各界の第⼀線で「未知なる領域」に挑み続ける方々の思考を紐解くインタビュー連載『挑戦の人間学』。結果だけではなく、そこに⾄るまでの葛藤や、⾔葉にできない過程に光を当てます。
今回は、調布鶴の湯店主・相良 政之さんにインタビュー。幼少期からの“風呂好き”をきっかけに銭湯業界へ飛び込み、数々の店舗立ち上げや継業を経て、今年4月に「鶴の湯」を事業承継した相良さん。今回は、独立に至るまでの歩みと「自立した仲間を育てる“組織論”」をテーマにお話を伺いました。
プロフィール

鶴の湯 店主・相良 政之(さがら まさゆき)
1998年、福島県郡山市生まれ。銭湯業界で約7年間、5店舗の経営と銭湯再生に携わった後、2026年に独立。東京都調布市にある創業74年の銭湯「鶴の湯」を個人で継業し、経営。これまで海外13か国、国内外1,000施設以上の風呂屋を巡る、三度の飯より風呂が好き。
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コンセプトは「0歳から100歳まで」。可動式の内装に込めた「未来の顧客づくり」への想い
——本日は、お昼清掃の合間に取材を受けてくださり、ありがとうございます。鶴の湯は開放的な空間が印象的ですが、あらためて店舗について教えていただけますか。
もともと鶴の湯は、高校上京後の18歳の頃から通っている思い出のある場所でした。そんななか、昨年廃業することを聞き、「この場所をなくしてはならない」と事業承継の決断をしたんです。
リニューアルにあたっては、老朽化した建物の改装作業も進めました。その根底にあったのが「そのときどきのお客様の動きに合わせて、店の形を変えていく」という考えです。そのため、フロント以外の家具はすべて可動式のものだけで統一しました。

鶴の湯は「0歳から100歳まで」をコンセプトに、早朝6時から深夜1時まで営業していますが、同じ一日であっても時間帯によって客層がガラリと変わります。朝から昼にかけては親子連れが多いので、キッズスペースを大きく広げてもいい。反対に夜は、大人がゆったりと日々の疲れを癒せる空間にしてもいい。時間帯やニーズに合わせて変化していける内装を目指しています。
——時間帯によって姿を変える銭湯……。想像するだけでワクワクします。それほどまでに変化を持たせることで、鶴の湯として体現したい「理想の空間」とはどういったものなのでしょうか。
来てくださった誰もが「私たちは歓迎されているんだな」と感じていただける空間づくりを意識しています。
たとえば、銭湯というと「赤ちゃんは入れない」と思われがちです。ですが鶴の湯では、おむつが取れていない0歳児も大歓迎。安心して入れるよう、ベビーバスやおむつ替え台も用意しているんです。
また、年配の方に向けては、脱衣所に奥行きのある椅子を置くようにしていて。実はこれも「この高さや奥行きなら安心して座れる」と感じやすいサイズ感を意識しているんですよ。
そうやって一人ひとりの目線に立ち、お客様の居心地の良さを徹底的に追求していくこと。それ自体が、僕たちの目指す「歓迎」を表現する方法なのだと思っています。

