各界の第⼀線で「未知なる領域」に挑み続ける方々の思考を紐解くインタビュー連載『挑戦の人間学』。結果だけではなく、そこに⾄るまでの葛藤や、⾔葉にできない過程に光を当てます。
今回は、書店など「bookpond」の店主/編集者の小池 真幸さんにインタビュー。
編集者としてテキストを「編む」ことと、本屋として場を「編む」ことの狭間で、小池さんの意識は「間口を広げること」へと変化していきます。“偶然性”に身を委ねる場づくりについて、ともに考えました。
プロフィール

小池 真幸(こいけ まさき)
編集者。書店など「bookpond」店主。人文系を中心に、ウェブメディアから紙媒体、イベントから学びの場まで幅広くメディアづくりを営んでいます。1993年、神奈川県川崎市麻生区生まれ。
人文系の「深く刺す」コンテンツから、街に根ざし「間口を広げる」営みへ
——今回は、小池さんが編集者として取り組まれている「記事や書籍をつくること」と、書店など「bookpond」店主として「書店という場を運営すること」を、広義の“編集”と捉えて、「編むこと」をテーマにお話を伺いたいと思っています。まずは、お店を立ち上げたきっかけを教えてください。
ここ、書店など「bookpond」は、2024年12月まで「ブックカフェはるや」というお店があった場所なんです。近所にある使い勝手と居心地が良いお店としてよく通っていたのですが、あるとき「はるや」が長崎に移転することになって。それから紆余曲折を経て、僕がこの跡地で新たにお店をはじめることになりました。
もともと編集者として人文系のコンテンツ制作やイベントのモデレーターをよくしていて、「いつか自分の“メディア”を持ってみたい」とぼんやり考えていたタイミングでもあったので、本当に偶然に導かれるような巡り合わせでしたね。
現在は、編集者の仕事の傍ら、週に3日ほどお店をオープンしています。店名を「書店“など”」としているのは、イベントを開催したり、「はるや」のようにカフェとしても利用できたりする空間だから。2025年7月のオープン時から変わらず、読書会や勉強会、ワークショップなど、さまざまな人が集い、広く使える場を目指しています。
——「bookpond」はさまざまな入り口がある、まさに「“メディア”としての場」なのですね。
そのメディアの顔とも言えるのが棚づくり、つまり「選書」という、ある種の“編み方”だと思っていて。大型書店以上に、独立系書店では棚の見せ方に店主の思想があらわれやすい印象がありますが、オープンからもうすぐ1年を迎えるなかで、棚づくりに対する意識に変化はありましたか。
棚づくりに関しては、オープン当初は今よりもエゴが出ていたというか、「自分のキュレーションを見せよう」といった感覚が強くありました。それから1年を経て、今は「本を売ること」、そして「より多くの人に届けること」へと意識が変化しています。
その背景には、僕が今までしてきた仕事の性質が関係しているかもしれません。これまでの僕は、人文系のコンテンツ制作者として、人文系に関心がある、いわばコアな層に「深く刺す」ことをゴールにしていました。ですが、お店という場所を始めてからは、もう少し「間口を広げよう」という考えに変化するようになったんです。

——「深く刺す」ことから「間口を広げる」ことへの変化……。そこにはどんな背景があったのでしょうか。
お店を開く前は、編集者としてのキュレーションの経験、そしてこれまでの自分の読書経験もある程度はありましたから、選書にはそれなりに自信がありましたし、いい棚がつくれると思っていました。実際にオープン後も、足を運んでくださった方が何かしらのインスピレーションを得るきっかけになるような選書をできていた、という手応えがないわけではありません。ですが、その「いい棚づくり」と、実際に「本を買ってもらえること」は、まったく別物なのだと気づかされたんです。いま思えば、当たり前のことなのですが。
「bookpond」は、基本的に人文書をメインに据えている本屋です。僕自身の趣味嗜好としても、どこか無骨な佇まいの、重厚な本がかっこいいと思って並べていました。一方で、いわゆる独立系書店と呼ばれるような場所で実際に手に取られやすいのは、エッセイや詩集など、装丁がおしゃれでライフスタイルに馴染む本が多い傾向があります。
この1年間、そうした現実と向き合うなかで、どちらが良い・悪いという話ではなく、「本を売るとはどういうことか」を真剣に考え直すようになりました。
誰もが持つ「正しくなさ」を自覚する——“選民的”な空間から逃れるために
——「本を売る」という現実と直面したからこそ、お店そのものの在り方を考えるようになった、と。
独立系書店は、限られた場所に、ほぼ全ての本を店主が選んで仕入れているので、選書に偏りがあることが大きな特徴の一つだと思っています。それ自体は悪いことではなく、むしろ個人商店ならではの世界観を感じられる魅力です。ですが一方で、その“偏り”と“排他的”な側面は、かなり近いとも思っていて。

