みなさんとはライバルですね(笑)。

書籍情報、お知らせ、SNS

わかさ生活が運営する恋愛本専門店、初恋♡生活でも取り扱っております!

〒461-0005 愛知県名古屋市東区東桜1丁目11 オアシス21内
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SNSなど

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お知らせ

文学フリマにてアンソロジーを発売予定
サークル名は読耽堂
テーマ:「夜 × とっておき」
メンバー:アイヲ、伊瀬ハヤテ、中村くらら、夜市川鞠、ねじまきねずみ、川奈あさ

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連載

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