——「全員を歓迎する」と言葉で伝えるのは簡単ですが、ベビーバスの用意や椅子のサイズ感まで、そこまで実践されている銭湯はなかなかない気がします。
たしかに、銭湯でここまですることは珍しいかもしれません。ですが、「お子さんの原体験を作ってあげることで、その子が大人になったときにも通ってくれるようになるかもしれない」と、“将来の顧客づくり”にもつながると考えると、経営的にも合理的な判断なんです。
僕自身も、子どもの頃から健康ランドで遊ぶような日々を送っていました。そのなかで無意識に「風呂は楽しいもの」という考えが刷り込まれ、今の“風呂好き”につながっているんです。銭湯の子ども客比率は1%程度なのですが、鶴の湯では15%を目指していて、現時点(※2026年6月)ではおよそ7%と、理想に向けて一歩ずつ、順調に積み重ねられています。
「風呂好き」から「届ける楽しさ」へ。自由を渇望した先に見つけた“土着”することの幸せ
——現在は経営者として素晴らしいスタートを切っていますが、そもそも相良さんが銭湯の道に進むことになった原点はどこにあるのでしょうか。
僕は福島県の郡山出身で、高校卒業を機に上京後、エンジニアとして働いていました。その傍ら、幼いころからの“風呂好き”が高じて、仕事後や休日に全国の銭湯を巡ってブログを書いていたところ、前職で銭湯経営の代行業をしているニコニコ温泉の社長の目にとまって。「副業として銭湯でアルバイトをしないか」と誘ってもらい、昭島にある富士見湯の番台に立つことになりました。
アルバイトをするにあたってはじめに考えたのが、半年間で「銭湯が好きなのか」、それとも「銭湯経営が好きなのか」を見極めよう、ということ。
幼稚園生や小学生の頃、「将来はケーキ屋さんになりたい」と夢を語る同級生っていたじゃないですか。でもそれって、たいていは「ケーキを食べるのが好き」なだけで、「ケーキを作ること」は好きじゃなかったりしますよね。同じように、僕自身も昔から“風呂”が好きだったからこそ、「風呂が好きなのか」「風呂の経営が好きなのか」を判断しないと、と思ったんです。
——実際に番台に立ってみて、心境の変化はありましたか。
いざ働いてみたら、風呂に“入る”こと以上に風呂を“届ける”ことが楽しくて楽しくて……。「僕は銭湯経営に興味があるんだ」と知ることができました。そうして、社長から「社員になってほしい」と言ってもらっていたこともあって、転職後は富士見湯の副店長になり、経営の部分も担うようになったんです。
当初から独立を見据えていたので、仕事も「頼まれたからやる」というスタンスではなく、自分なりに工夫をして、売上もすぐに伸びました。
裁量を持たせてもらえる環境だったこともあり、入社後数か月で西小山にある東京浴場の立ち上げ責任者に。その後は長野、大阪といろんな場所で銭湯を継業させてもらいました。
——そうして今年独立をされて、鶴の湯をオープンしたのですね。会社に所属していれば、大きな裁量を持って挑戦しつつ、最終的なリスクは会社が守ってくれますよね。そのなかで相良さんが「独立」を選んだ理由について、もう少し詳しくお聞きしたいです。

ニコニコ温泉から独立をしたのは、7年ほど働くなかで「最終的な責任を他の誰かが持つ」という環境から、もう一歩踏み出したいと考えたからです。「自分の責任のもと、自分の力でやりたい」。そんな想いがありました。
おっしゃる通り、「責任を負う=リスク」と捉えられることも多いのですが、僕はきっと、他の人よりもそれが苦にならない性質(たち)なのだと思います。
というのも、僕は幼い頃からずっと「自由」に憧れていたんです。先日両親から「昔、社長になりたいって『社長バッグ』を持ち歩いていたよね」と言われて。お菓子が入っているような、子ども用のアタッシュケースを持ち歩いて、お気に入りの石などを入れていたことを思い出しました(笑)。誰かに影響を受けたわけでもないのに、昔から自営業への関心が強かったんですよね。
最初にエンジニアの仕事を選んだのも、「ITスキルを身につければ、いつでも、どこでも仕事ができる」「常にアップデートが求められるIT業界に身を置けば、勉強し続けてスキルを磨ける」と思ったから。今振り返れば、あの頃から本当に「自由」を渇望していたんだなと思います。
独立もその延長線上にあり、今後は事業拡大など、さらなる高みを目指していきたいと考えています。
——お話を聞いていると、独立をしても、相良さんの「自由でありたい」という欲求はどこまでも続いていくように思えます。一方で、銭湯というビジネスは、その土地に“根を張る”最たるものですよね。そのふたつは、相良さんのなかでどう両立しているのでしょうか。
まさにそうで、周囲と比較しても僕ほど“外に出ること”へのエネルギーが強い人ってなかなかいないと自覚しています(笑)。
つい最近も、タイの温浴施設を巡ったのですが、1年の間に仕事の合間を縫って数回は海外に行くほど、いつだって“外の世界”を目指しているんです。

