各界の第⼀線で「未知なる領域」に挑み続ける方々の思考を紐解くインタビュー連載『挑戦の人間学』。結果だけではなく、そこに⾄るまでの葛藤や、⾔葉にできない過程に光を当てます。
今回は、学生時代にワークショップに関する研究を深め、現在は研究活動と並行して、経営コンサルティングファーム「MIMIGURI」代表取締役Co-CEOとして活動する安斎 勇樹さんにインタビュー。
なぜ組織は、人を”道具”として扱ってしまうのか。そして私たちは、そんな構造的な課題に対してどう向き合えばいいのか。
「時間感覚のズレ」や「パワーの歪み」をキーワードに、他者からの評価に過剰適応せず、自分の内発的動機に従う「しなやかな抵抗」のあり方について、お話を伺いました。
プロフィール

安斎 勇樹(あんざい ゆうき)
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『静かな時間の使い方』『冒険する組織のつくりかた』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』などがある。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。
「ポテンシャルの抑圧と解放」。問いの原点にある10代の記憶
——本日は「組織論」についてお話を伺いたいと考えています。安斎さんはこれまで、課題解決における“問い”の重要性について語られていますが、研究者時代から現在まで追い続けている“問い”は、どのようなものなのでしょうか。
一言であらわすと、「なぜ人は持っているポテンシャルを抑圧されてしまうのか」「抑圧されたポテンシャルをどう解放したらいいのか」といった“問い”が中心にあります。といっても、活動のなかで少しずつ言語化されてきたので、はじめからずっとその“問い”を追いかけてたわけではないのですが……。
大学院でワークショップに関する研究活動をしていたのも、「人々の創造性をどのように発揮させるのか」に興味があったから。「なんでワークショップでみんな黙ってしまうんだろう」「なんで話し合いがこんなにも早く終わってしまうんだろう」といった具体的な“問い”と、根幹にある「ポテンシャルの抑圧と解放」という“問い”とを掛け合わせながら、日々形を変えてアプローチを続けてきました。
——安斎さん自身も「抑圧されてきた」と感じる経験が多かったのでしょうか。
そうですね。というのも、僕はもともと「自分の考え」に自信がない人間だったんです。とっさに意見を求められても上手く答えられずに、家に帰ってシャワーを浴びている最中に「ああ、あのときこう言えばよかったな……」と思いつくこともあって。意見がないわけじゃないのに、自信を持って意見が言えない。もどかしい日々を送ってきましたね。
学生生活は充実していたのですが、そういう、「なんかちょっと嫌だな」「うまく自分の力を出せていないな」といった“抑圧”された感覚がうっすらとありました。でも同時に、部活の顧問からの一言や他者からの働きかけといった、ちょっとしたきっかけで自分のポテンシャルが解き放たれるような出来事もあった。“抑圧”と“解放”、そのどちらも経験してきたんです。

——ご自身の内側にある“抑圧”と“解放”の感覚に向き合われてきたのですね。
“抑圧”といえば、私自身、学生時代に個性や多様性を尊重する教育だったにも関わらず、受験期には志望校の偏差値で評価しあう空気に変わって、個が“抑圧”されるような違和感を抱いたことがあります。
なるほど、他者が記号化される瞬間を目の当たりにしたのですね。
僕の場合、そういった序列や記号化への違和感は小学校の頃にすでに強く持っていました。ただ幸運だったのは、中学受験を経て進学した武蔵高等学校中学校が、校則も制服もほとんどない、自由でフラットな環境だったことです。
そこでは、バンドマンも、いわゆるオタク層も、運動部も、分け隔てなくフラットに関わっていました。大人になった今でも、全員が同じLINEグループで「今度ライブやるから来てよ!」「この前オタ活をしてきた」と、ジャンルが違うやり取りが続いているんです。
僕たちの「記号」は一見異なるかもしれません。ですが、その裏側にある想いなどを感じ取って“友達”としてつながってきました。そんな環境で育ったので、今でも「スクールカースト」みたいな感覚がいまいちピンときていないんです。
中高時代に「いい共同体」があると知ったからこそ、その感覚を持ったまま社会に出たときに「なぜ社会や組織では、未だに規律や記号が残り続けているのだろう?」と、強いギャップを感じました。
——10代の多感とされている時期にそういった経験をしたからこそ、社会や組織への違和感が強まったんですね。
