社会人になってもアートの炎を絶やさぬように……社会人アートサークル エン 主催のミヨシさんにインタビュー

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社会人になってもアートの炎を絶やさぬように……社会人アートサークル エン 主催のミヨシさんにインタビュー

イントロダクション

HAPPY! 三度の飯より「本」と「ことば」が大好き、いっちーです!


今回取材させていただいたのは、社会人アートサークル エン主催のミヨシさん。

実はいっちー芸大の卒業生で、ミヨシさんとは学科は違えど、同期。

一度はミヨシさん主催の合同展示会に参加させてもらったこともあるんです!

それから4年ほど経ち……今もなお芸術への想いを燃やし続けているミヨシさん。

今回はその熱い芸術への想いと、エンの活動に迫ります。

それじゃ、いってみよ~!

ミヨシさんプロフィール

ミヨシ

社会人アートサークル「グループエン。」代表。
グループ展の企画・運営を行いながら、
アマチュアとして絵を描いています。
普段はハウスメーカーで建物の設計をしています。

グループエン

大阪を中心に活動する、社会人アートサークル。
年に一度「社会人による展示会」を開催し、
「働きながらでも表現を続ける」を実践する活動をしている。

芸術との出会いとかかわり

今回は取材を快諾いただきありがとうございます!
よろしくお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

まずは、ミヨシさんが芸術と出会われる前のお話を聞かせてください。
どんな幼少期を過ごされていたのでしょうか?

実は幼少期からすでに絵を描いていたんですよ。それこそ3歳くらいから。最初は『機関車トーマス』や『ポケットモンスター』の絵を模写していました。描いたものを親や友達が見て喜んでくれたのもあって、5歳くらいには「自分は絵が得意なんだ」と思うようになっていましたね。

幼少期から絵を……すごいですね。

いえいえ。今考えると、ただ形を真似するのが得意だっただけですよ。あとは褒めてくれる人が周りにいて、本当に運が良かったですね。

外で遊ぶ時間もあったのでしょうか?

もちろん、周りの子どもたちと外で遊んだりもしていましたよ。ただ、自分が少し病気しがちな子どもだったこともあって、家の中で遊ぶことが多かったですね。絵を描いたり、レゴブロックをしたりといった感じです。

幼い頃から創造性を刺激するものに触れてきたミヨシさんですが、その経験は今の活動にも活かされていると感じますか?

ありますね。でも一番大きいのは“褒めてもらえた”という経験です。『うまいね』とか『すごいやん』って言われたり、『うわっ!』って驚いてくれたりするのが本当にうれしくて。
次はどう驚かせようかな、って思う感覚が今も作品を描く原動力なんです。
そして褒められるとまた描きたくなる。その繰り返しが「面白いことをしたい」という気持ちにつながっているように思います。

なるほど。幼少期に他人からちゃんと認められる経験があったことが、今もミヨシさんの創作の根っこになっているのですね。
 
絵を描くこと自体は幼い頃からだったと思うのですが、では“芸術”というものと出会ったのは、どんなきっかけだったのでしょうか?

やっぱり親のおかげかなと思います。『機関車トーマス』もそうですし、プラレールやレゴといった“創造性を刺激するおもちゃ”をいろいろ買ってもらっていたんです。それが最初の入り口ですね。
プラレールから鉄道、レゴから建物……そんなふうに“好き”がどんどん派生していった感じです。その流れの中にトーマスの塗り絵もあって、自然と紙と鉛筆に触れるようになりました。

なるほど……幼少期の段階ですでに“作る・組み立てる・描く”が揃っていたんですね。
では、そうしたおもちゃや物語の世界から離れ、初めて“芸術作品”に触れたとき、強い衝撃を受けたものはありましたか?