最近、稲田豊史さんが、若者が本を読まなくなった理由を取材してまとめた『本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中央公論新社)を読みました。
そのなかで、独立系書店について触れられていた章があって。独立系書店は、本が好きで、そのことに誇りを持っている人たちが集まる場所であり、あまり本を読まない人は入りづらいといった声がある。そしてそれは、来る人を選ぶような、つまり“選民的”な空間になっているのではないか、という指摘があったんです。
それを読んで、“偏り”がある以上、すべての人にとって居心地のいい空間を求めることは難しいという側面はたしかにあるけれども、まずはその事実を自覚することと、少しでも間口を広げるように努力することの2つの視点が必要なのではないか、と思ったんです。
——独立系書店だからこその“偏り”が魅力である一方で、その“偏り”がそのまま“分断”につながってしまう……。そんな危うさを、小池さんはより実感されるようになったのですね。
独立系書店は、一般的には「リベラルで、多様性を認める空間」であり、そういった価値観に共感する人が集まる場所でもあります。たとえば大型書店だと、売れるとされているヘイト本が並んでしまうこともある一方で、独立系書店が“多様性”を大切に守る場所として機能していることについては、素晴らしいことだと思っていて。自分もできるだけそうした場をつくりたいと心から思いながらお店を営んでいます。
ですが、ただ“多様性”や“正義”ばかりを強く掲げることは、裏を返すと、そうした価値観を強く持っているわけではない人にとって近寄り難さを感じさせてしまうかもしれない。必ずしも排外的な思想を持っているわけではない人であっても、です。……そう考えたときに、僕が大切にしたい価値観を守りながら、でも同時に、そうではない人を排除しない空間を作れるようになりたい、と思ったんです。

——少し話が逸れてしまうかもしれませんが、今の“排他性”や“分断”に関するお話は、私にとってもすごく切実なテーマなんです。
最近はSNSなどを見ていても、「私はこう思います」と意思表示をすることが、そのままそうではない側を排除してしまう、つまり分断に直結してしまうような動きを感じることが多くて。“こっち側”と“あっち側”といったように分断するのではなく、本当はもっと対話をしたい、分かり合いたいのに、それがしづらくなっている気がするんです。
まだ考えがまとまっていない部分もあるのですが、本当にそうだなと思っていて……。
記事であっても書籍であっても、「編集者」という存在は、必要な素材や情報を集め、それらをどのように並べて、どう見せるかといった最終的な決定権を持っていますよね。そう考えると、“編集”や“編む”という行為は、ある種の一方的なコントロールであり、そうである以上、何かを排除していく性質をはらんでいる。
もちろんそうした腑分けや選別を行うのが編集者の大きな役割の一つですし、それ自体を否定したいわけではないんです。ですが、“届けたい層”に向けて編むことに慣れてしまうと、その外側にいる“そうではない層”の存在が自分のなかで透明化されてしまって、いつの間にか独りよがりになってしまうんじゃないか。……そんな危うさを、「bookpond」を始める前からぼんやりと考えてはいましたが、実際にお店という場を持ってから、より強く考えるようになりました。
——なるほど。小池さんがこれまで取り組んできた「編集者としての仕事」で感じた“排他性”への意識が、今「bookpond」で行っている「書店という場づくり」に反映されているのですね。
編集者としては、どちらかと言えば一部のハイブロー(※学問や教養のある人など)な人向けにコンテンツを作ってきたと思っています。その取り組みには意義があると感じていますし、編集者という仕事に誇りを持ってもいます。ですが、「bookpond」が街に根ざすお店である以上、人文系のコンテンツなどと比べると、たくさんの人が触れうる可能性を秘めている。そう考えると、書店はより開けた場所でなければならないのではないか、と考えるようになりました。
先日、著書『バラバラな世界で共に生きる:リチャード・ローティの哲学』(NHK出版)などで知られる哲学者・朱喜哲さんが、「bookpond」でのイベントで「どんな取り組みにおいても『常に誰かを排除している』という『正しくなさ』はセットだから、まずはそれを自覚しておかなければならない」といったことをお話してくださって。
「正しい」には、同時に「正しくなさ」が生まれてしまう。そんな矛盾をどのように引き受けて、どうビジネスをしていくのか……。それはおそらく、冒頭にお話した「本を売ること」ともつながっている問題なんじゃないか、と思いました。
閉じた空間にならないために。“偶然性”に身を委ねる大切さ