もちろん、人間を分かりやすく分類する「記号」、つまり「ラベル」そのものを悪だとは思いません。僕自身も「研究者」「経営者」というラベルを状況に応じて使い分けています。
問題なのは、ラベルによって「どうせこの人はこういう人だから」と、相手の裏側にある背景や情報を見ようとしなくなり、その結果、分断が生まれて“対話”が起こらなくなってしまうこと。
人間のポテンシャルが抑圧される背景には、「記号化による分断」があると思っています。中高時代の経験が、現在に続く“問い”の原点にあるのかもしれません。
組織が無意識に人を“道具化”してしまう、時間感覚のズレとパワーの歪み

——多くの会社がいつの間にか、従業員を“道具”として見なしてしまうのも、「ラベル」が関係しているように思います。
たとえば、部下が企画の背景にある想いを共有しようとしても、上司が「その話って、結果につながるの?」と遮ることがあります。
そうやって、売上や成果にばかり意識が向いてしまったり、立場ごとの役割が固定化されてしまったりすると、従業員の“個”としてのあり方が蔑ろにされ、目標達成のための“道具”となってしまう。そんな組織は、少なくないと思うんです。
それは僕もずっと考えている、けれど簡単には解明しきれない大きな謎でもあるんですけど……。おそらく、いくつかの要因が絡み合っているのだと思います。
まずひとつ目は、立場や役職によって「持っている時間感覚」が異なること。いろんな経験を積んだり、役職が上がったりすると、少しずつ「時間感覚」が変わっていくと思うんですよ。
組織のなかでも、マネジメント層とプレイヤー層は「役割」が異なり、それぞれの時間感覚を持っています。
マネジメント層は「全体のクオリティや納期」に責任を持っているため、どうしてもスピードや成果を重視し、結論を急かしたくなってしまう。一方でプレイヤー層は、そのプロジェクトに独自の熱量を込めたり、時間をかけたりしている。
マネジメント層にとっては10件こなしているプロジェクトのうちのひとつかもしれないけれど、プレイヤー層はそのひとつにすべてを注いでいるかもしれないですよね。
つまり、同じ「プロジェクト」という事象を見ても、役割ごとの「時間軸」や、労力をかけられる時間の「密度」が噛み合っていないんです。このズレこそが、組織が人を“道具”のように扱ってしまう構造的な原因ではないかと考えています。
ふたつ目は、そこに「パワーの歪み」が加わることです。
単に時間感覚が違うだけなら「お互いに違うね」と理解し合うことができるかもしれない。ですが、組織内で役職や報酬の差が生まれることによって、見えない権力差が発生してしまうことがあるんです。
意識的か無意識的かは別として、通常高い報酬を得られることが多いマネジメント層は「あなたにとっての1時間は○○円かもしれないけれど、自分にとっての1時間は、もっとコストがかかっているんだ」という力学がうっすらと働いてしまう。
そのパワーバランスの歪みが積み重なると、目の前にいる相手を“ひとりの人間”として見るのではなく、「自分の目標達成に貢献してくれる存在か、それとも足を引っ張る存在か」という、都合の良い“道具的”な視点で相手を捉えてしまうのではないか、と思うんです。
「時間感覚のズレ」と、構造が生み出す「パワーの歪み」。これらが相まって、悪気はなくても人は他者を“道具”のように扱ってしまうのではないか、と考えています。ただ、これだけではない、もっと根深い理由も潜んでいる気がしています。
——立場による「時間感覚のズレ」や、構造的な「パワーの歪み」が、無意識のうちに人を“道具化”させてしまうのですね。
一方で、KPIなどの数値を追うことも組織を維持するためには不可欠です。ビジネスにおいて、効率を求めつつも人を「“道具化”しないマネジメント」を行うには、どうしたらいいのでしょうか。
「“道具化”しないマネジメント」とは、一言であらわすなら「“人間”を“人間”として扱うマネジメント」です。では、人間を人間として扱うとはどういうことか。僕は大きくふたつの視点があると思っています。
まず、「人間の感情や創造性の可能性を信じているか」という、短期的な視点です。
人間は、プロンプトを与えればその通りに実行してくれるAIのようなエージェントではありません。時にはミスもするけれど、内側には「想い」や、僕が使っている言葉でいうならば「衝動」「好奇心」といった、エモーショナルな資源を持っている。
そして、これらの感情と目の前の活動が合致したときに、人は合理性を超えたパフォーマンスを発揮することがあります。