衝撃として覚えているのは『最後の晩餐』ですね。といっても、美術館で見たのではなく、初めて知ったのは美術の教科書でした。

そのあと、ゲルニカや岡本太郎さんの作品にも触れて、“名前が知られていて、教科書にも載るような作品”には、人の心を直接揺さぶる力――魂のようなものが宿っている気がしたんです。

といっても美術や芸術と特別な出会い方をしたり、それを見てビビッとくる感性があったというわけじゃなくて、絵を見たときの衝撃を、自分も人並みに“食らってきた”という感じです。

おもちゃで創造性を養い、美術の教科書で芸術に触れ、そしてついには芸大に進学されるわけですが──その理由を聞いてもいいでしょうか?

芸大に入ること自体は、けっこう早い段階で決めていたんです。自分に「そういう能力がある」と感じはじめた時期でしたから。
最初は漫画学科を受けました。漫画家になりたいと思っていて、実際に合格もしていました。

え! 最初は漫画学科だったんですね。そこから建築学科に進まれたのは、どうしてですか?

やっぱり親との大喧嘩が大きかったですね。
「就職はどうするの?」「それじゃ食べていけないよ」――芸大志望の子なら一度は言われるであろう、あの言葉です。親からすれば心配だったんだと思います。でも、当時のぼくにとっては“呪い”のような一言でした。

極めつけが、「趣味でやったらいい」って言われたことです。
その瞬間に、“夢を完全に否定された”ような気がして……言い返せませんでした。

……そこまで言われたら、確かにキツいですね。

そうですね。でも、同時に「建築なら得意分野を活かせるんじゃない?」と言われたんです。
その頃、建築系の仕事は人手不足って話をよく耳にしていましたし、芸大に行けるならいいやって、その流れで、結局、建築学科を選びました。

幼い頃から創造性を育てる環境があり、たくさん褒めてくれる親御さんだと伺っていたので、てっきり芸術の道も応援されているのだろうと勝手に思っていました!

うちは両親ともサラリーマンで、“安定して食べていくこと”がすごく大事だという価値観でした。
さらに、母方の祖父は起業して倒産を二度経験していて……お金の苦労を近くで見てきた家系なんです。だから“安定して働く”ことへの意識が強かったんだと思います。

親ともめ、本来行きたかった専攻ではない建築学科に進まれたミヨシさん。
では、芸大在学中の経験で、とくに印象に残っていることは何だったのでしょうか?

芸大で印象深かったのは、やっぱりグループ活動ですね。何かをグループで作るとき、リーダーを任されることが多くて。うちの大学では一年生のときに大きなねぶたを作る授業があるんですけど、そこでリーダーをやりましたし、学祭では統括も経験しました。

芸大のリーダー経験……自分も芸大にいたのでわかりますが、一般大学以上に“まとめる難しさ”がありますよね。

そうですね。考え方の違う人をまとめる大変さはどこでも同じだと思うんですけど、そこに“その人のアートとの向き合い方”が乗ってくるので、余計に難しいんです。どう伝えたら納得してもらえるか、相手の考え方を尊重するにはどう言えばいいのか……言葉にすると普通のことなんですけど、実際のコミュニケーションって“正解があるようでない”し、人によって違うし、本当に難しかったです。

なんせ衝突は起きますし、そのときに論理的に説明することも大事で、頭のいろんなところを使わないといけないので。

その難しさ……自分なら嫌になって叫んでしまいそうです。

ちなみに、ぼくは一度みんなの前で二分くらい叫び喚いたことがありますよ。

叫び、喚いた!?

ただ錯乱したというわけではなくて、「俺はこうしたい!」 って思いを、論理ではなく感情だけで伝えてしまったんです。それで「あいつやばい」って思われたりもして……大変でしたね。

ただ気持ちを話すだけでは思いが伝わらないという経験をされてきたんですね……。
 
ここまで生まれてから芸大在学中までお話を伺ってきました。
ここからは卒業してからのことをお伺いしたいのですが、芸術以外の進路を考えたことはなかったのでしょうか。

実は今、芸術ではない仕事をしているんですよ。いわゆる“建築士”なんですが。

大学は建築学科でしたよね。なので、今されている建築の仕事も芸術なのかなと思っていました。

芸大にいるときは“芸術+建築”という感覚だったんですけど、今では芸術的なセンスを活かすというより“建物をきちんと作る”という方向が強いですね。
もちろん、最初からそうしようと思っていたわけではなくて。芸術以外の進路を考えてはいなかったけど、結果的にこうなった、という感じです。