——私たちは誰もが、知らず知らずのうちに誰かを排除する「正しくなさ」をはらんでしまっている……。その矛盾を自覚した上で、街に開かれた場を作ろうとする取り組みは、新たな挑戦でもあると思います。小池さんにとって「本」という存在は、どのような意味を持つものなのでしょうか。
これは悲しいことでもあるんですけど……。正直、今の時代って「本でなければ伝えられないこと」や「本でしかできないこと」が、もうあまりなくなってしまったような気がしているんです。もちろん、デジタルデバイスから離れられる時間や、紙や装丁が持つ質感のようなものは、本にしかない絶対的な価値のひとつだと思いますし、僕自身、それが好きで大切にしてもいます。触れ合える機会を作る「書店」という場所に大きな意義と可能性を感じているのもたしかですし、そうでなければわざわざお店なんて始めません。
ですが、「なぜ本が必要なのか」を、今の僕には論理的に説明しきれなくて。だからこそ、本というメディアを神聖視しすぎることは、ある種の排他性へとつながってしまうのではないか、という想いもあるんです。……そう考えると、僕はものすごくアンビバレントな立場に立っているな、と思います。
——場づくりのみならず、「矛盾しているかもしれないけれど、私たちのなかに同時に発生しうるもの」は必ずあると思っていて。むしろそれらと向き合うことによって、境界線が溶けていくのかもしれないですね。
「bookpond」におけるイベント開催やカフェ利用は、まさにそのきっかけとなる営みではないかと感じます。そうやって多様な人が行き交うなかで、今後「書店」という場所は、私たちにとってどのような存在になりうると思いますか?
千葉雅也さんの『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文藝春秋)という本に出てくる言葉を借りるなら、訪れた人にとっての「変身」や「自己破壊」につながる、つまりそれまでの価値観ががらりと変わるきっかけの場所になりうるんじゃないかな、と考えています。

そのためには、いかにして“偶然”を引き起こすかがとても大事だと考えています。もちろん、「よし、今日は新しい出会いを探しに行くぞ!」と張り切って外に出て、その予感に導かれるように「bookpond」を訪ねてもらえるのもすごく嬉しいです。ですが同時に、「世界の見え方が変わるような決定的な出会い」って、あらかじめ狙って起こせるものではなく、“偶然”起こることが多いものだとも思うんです。
たとえば、待ち合わせ場所に早く着いて「まだ15分あるから、駅前の本屋さんで時間を潰そう」とふらっと足を運んだときに、たまたま気になる一冊が目に入る、とか。目的の“ついで”に起きる、偶然性による出会いが、書店では起こりうると思うんですよ。

だからこそ僕は、店主として「無理に本を買わなくてもいいですよ」というスタンスを保ち続けることを大切にしています。というのも、僕自身が「はるや」に、作業場所兼書斎のような感覚で気軽に通っていたなかで、たくさんの予期せぬ出会いをもらえたから。
カフェでコーヒーを飲みたい、気になるイベントがある……。始まりの動機は、何でもいいと思うんです。そのついでに店内をなんとなく回っていたときに、突然の出会いがあるかもしれない。そんな“偶然”を大切にする場を作りたいと思っています。
——“偶然性”に身を委ねること。それはネット書店とは異なり、アルゴリズムに左右されない、リアルな場だからこそできるものなのかもしれないですね。
そもそも論としても、僕は、自分の価値観や今置かれている状況を、“偶然、そうなったもの”だと思っていて。ロマンチックな言い方をすれば、そもそもこの世界に自分が生まれたのも、ものすごい確率のなかで“偶然、そうなったこと”じゃないですか。
そうして、生きていくなかでいろんな人と出会って、いろんなことが起きて、いろんな分岐のなかで、今、ここにいる。その“偶然性”を自覚することは、とても重要なことのように思えるんです。
だからこそ、僕たちはこれからも、いろんな“偶然”に開かれている。きっとそれは、生きていれば何もせずとも、いい意味で勝手に起こっていくものだとも思うのですが、「bookpond」という場や、編集者として作るコンテンツが、何か一つのきっかけになれたらいいな、と思っています。
オープン2年目の「bookpond」が目指す、他者を交える「開かれた」場づくり

——“排他性”をなくすための一歩として、“偶然性”は大きな作用を生むのではないか、と思いました。そしてそれは、カフェやイベントといった「開く」営みであり、“偶然”を「編む」からこそ生まれるものなのかもしれない、と。
もちろん「本を売る」ことはこれからの課題でもあるし、今後も模索していかなければなりません。
繰り返しになりますが、「全員が居心地の良い空間」を作ることは原理的に不可能でしょう。それに、価値観の近い人たちと濃く関わって、そこにコミュニティが生まれていくことも、人が生きていくうえで必要で大切なことです。でもやっぱり、それ“だけ”になってしまうことからは、どうにか逃れられないか。最近は、そんなことを考えています。
——小池さんは、オープン2年目を迎える「bookpond」という空間を、今後はどのように変化させていこうと考えていますか。
これからの「bookpond」は、今よりもっと、「僕ではない」いろんな人の“やりたいこと”を実現できる場にしていきたいと思っています。
「bookpond」でのイベントも、そのひとつ。2025年までに開催したイベントは、そのほとんどがすべて自分で企画して、司会進行などを担当していました。もちろん、手応えはありましたし、その場だからこそ生まれたものもあったと思います。ですが、それを続けていくと次第に内容が似通ってきてしまって飽きが来る気がするし、自分が想定できること以上の出来事、つまり「自分がコントロールできる範囲の“編み方”」にしかならないとも感じていて。
だからこそ、他者に場を開き、ともに編んでていく。その取り組みこそが、僕にとっても、この場所に予期せぬ“偶然”を引き起こすことにつながるんじゃないかと感じています。

取材・執筆:高城 つかさ
撮影:長野 竜成
撮影場所:書店など「bookpond」