「仕事としては及第点だからここで提出してもいいのに、こだわりたくて粘り強く取り組んだ結果、思いも寄らないものが生まれた」とか、「アウトプット自体はそこそこだったけれど、いろんな人を巻き込んだ結果、チームの結束が強まった」とか……。
一見非合理に見えることであっても、「想い」に突き動かされた行動のほうが、予測された計画を遥かに超える「創発(エマージェンス)」が起きる可能性が広がるんです。
なので、いい成果を出したいならなおさら、人間の感情的な側面を考慮して、本人が「衝動」に突き動かされたり、「好奇心」が沸き起こったりする仕事を任せるべきだと考えています。

——「成果を出すため」という合理的な目的から見ても、むしろ感情を置き去りにしない方がいい、と。
そうです。そしてもうひとつ「時間軸を長く引き伸ばして捉えられているか」という、長期的な視点も大切だなと思っていて。
人を“道具化”するマネジメントは、極めて近視眼的です。たとえば「今は時間がないから、得意なこの人にやらせよう」「締め切り間近だから、あの人の余計な行動を止めさせよう」という思考に陥ることは、どの組織でも起こり得ますよね。ですが「短期の合理は長期の不合理」であり「短期の非合理は長期の合理」だったりする。
人間は固定化された“道具”ではなく、日々学び、変容していく生き物です。長い目で見てその人が「やりたくてついやってしまうこと」や「無駄のように感じられるけれど面白いこと」に時間が使われていないと、人や組織は豊かに変わっていけないのではないかと思います。
感情を共有する「リフレクション(内省)」が、組織の構造を変えていく
——時間軸のお話、とても興味深いです。少し話が逸れますが、インタビューをしていても、「あの時間があったから今がある」というお話を聞くことが多い。時間を重ねることによって過去の意味合いが変わっていく、“時間軸を長く捉えること”の尊さを感じています。
もちろん、苦労や理不尽を美徳とするわけではありません。ですが今の時代、タイパや即効性が求められるあまり、「すぐに結果が出ないもの=意味がない」と切り捨てるなど、あらゆる判断への時間軸が短くなっているように思います。
その積み重ねによって「時間が持つ力」を信じることが難しくなっているのではないか、と感じるのですが、いかがですか。
今のお話を聞いて、2026年4月に出版した『静かな時間の使い方:自分の解像度を上げる「独りの思索」の全技法』(朝日新聞出版)で書いた内容を思い出しました。
前提として、出版までの経緯を説明すると……。僕は2025年1月に、人を“道具化”する組織やチーム観から脱却する方法をまとめた『冒険する組織のつくりかた「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』(テオリア)という本を出版して、全国各地でそのテーマについて話して回ったんです。
話し続けるなかで感じたのが「リフレクション(内省)をしていない組織を『冒険する組織』にすることは難しい」ということ。ボトルネックはリフレクションそのものだと思い、『静かな時間の使い方』を書きました。

私たちは普段「ソーシャルノイズ」、つまり、私たちの思考と行動を縛る、外部の規範や評価、期待に過剰適応気味になっています。
たとえば、上司からの評価をあげようと即レスを心がけたり、SNSのフォロワー数を稼ぐために過敏な投稿を行なったりと、「外部からの評価や期待に応じること」が人生の目的だと錯覚しやすくなっている。
時間を信じられるのは、そういった現状から自らを剥がして、歩んできた過去をひとりで静かに見つめ直し、「今思うと、あれにはこういう意味があったな」と過去を“再解釈”して掘り起こしたという成功体験がある人だと思うんです。そのきっかけとなるのが「リフレクション」だと思っています。
僕自身、今こうしてインタビューを受けながら「はたして自分は抑圧されていたんだろうか」「学生時代にどう感じていたんだろう」と過去を振り返っていますが、この時間は僕にとってひとつの「リフレクション」であり、重要でありがたい時間なんです。
規範・評価・期待といった軸から見て、短期的に意味があることだけに取り組み続けることは、過去を再解釈したり、内発的動機に気づいたりする可能性を狭めることになってしまう。
リフレクションをすることで、時間軸を長く捉えられるようになり、時間そのものを、そして目の前で起こっていることを、信じられるようになるのではないかと思います。
——リフレクションによって、自らの「衝動」や「好奇心」を取り戻せる。そしてその取り組みを組織が推進していくことで、時間軸を長く捉え、変容をも受け入れ合える環境が生まれるのかもしれないですね。そんな社会を実現させるためには、どのようなアプローチが考えられますか?