いわゆるサラリーマンになろうとは考えなかったんでしょうか。

一瞬思ったことはあります。ちょうどテレビで『半沢直樹』がやっていたのを見て、「俺もやりたいな」って思ったんですけど、社会人一年目で営業の仕事をやってみて、自分には無理やなと思ってあきらめました。

ぼく自身も「芸術以外のこともやらなきゃ」と思って、いろんな企業や業種に挑戦したんですが……どうしても続きませんでした。なのでミヨシさんの言う「無理やな」が本当によくわかります。

芸術の才能とか感覚を持っている人って、ある種“宿命”みたいなものを抱えていると思うんです。写真でも文章でも絵でもそうですけど、内側を表現する力が強いほど、社会と噛み合いづらい。それによっていつ爆発してもおかしくない心の爆弾みたいなものを持っている気がします。

なるほど……その“アーティストとしての自分”と“社会との噛み合わなさ”が、実際に社会に出た瞬間どんなかたちで表れたのでしょうか。

一番の違いは“目的”です。アートは自分の内側を表現する行為なのに対して、社会人は“お金を稼ぐため”に働く。
全然違う方向に無理やり舵を切らなければいけない——その瞬間がしんどかったですね。

芸大では“世界にまだないものを、魂と対話しながら生み出す”ということをやってきたのに、社会に出た途端、“論理的に考えて、優先順位をつけて、タスクをこなして、時間内に成果を出す”ことが求められる。
この二つは全くの別物です。前者が正義とされる社会に、後者を大事にしている人間が放り込まれる……そりゃあギャップは大きいです。

もちろん一般大学の人にもギャップはあるでしょう。でも、社会への適応スピードは芸大・美大出身より圧倒的に早いと感じています。

ぼくたちは“内側と長く向き合ってきた時間”があるぶん、“外に合わせる筋力”が弱いんだと思います。
そうやって積み重なっていった“うまくやっていけない感覚”や“社会への反発心”が、このあとお話する“社会人アートサークル エン”の活動にもつながっていくんです。

芸大でリーダーをやっていたと聞いていたので、社会人になってうまくやっていけなかったというのは、正直ちょっと意外でした。

多分、“リーダー”という言葉の意味が芸大と社会人ではまったく違うんですよね。

芸大でのリーダーって、自主的に考えて企画を立てて、完成や遂行まで持っていく存在です。でも社会人のリーダーは、自主性というより“会社の脳”にならないといけない。
上司の意見を聞きながら、部下の気持ちも汲み取りながら、優先順位に従って冷酷な判断もしないといけない。

名前は同じでも、リーダーという役割は別物なんです。

自分も芸大でちょっとしたサークルを作って活動していたので、その感覚がめちゃくちゃわかります。
芸大だと、根底にある“感覚”や“価値観”が近い部分があるから、説明しなくても通じるところがあるし、ぶつかっても譲歩できる。ある意味で、対等な関係ですよね。

でも社会に出ると、芸術の素養がある人なんてほとんどいない。
僕たちからすると“宇宙人”みたいな人と付き合わないといけないのって本当に大変で……。

悲しいことに、社会のバランスで言うと宇宙人はぼくら側なんですよね……。
いわゆる“ずれている”と言われてしまう側なんです。

その言葉は、芸術を志す社会人の“生きづらさ”そのものだと思います。
正直、このトピックだけで一本の記事になりそうなくらい語れそうですが……次の質問にいきましょう!
 