そういう生き方によって得られることもたくさんあるのですが、一方で、「土着すること」、つまり土地に根ざすことへの憧れも同時にあって。
僕が思う銭湯経営の良さのひとつに、「自分を介在した空間を作れること」があります。僕の思想を残したり、たくさんの人に価値を提供したり、いろんな人とつながれたりするのは、この“調布”という街に場を持っているからなんです。
土着でしか得られない関係を育めていることの幸せを噛み締めながらも、鶴の湯そのものは属人化をさせずに、僕がいなくても運営できる店を作る……。そうやって、“自由”と“土着”を両立できる環境を作ることで、バランスをとっています。
「直感」を支える「数字」の重要性と、“独立”を促す組織の理想

——そういった相良さん自身にある欲求とのバランスが、「銭湯経営」のあり方にも表れているのですね。
銭湯の経営って、本当にシンプルなんですよ。損益分岐点(※売上高と経費が同額になるポイント)で考えると、お客様が100人のときと200人のときとでかかる水道光熱費は変わらないんです。それはつまり、101人目から黒字になり、150人になると50人分が丸ごと利益になるということで。
そして銭湯は、一度入ったお客様が減ることはそんなにないんです。10年近く銭湯経営をしてきたなかで、どの店舗もお客さんが増え続けていたくらい皆さんの“習慣”を作るビジネスモデルでもある。ある程度の人口集積地であれば黒字化できる自信があります。
——「習慣を作る」という視点がとても興味深いです。そうした経営的な戦略や仕掛けは、どのようにして生まれてくるのでしょうか。
僕はどの経営判断も、「これをやった方がいいじゃん!」と99%自分の直感で決めていて。実はあとから数字やロジックの部分を固めているんです。
ひとりで動くなら、“直感”だけで進めることもできます。ですが、チームを巻き込む以上は“数字”が必要不可欠。従業員のみんなに納得してもらったり、事業として僕以外の人に再現性を持たせたりするために数値化しているだけで、実はどれも後付けなんですよ。
——“自由”と“土着”、そして“想い”と“数字”。相良さんの優れたバランス感覚が印象的です。
僕が“直感”や“パッション”で動くタイプだとすると、ニコニコ温泉の社長は“数字”に厳しいタイプでした。「今日は昨日よりもお客様が多い!」といった抽象的な伝え方をすると叱られるので、「今日のお客様は、昨日よりも○%多い」といったように、数値として話す習慣を身につけられるようになったんです。
そうやって自分にはない視点を持った社長の側で学ばせてもらったおかげで、今のバランス感覚が養われました。だからこそ、現在の鶴の湯の採用でも、あえて自分とは異なるタイプの人たちを仲間に迎えるようにしているんです。
——独立を果たした今、相良さんはこれからどんな組織や未来を作っていこうと考えていますか。
10代から70代まで、すべての世代の従業員が各1人ずついたらもっと面白いものができると思っています。なので、一人ひとりが裁量を持って、やりたいことを実現できる環境を作っていきたいと考えています。
ニコニコ温泉は、アメーバ経営(※組織を細分化し、個人や各グループが独立採算制で利益を追求する経営手法)を取り入れていて、「店長」であっても「社長」として扱われる環境でした。その経営手法は鶴の湯でも参考にしていて、副店長の2人は「経営者」として扱うようにしているんです。今では給料の振り込み以外の“数字”の部分についてはほとんどすべて任せています。

もうひとつ大切にしているのが、独立を促していくこと。副店長の本村さんは当初から独立志望なので、その前提のもと、住み込みでいろんなことを共有しているのですが、それも、短い期間で僕が得た知見を伝えやすいからなんです。
——自分の右腕となるような存在を、あえて「外へ送り出す」ために育てる、ということですよね。一般的なビジネスの拡大路線とは真逆のようにも思えますが……。
組織において「優秀な社員を囲うこと」は、ノウハウが流出しない、事業を大きくできるといった大きなメリットがあるとされています。
たとえば多店舗展開をするにあたっても、僕のマインドを受け継いだ“分身”のような人が増えていく未来のほうが、会社の規模を大きくするためには必要な考え方なのかもしれません。
ですが同時に「“ここ”でしか生きられない人たちの集合体になってしまう」といったリスクも孕んでいる。それよりも「どこに身を置いたとしても自立して歩ける人」がたくさん集まって、同じ方向を見られる世界を目指していきたいと思っているんです。
……でもこれは、まだ僕が「甘ちゃん」というか、店舗と会社を作りたてで、「自分が育てた超・優秀な人材が外部に行く」という怖さを経験していないから話せることだな、とも自覚していて。でも、そうありたいし、そうじゃないといけないとも思う。だからこそ今のうちに、この“理想”を言葉にして周囲に伝え続けようと考えています。
被災経験が原点。災害時に「みんなの精神的柱」となる場所を目指して