組織における振り返りは、「あのときはこうしておけばよかった」「あれが良くなかった」と、同じようなミスを防いだり、再現性を高めたりするために過去を反省する、極めて貧しい方法になってしまっていると思っています。振り返りに時間が投資されていることはチャンスである一方で、そのフォーマットと空気感が悪いのではないかと感じるんです。
振り返りに活用されるフレームワークのひとつに「KPT(Keep(継続)、Problem(問題点)、Try(試したいこと))」があります。これは通常“成果”ベースで話すことが多いものですが、そのときに、あまり“感情”を伝え合えていないのではないか、と思っていて。
同じプロジェクトを経験していても、それが楽しかった人もいれば、悔しかった人もいる。そういった“感情”をお互いに共有し合うだけでも、振り返りの場の空気はだいぶ良くなっていくし、リフレクションも促せるのではないかと思っています。
——なるほど……。お話を聞いていて、振り返りの場で出す“感情”は、少し演じているような、本音とは遠いものになりがちだと感じました。
たとえば上司に話すときにも、最後は「でも次は頑張ります!」と、本音はさておき、“前向きさ”で締めることが美徳とされる空気を感じるんです。そのなかで適切に感情を共有するには、どうしたらいいのでしょう。
そこにはまさに、先ほどお話しした「パワーの歪み」が関係していると思うんです。
職場において、歪んだパワー構造の下に置かれた人は、反射的に「すみません、反省しています」「次は悔い改めます」と“反省ムーブ”をとるように、学校教育のなかで訓練されてきてしまっている。だから、無意識に“前向きさ”を演じてしまうんです。
この構造を崩すためには、パワーを持っている側の人間が、意識的に感情や葛藤を共有していくことが大切だと思っています。
上の立場にいる人が「実は自分もあのとき迷っていた」「このときはすごく辛かった」と、自分の弱さを開示していく。そうすることで初めて、見えないパワー構造がフラットになり、周囲も安心して感情を伝えられるようになるのではないか、と。

ただ、これは言うほど簡単ではありません。むしろ非常に難易度が高いアプローチでもあります。
MIMIGURIの場合、共同経営者のミナベ トモミと率先して自分の葛藤や悩みを社内にさらけ出すようにしています。時にはちょっとやりすぎて「心配させすぎてしまったかも」「まずいかな」と感じるときもあるのですが……(笑)。ですが、そうすることによって「組織において感情を共有してもいい」という空気感を作っていけると思うんです。
そしてもうひとつのチャンスは、評価面談です。
企業のなかには、プロジェクトを振り返る時間とはまた別に、半年に一回のペースで上司から評価が下される風習がありますよね。そこでは「あなたはこの能力が足りなかったから降格ね」「こういう貢献をしたからお給料を上げるよ」という会話が繰り広げられるわけですが、そのなかに“対話”を取り入れられるのではないか、と考えていて。
MIMIGURIでは、半年に一回行う評価面談を「リフレクション面談」と呼んでいます。
面談にあたっては、まず当人が上司と1on1をしながらオリジナルのリフレクションレポートを作ります。そうして面談当日は、チーム全員で取り組むこともあれば、関係者を呼んでみんなで質問しあいながらリフレクションを深めていくこともあって。一人ひとりに数週間ほど「リフレクション」の時間をかけつつ、そのなかで“対話”を取り入れるようにしているんです。これも、ひとつの方法なのではないかなと思います。
叩きたくないタンバリンをそっと置く——すぐにできる「しなやかな抵抗」

——これまで「人間を“道具化”しないマネジメント」について組織側に立って伺ってきました。一方で、あえて従業員の視点に立つと、「組織という仕組みは必要なのだろうか?」という疑問が湧くことがあるんです。
個人の想いややりたいことが起点にあっても、「うちの会社としては」「前例がないから」と歯止めがかかる場面も少なくありません。そうした現状を見ると、個が抑圧されてしまうのであれば、それぞれがやりたいことで緩やかにつながって生きる社会のほうが自然なのではないか、と感じることもあります。
これまでの前提を覆す、極端な質問で恐縮なのですが、安斎さんは、組織のあり方についてどのように考えていますか?