社会に出て、いろいろなギャップを感じられたと思います。
その中で、創作することはどう変わってきましたか?
壁や転機があれば教えてください。

“そこまで描かなくても生きていけてしまう”ということですね。

衣食住は必要で、そのためには仕事をしないといけない。仕事の中では嫌なこともしなくてはいけない。
でも、絵は描かなくても生きていける。
あっ、自分って“絵を描かないと死ぬ”みたいな人間じゃなかったんだ——そう気づいたときは、すごく絶望でしたね。

多分、社会に出て、ある種丸くなってきて、ちょっと生き方が上手くなってしまったからだとは思うんですが。

その気持ち、わかります。
ぼくもカフェに行って創作活動をしていて「何してんだろう、自分……」ってなる瞬間がたまにあります。

そうなんです。急に賢者モードというか社会人モードが来るんですよね。
「もっと会社のことをやった方がいいんじゃないか」って思った瞬間、ズレている自分を肯定できなくなって、すごくむなしくなるんです。

それでも、社会に対してのズレは自分の中にまだ確かにある。
そのズレこそが、自分がアートと向き合っている証拠というか、自分らしく生きている証拠でもあると思っています。

もちろん、それが苦しみに変わる瞬間もある。
でも、自分の中に“アートの生存確認”があるだけ、まだ救われる。
それすらなくなったときが——真の絶望、なんじゃないかって思っています。

分かります。
嫌なことがあったり、社会でうまくやっていけないと感じたりするときに、「これがあるからまだ生きていける」って思える——ある種の“最後の命綱”みたいな感覚ですよね。
 
それがなくなったらという“危機”で思い出したんですが……。
今の時代、AIが飛躍的な進歩を遂げているじゃないですか。
表現のあり方そのものが変わっていく感じがあって、
そう考えると、ますますアートはどうなっていくのか不安になることがあります。

僕自身はそこは不安視していないんです。
というのも、AIが作る絵って“答え”なんですよね。
でも、アートは“答え”ではなく“過程”だと思っているんです。
その人が生きてきた背景や、信じている価値観、何を美しいと思うのか——そういったものが全部入り込む。

たとえば、ぼくなら「人体のここが美しいから描く」とか、「帰り道のあの景色が好きで描く」とか、そういう理由の積み重ねが作品の骨になる。
でもAIには、その「なぜそこを描くのか」という根っこの部分が存在しません。

アートのすごさって、その過程そのものを時間を越えて伝えられるところだと思うんです。
その人が生きた時代や空気感、価値観すら読み取れる。
一方で、生成AIはその過程を丸ごと飛ばして“完成物”だけを出してしまう。
だからどうしても軽さというか、奥行きの少なさを感じてしまうんですよね。

どれだけ精密な絵を作れたとしても、人が魂を込めて引いた一本の線には、結局勝てないと思っています。

たしかに、“○○を作ってほしい”と具体的に指示するとちゃんと出してくれるのに、“○○っぽいもの”と曖昧に頼むと全然違う方向のものが返ってくることもありますよね。
それ以外でも、人なら読み間違えない部分を誤解したり……そういうところに“過程を踏んでいない”感じが出ているんだな、と改めて思いました。
ミヨシさんのお話を聞いて、少し安心しました。
 
さきほど「描かなくても生きていけてしまう」とおっしゃっていましたが、それでも展示会をされているということは、作品づくり自体は続けているわけですよね。
その中で、創作と生活の両立について——いわゆるワークライフバランスの面では何か意識されていることはありますか?

特にないですね。両立は圧倒的に難しいです。仕事が忙しいのもありますし、自分が時間の使い方があまりうまくないんです。
生活の中に薄く入り込んでいる感じで……ふとしたときにさらっと描いたり、仕事しながら気づいたら考えていたり。その繰り返しでなんとかやっている、というのが実際ですね。

仕事から帰った瞬間に「絶対に机に二時間向かうぞ!」みたいなスタイルだと、逆にしんどくなってしまいますよね。
楽しむためにやっていたことが、“やらなければいけないこと”に変わると、一気につらさが出てきそうです。

そうですね。言い方は悪いけど、絵が好きな自分に酔っているというか。アートにまだ向き合えていそうな自分に安心するんです。人とは違う感覚を持てている優越感というか……。
あと、誰かから褒められるために絵を描いているところはあります(笑)。

ここで、親御さんから言われた「趣味でやればいい」という言葉が効いてくるわけですね。

実際、儲かっているわけではないので……。でも、自分の生活を豊かにしてくれている。それを考えると“趣味”という表現が一番しっくりくるんです。

ミヨシさんの創作について

ここまでは、ミヨシさんの生い立ちから芸大時代、そして社会に出てからの葛藤まで、“芸術との向き合い方”について深くお話をうかがってきました。
ここからは、いよいよミヨシさんご自身の“作品”に焦点を当てていきたいと思います。
 
これまで、どんなジャンルの作品を作ってこられたのでしょうか?