——現在は調布鶴の湯を経営されていますが、これから相良さんが見据えているビジョンや、活動していく上で軸にしていきたいことについて教えてください。
大きく3つあります。ひとつ目が、毎日通いたくなる風呂を作り、多くの人に届けること。そしてふたつ目が、“風呂好き”によるコレクターマニア的な視点からも温浴の体験価値を追求していくこと。最後に、災害時における精神的柱になること。これらを軸に、法人化に向けてビジョンの言語化を進めているところなんです。
とくに災害支援については、独立してからより一層気持ちが強まっていますね。その根底にあるのは、東日本大震災における僕自身の被災経験です。
当時、震災によって自宅はボロボロで、外にも出られなかった。大好きだった風呂にも、2週間ほど入ることができなかったんです。そんななか、近所の温浴施設が風呂を開放してくれて。そのときの記憶が、今でも鮮明に焼き付いています。湯船に浸かりながら、「風呂は、これほどまでに人を救うものなんだな」と心から実感したんです。
以前、風呂の成り立ちについて勉強した際、古来より風呂の役割は「衛生」「娯楽」「宗教」の3つだと捉えられていたことを知りました。あのときの僕にとって、その温浴施設は、心身を清潔に保つ「衛生」の場であると同時に、束の間の安らぎをくれる「娯楽」の場でもあったんです。
日本はさまざまな災害のリスクと隣り合わせの国です。だからこそ有事の際には、僕たちがみんなの精神的柱になりたい。かつて自分が救われたように、誰かに“与えられる側”になりたいと考えています。
そのため、鶴の湯の設備はすべて災害時のことを想定して決めています。今後購入予定の電気自動車は非常時の電源供給用ですし、風呂釜についても、廃油・ガス・薪と、どの燃料であっても風呂を沸かして届けられるように設計しているんです。

——「風呂を届けること」が、そのまま地域を守る使命に紐づいているのですね。
もうこれは、どれひとつとして欠かせない使命ですね。すべての人に共感してほしいとまでは思っていませんが、ありがたいことに、すでに僕の考えを「素敵だ」と言ってくれる仲間と出会えています。だからこそ、しっかりと言葉にして、もっと多くの人たちに伝えていきたいんです。
今後、事業を拡大していくことを考えると、僕個人との接点が減ってしまうメンバーにも考えが届くような、ビジョナリーな会社にしなければならないと感じていて。今一緒に働いてくれている従業員たちの意見も聞きながら、みんなの想いを内包した「生きた言葉」としてビジョンを形にしようとしているところです。
——組織としての理想を掲げるなかで、これから立ち上げる法人のビジョンには、ほかにどのような想いを込める予定ですか。
最近、「ホテルを作りたい」というアイデアも芽生えていて。風呂にゆっくり浸かって滞在時間が長くなると、体の深部体温が上がります。そうすると、家に帰る1〜2時間後くらいに深部体温がガクンと下がって、急激な眠気が襲ってくる。つまり、健康的で質の高い睡眠をとれるんです。そう考えると、風呂の役割ってベッド(睡眠)までつながっているなと思っていて。ホテルを建てるのは難しいかもしれませんが、宿泊機能を小さく持つ形であればすぐに動けるので、2年以内に実現させるつもりです。
まずはコンテナで4人ほどが泊まれるような空間を作り込んで、「風呂から徒歩0分」でそのまま泊まってもらう体験を提供することで、「風呂を軸にすると、生活ってこんなにも豊かになるんだ」という理想の暮らしを、実際に味わってほしいんです。……もう、やりたいことが止まらないですね(笑)。
そして何より、そうした未来を形にするためにも、働く人たち自身の幸せを一番大切にしたいと考えています。そのためにはまず、僕自身が幸せに働くこと。みんなが気持ちよく働いて、そのハッピーなエネルギーが自然とお客さんにも伝わっていく……そんな温かい循環を、この街から作っていきたいなと思います。
取材・執筆:高城 つかさ
撮影:長野 竜成