回答が難しいのですが、本音を言えば……僕も「組織なんていらないんじゃないか」と感じることもあります(笑)。
先日出演した、深夜1時の経営者ラジオ「インサイドビジョン」でも、そういった話をして社内で波紋を広げてしまいました。日々コンサルティングファームとして企業の課題解決に取り組んでいながらも、「僕たちがやっているのは、日本企業の破壊的な変革を避けて、”延命”させているんじゃないか」と感じてしまうときがある。それほどまでに、組織の根底にあるシステムは変わりづらいという絶望感が僕にもあるんです。
テクノロジーの視点から見ても、いまや「組織のあり方」は大きな転換期を迎えています。
かつては大勢の人間がいないと回せなかった知的生産の現場においても、10人でやっていたことが3人で、あるいは1人でできるようになっている。もし僕が若手だったらソロクリエイターの道を選んでいたと思うんです。だからこそ、MIMIGURIがいつの間にか100人弱の規模の会社になっていることに、僕自身、大きな矛盾と葛藤を抱え続けているんですよね。
多くの組織では、これまで当たり前となっていた「分業」そのものが目的化されたまま、そこにAIを導入しようとしているからおかしな不整合が起きている。なので「組織は本当に必要なのか」という問いは、真剣に考え直した方がいいテーマだと感じています。
——ツール(AI)は最先端なのにシステムは変わらない。だから、効率化が進んで、人類がやるべきことは減っているはずなのに「9時から17時までは仕事をしなければならない。空いた時間を埋めるように仕事を受けていたら、気づいたらやることが増えている」といった事態が起こっているのかもしれないですね。
一方で、「みんなが個に回帰して、それぞれ自立して生きていこう」という提案は、見方によっては過酷でもあるなとも思っていて。
というのも、自分が属している社会や組織の、どの仕事に、どのくらいの責任を持てるのかをひとりきりで決め直す行為は、しんどいことでもあると思っていて。そう考えたとき、組織特有ともいえる「うちの会社としては……」という曖昧な空気は、「責任を徹底的に分散し、小さく責任を負うためのシステム」として機能しているとも言えます。
会議の数があれほど多いのも、本質的には「みんなで決めたこと」にするためなんですよね。本当は誰かひとりが責任を持って決めればいいことでも、全員で決議をとる。こういう言い方は乱暴かもしれませんが、そうやって大人数で責任を薄く分け合うことで、過酷な覚悟や責任を背負わずとも賃金を得られる仕組みになっているとも思うんです。
それはそれでひとつの社会の在り方であり、村社会が前提とされている日本人に合った、共同体としてのいい側面なのかもしれませんよね。
——たしかに、組織という「村」は、良くも悪くも人を守る構造となっていますね。その“いい側面”は守っていきたいと私自身も感じます。
だからこそ、このシステムは簡単には壊せないし、JTC(日本の伝統的な大企業)を根本から急速に変革することは難しいのだと思っています。
ただ、システムそのものを変えることは難しくても、その仕組みのなかで生きる「個人」の振る舞いを変えることはできるはず。僕がずっと思っているのは、もっとシンプルに、「なんでみんなそんなに我慢してるの?」ということなんです。
身近な例でいうと……僕、カラオケが苦手なんですよ。歌うこと自体は好きなのですが、空間としてちょっと苦手で。なかには「本当は来たくないのに、場の空気に流されて来ちゃったんだろうな」と感じる人がいたりするじゃないですか。
そういう人が、部屋の隅でタンバリンを見つけて、“一生懸命場を盛り上げる係”をまっとうすることで、自分の役割や居場所を作って安心しようとしている。そんな姿を見ると、「本当はタンバリンなんて叩きたくないだろうに。叩かなくても、ここにいていいんだよ」と言いたくなってしまうんです。
歌いたくないなら歌わなくていいし、つまらなければ途中で帰ってもいい。それなのに、無意識に役割を見つけて同調しようとしてしまうのはなぜなのか。そう考えると、なんだかつらくなってしまうんですよね。