実は、ぼくは作る作品のジャンルが固定されていないんです。
ロゴをデザインするときもあれば、漫画を描くこともあるし、人物画もイラストも描きます。
建築をやっているので立体の造形物も作りますし……本当にいろいろなんですよ。
最近ハマっているので言うと、風景画ですかね。

ミヨシさんの制作された風景画(クレヨン画と油絵)

大学の卒業制作では、漫画と建築を合わせた“漫画アーキテクチャ”という作品を作りました。
漫画のコマ一つひとつを“部屋”に見立てて、作品の中を渡り歩いてもらう仕組みです。これはちょっとした賞もいただきました。

ミヨシさんの制作された卒業制作(漫画アーキテクチャ)

漫画×建築……発想が唯一無二すぎます。
では、これまで制作されてきた中で“特に好きな作品”はありますか?

正直に言うと、ないです。というのも、ぼく自身作品に“こうあるべき”という主義があまりなくて。ふわっとしたものを作るというか、何かの模写だったり、寄り添う形でつくることが多くて……。

なるほど……作品に“これが一番!” みたいな基準を置かないスタイルなんですね。
そう聞くと、ミヨシさんが作品と向き合うときの距離感が少し見えた気がします。
では、好き・嫌いという意味ではなく、
「ふと振り返ったときに印象が残っている作品」や「節目になった作品」はありますか?

それだったら、小学4年生のときに描いたイルカの絵ですね。

水族館のショーでイルカが飛び跳ねている絵です。

キャンバスって、実は表面にけっこう凹凸があるんですよね。
その凹凸に、ペインティングナイフでマーガリンを塗るみたいな感じで絵の具を乗せたら、水しぶきっぽい質感になるんじゃないかと思って描いたんです。

賞をもらって褒められたから覚えているっていうのもありますけど、
何より「こうしたら面白いんじゃないか」って自分の発想で描いたのが初めてで、それがちゃんと成果につながったっていうのもあって、印象に残っていますね。

それはすごいですね……その発想、小4で出るのは本当に驚きです。
 
そうした“制作の原点”のお話を聞いたところで、
改めて、今は どんな環境で制作をしているのか も気になりました。
普段はどんな場所で、どんなスタイルで制作されているんですか?

ぼくは夜に音楽を聴きながらやるのがいちばん集中できますね。

これは僕の勝手な“絵を描く人”のイメージなのですが……やっぱりクラシックを流しながら作業されるのでしょうか?

クラシックも聴きますけど、どちらかというとテクノとかクラブ系とか、EDMっぽい曲が多いです。リズムのあるテクノを延々とループで流していると、筆がすごくノってくる瞬間があるんですよ。

普段からモヤモヤ考え込むタイプで、“人はなぜ生きるのか”みたいな哲学的なことまで考えちゃうこともあって……。
でもテクノを聴くと、そういうノイズみたいな思考が一気に吹き飛んで、視界が鮮明になる感じがして。その状態のときが、いちばん筆が進むんです。

なるほど……その“思考が一気に静まる感じ”、すごくわかります。
ふっとスイッチが入る瞬間ってありますよね。
音楽以外で、集中するときに意識されている環境づくりは何かありますか?

机はごちゃついているほうが集中できますね。あと、追い込まれている状況のほうが燃えるタイプで、締切まで20分!ってなると逆に覚醒して描けたりします。

追い込まれた瞬間に集中できるタイプなんですね。
制作のスイッチが入るポイントが、かなり感覚的なものなんだなと感じます。
そこからさらに伺いたいのですが——
作品づくりそのものに対して、大事にされている“軸”のようなものはありますか?