なので、まずは「叩きたくないときに、そっとタンバリンを置くこと」を提案したいと思うんです。
「役割を見つけなければ、ここにいてはいけない」という規範に過剰適応していることに気づく。他者からの評価や期待から行動するのではなく、一度、自分の心に耳を澄ましてみる。
そうやって「今、このタンバリンを置いたとしたら、自分はどうしたいんだろう?」と考えて、その場で生まれた小さな内発的動機に従うことは、誰にでもできると思っていて。
そういうしなやかな抵抗や衝動の発揮といった「小さな自立」は、わざわざ組織から逸脱しなくたって、「場の空気」に同調しながらでもできるはず。僕は、そういう提案をしていきたいと思っています。
ワークショップの歴史から考える「安全な場づくり」

——「叩きたくないタンバリンをそっと置く」……。組織や社会という大きなシステムに無理に立ち向かうのではなく、まず「過剰適応をやめてみる」というアプローチですね。それなら、今すぐ始められそうです。
これを仕事の話に置き換えたときに、いきなり「組織を飛び出して、独立して生きよう」と伝えると、すごくハードルが高く感じられますよね。でも、即レスをやめる時間を作ることなら、すぐにできると思うんです。
「場の空気」でなんとなくカラオケに行ってしまう。本当は反対なのに賛成の挙手をしてしまう……。繰り返しますが、そんな個人を縛りつける「場の力」や「システム」に対して、個人がひとりで立ち向かうのは過酷なことだと思っています。
だからこそ、「システム」に対してしなやかな抵抗を試みるアプローチとして、僕が研究してきた「ワークショップ」があるんだと、今お話をしながら、すべてのルーツが繋がりました。
——そのお話、詳しくお聞きしたいです。
そもそも、なぜワークショップという手法がこれほど世界中に広がっていったのか。それはワークショップが、近代的なトップダウンで物事が決まっていくシステムに対するカウンターカルチャーであり、社会運動だったからなんですよ。
ワークショップのルーツは、演劇の領域から始まっています。演劇の面白さや技術は、先生が上から一方的に教え込むことはできない。演劇を学びたい人と一緒にならないと成り立たないという問題意識から、ハーバード大学で最初のワークショップが始まりました。それがのちに、まちづくりや社会運動へと派生していったという歴史が100年以上前からあるんです。
ブラジルの教育者であるパウロ・フレイレも、「ワークショップ」で社会を変革したひとり。彼は当時、識字率が非常に低い地域で活動していました。
文字の読み書きができない人たちというのは、それが理由で自分たちがどれほど世界から取り残され、不利益を被っているかという自覚が持てないため、最初は問題意識すら生まれない傾向があったんです。そこでフレイレは、彼らを集めてさまざまなワークをともに体験しながら「文字を読み書きできるとはどういうことか」を対話を通じて問いかけていきました。
ワークショップを重ねるなかで、参加者自身が「あれ、自分たちが字を読めないのって、構造的におかしくないか?」と気づき始め、結果としてブラジルの識字率を引き上げた。ワークショップで社会を変えた、ファシリテーターであり英雄なんです。
そうやって、これまでの当たり前を疑い、“抑圧”されていた人間のエネルギーをちゃんと噴出させてもいいと感じられる「安全な場」を作ることが、ワークショップならできる。僕はそんなところに魅力を感じたのだと思います。
——歴史的な背景をお聞きして、“抑圧”を自覚することそのものが、まず社会や組織を変える一歩になるのかもしれないと感じました。
組織においても、ワークショップで感情を共有できる場を作ったり、リフレクションを促す環境を整えたりと、“抑圧”に対して「しなやかな抵抗」をしていく手段がもっとある。僕は、そんな想いを胸に活動しています。
今日こうしてお話したことで、僕が今やっている活動のすべてのルーツが、「抑圧と解放」という個人的な“問い”にあらためて繋がった気がします。
取材・執筆:高城 つかさ
撮影:小泉 佳