魂が載っているかどうか、ですね。あとは「なんかちゃうなぁ」と思ったらすぐ直すこと。
描いていると「ええ感じやん」って思う瞬間も多いんです。でもその中に「なんかちゃう」っていうのも確実にあって、そこは絶対に修正します。
そこを直さずに最後まで続けても“なんでもないもの”ができてしまうだけなので。

ここまでお話を聞いていて、ミヨシさんって「絵と生活が地続き」っていうか、考えていること全部が作品に滲み出ていくタイプなんだなと思いました。
だからこそ気になったんですが、絵以外で今ハマっていることってありますか?

自分、好きなものがあまりないんですよね。ふわっと好きはあるんですけど、本当に好きかと言われると怪しくて。絵を描くこと以外となると……やっぱりエンの展示会かな?

やっぱり、話の流れが自然と“絵”に戻っていきますね。
どこかミヨシさんの軸がずっとそこにある感じがします。

社会人アートサークル エンについて

ここまではミヨシさんのこれまでの歩みや、作品との向き合い方についてお話を伺ってきました。
ここからは、いよいよ社会人アートサークル「エン」について聞いていきます。
 
まずは、この活動をはじめられたきっかけについて教えてください!

社会に対して、「なにくそ」って気持ちがあったからですね。
芸大を卒業して、社会人になって、生きていくために働かないといけなくなって、でもうまくいかなくて、「最悪やな」と思っていました。

「俺はここにいる」「俺の中のアートを消したくない」「どうやって自分の存在を示していけばいいんだろう」——そんな思いを同期と話していたら、「そう思ってる人って他にもいっぱいいるんじゃないか”」という話になって。

そこから「じゃあ社会人の友達を集めて展示会やってみない?」という流れになり、とんとん拍子で始まりました。
そうして行われた初回展示会が、いっちーさんも参加された『炎』です。

立ち上げの話を聞いていると、その勢いと反発心がそのまま形になっていった感じがしますよね。
初めてのグループ展のテーマを『炎』にされたのにはどんな思いがあったのでしょう。

社会人になってもアートへの炎を燃やし続けてほしいという意味もありますし、自分自身が社会に対してのアンチテーゼで芸術をやっているところがあって、その炎のイメージから炎になりました。

内なる創作への炎という意味が込められていたんですね。
ここまで『炎』『光』『彩り』とそれぞれのテーマで展示会を開催してこられたミヨシさん。実際に運営をしていく中で感じた思いや、苦労されたこと、そしてやりがいについて教えてください。

これまで何度か展示会を開催してきて、たくさんの人と意見の衝突をしてきました。
最初に掲げた“アートへの炎を絶やさないこと”と“社会人がアートを展示できる場をつくる”という目的は成功しているんですけど、展示会を通して今後の何かにつなげたいと思っている人には答えらえれていないところがあります。

毎回着実にレベルアップは出来ていると思うんですが、正直全然至らないところが多くてまだ課題も多いですね。
ただこのぶつかることも展示会を運営する醍醐味だと思っていて、それがちょっと楽しかったりもするんです。

自分の想いをもってぶつかることに楽しさを感じるというのは、ここまでの話を聞いていて、社会でうまくやっていけなかった経験があるからこそなんだなと感じました。

そうなんです。上司に怒られるとかはあっても、ちゃんとぶつかって互いに成長できるみたいなのって本当にないので。そもそも上司とぶつかったらその時点でクビか、そこまでじゃないにしてもなにかしらのペナルティが発生してしまいますからね……。

自分の考えている物事に対して、自分の魂をぶつけ合うというのはスポーツとか芸術とかそういう分野でないとなかなかできない。それこそ趣味の範囲になってしまうのが現状です。
だからこそ、こうやってぶつかれる環境があるのはとてもいいことだなと思っています。

自分も社会でうまくやっていけなかった一人ではあるので、その環境のありがたみがよくわかります……!
これまで開催された展示会にはどんな方が参加されたのでしょうか。

基本的には自分と同世代の20代半ばがほとんどですが、中には30代もいらっしゃいます。男女比はちょうど半々くらいですね。
参加メンバーは運営陣が声をかけることもあれば、参加者の知り合いが参加者になることもあったり、中には来てくれたお客様がやりたいといってくれたこともあります。

これまでお子さんがいらっしゃる方、独身、同棲している人、本当にいろいろな方が参加してくださいましたが、共通しているのは“絵一本で食べられている人はいない”ということですね。
やっぱり社会人として頑張っている中でアートを披露する場がない人のための場所にしたい、アートの火を燃やし続けるための場所にしてもらいたいという気持ちがあったので、そういう方たちが集まってくれているのはうれしいです。

多様な人が集まっていても、アートを続けていきたいという気持ちは同じというのが伝わってきました。
開催されてきて印象に残っていることはありますか?

印象に残っていることばかりです。
たとえばメンバーから「次やる?」ってきいたときに「やる」って言ってくれたときはうれしかったです。

ほかにも初めて会場で絵が売れたって子がいたことですね。
やっぱり自分の絵が売れるっていうのはいろんな意味があると思っていて、自分の絵に価値が作って言うのは自分の魂とか性格とか、生きてきたことに対してお金がつくってことなので、働いて時間分のお金をもらうのとはわけが違うんですよね。自分という存在にお金がつくのと同じなので。

純粋に個人としてうれしかったのは、お客様が来てくれて自分の絵に感想をおっしゃってくれたときとか。
そしてやっぱり、そういう人の心が動く場を作れたっていうのはうれしかったですね。

今後はどのように進化させていきたいですか。

これまで会議や意見で出ていることを解決しつつ、参加者の考えていることやこうなったらいいなを達成できたらいいなと思っています。
そして何より一番やりたいのは、この活動を続けていくことです。
最後の日を迎えたとき、この活動が意味があったのか、無意味だったのかがわかる日まで、続けていきたいですね。

メッセージ

たくさんお話を聞かせてくださりありがとうございました。
最後に二つほど質問させてください。
 
まず、ミヨシさんにとって芸術とはどういったものでしょうか。

すごい、スピリチュアルな発言になるんですけど、“神様”ですね。まぁここまで魂って何度も言っているので問題ないか(笑)。

正直自分はこういうことをしてはいるけど、芸術が何かはよくわかっていません。なので、これさえ信じていればいつか救われると思っているところが、神様と近いなと思っています。
単純な心のよりどころという意味でも、社会で生きていくための自分のためだけのセーフティーネット。

これがなくなっちゃうと、自分のアイデンティティが崩れるというか。でも、芸術はそんなぼくのことを何とも思っていない。いつだって芸術に対して片思いなところもあって、神様って感じですね。

ありがとうございます。芸術に対していつまでも片思いというのが確かにそうです。だからこそ、人に認めてもらったとき、少し芸術に思いが届いたような気分になって、うれしいですよね。
 
最後にこの記事を読んでくださっている社会人の挑戦者へメッセージをお願いします!

あなたが今持っている、抱えている“よくわからないもの”は絶対に捨てないでと伝えたいですね。

社会人にとっていらないと一番目に捨てられる部分、それこそが芸術なんです。
同時に、社会に対してずれを感じる要因であり、社会にとっては何の役に立たない、誰にも理解されない、そんななんだこれってものでもあります。それを持ち続けるのはしんどいとも思います。でも一度持ってしまった以上、手放すことはできません。

そのあなたが持っている芸術を、表現したいものを、あるいは神様のように信じている世界のことを捨てないでください。それがきっと人生の答えに一番近いものだと思うから。
もし捨ててしまいそうになったら、うちの展示会に来てほしいし、参加してほしいです。

最後にサークル名前のエンの由来についてお話します。
それこそ最初の展示会のテーマ「炎」でもあるし、人と人がつながる「縁」でもあるし、いつか参加者が絵一つで食べていけるような出会いがあってくれるという意味では「円」でもあります。
ほかにもいろんなエンが込められています。

あなたの中にある捨てられなかったものが芸術というものに生まれ変わる、そんな場所に出来たらいいなと思っています。
お待ちしています。

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