3月1日に開催された、楽屋Wの柿落としでのこと。
楽屋Aのオーナーの加藤進之介さんが「祇園にある、お笑いライブバー1UPと共同でスタンプラリーをやろうかなと思っているんですよ」とこぼした。特に協業関係にはないが、芸人を志していた人が経営している「お笑いライブができるバー」という、共通項の多い場所だという。
わずか1駅しか離れていないため、出演芸人も観客も奪い合いになるのでは、と考える人も多いだろう。しかし実際には、互いにお客さんが行きやすいようにスタンプラリーを導入し、京都のお笑いシーンを盛り上げるために手を取り合ったのだ。
今回はお笑いライブバー1UP店主の窪田大助さんに「楽屋Wができた今、胸中で何を思っているのか」を聞いてみた。

M-1の感想を、本気で話せる場所が欲しかった
——窪田さんのお笑い遍歴を教えてください。
僕は元々京都出身で、幼い頃から「ダウンタウンのごっつええ感じ」や「吉本超合金」などのバラエティ番組が大好きでした。憧れて高校卒業後すぐに吉本のお笑い養成所「NSC」に30期生として入学しました。同期でいうと、尼神インターや、ツートライブ、アイロンヘッドとか。当時はNSCを卒業しても吉本所属の芸人になれなかったり、卒業しなくてもオーディションを勝ち抜けば所属ができる制度があったりで、競争感が半端じゃなかったんです。講師の先生たちからの指導も厳しくて、そういうプレッシャーに耐えられず、結局僕は途中で退学をしました。
——NSCの卒業生だったのですね。退学されてからはどのように過ごされていたのですか?
その後、地元の京都に戻ってきていろんな飲食店で働いていました。そうしていくうちに酒を覚え、人に顔を覚えてもらい、どんどん京都での生活が楽しくなっていったんです。毎晩どこかしらに行けば、誰か知り合いがいて、酒を酌み交わせる。最高ですよね。ただ、どうしてもM-1グランプリの決勝の日は埋められない寂しさを抱えていました。
——M-1の日になぜ寂しくなるのでしょうか。
僕は、芸人を辞めても相変わらずお笑いが大好きで、バラエティもよく観ていました。M-1も当然観ていて、観終わると興奮冷めやらぬ状態で、感想を誰かと話したくて、呑みに繰り出すんです。
でも、京都って大阪よりお笑いの文化が浸透していないから、たまたまやっていたから流し見する程度の人が多くて。そういう人たちの口から「この芸人、おもんないな」と聞くのが、もうめっちゃ悲しいんですよ。何千組の中から選ばれた、たったの10組。当然全員面白いのに、ただその人にハマらなかったから「面白くない」という烙印を軽率に押されている。もうこんな寂しくて悲しいことなんてない。だから「いつか自分でお笑いを自由に語れるような場所を持ちたいな」と思っていました。
芸人と観客が混ざり合う空気
——なるほど、それで場所を作ったんですね。でも、今のお話の中に「ライブ」の要素がないように感じるのですが。
そうですね。ライブの要素が構想に加わったのは、加藤さんが運営する「舞台袖」に実際に足を運んだことがきっかけです。コロナ禍に「芸人が無料で呑めるバーができた」と界隈で話題になっていて、気になって行ってみました。すると、さっきまで舞台でネタをやっていた芸人と、それを観ていたお客さんが一緒になって呑んでいるんですよ。「さっきのネタ、面白かった!」なんて直接声をかけられて、和気あいあいとした空気が流れている。「なんて暖かくて、いい場所なんだ」と感動しましたね。自分もこういった場所を作ろうと、今の形に落ち着きました。
——舞台袖に憧れたということは、やはりオープンの前に加藤さんに相談されたのでしょうか。
ほとんど面識ない時だったのですが、相談させてもらいましたね。「京都は難しそう」と言われたことを覚えています。
京都の学生芸人が気軽に立てる舞台を
——確かに京都ってお笑いの熱も高くない印象と、プレイヤーの少なさは感じます。熱が高い人は大阪に行ってしまうというか。そんな京都でなぜオープンをしようと思ったのでしょうか。
祇園花月があった頃(2025年8月閉館)でも、京都で新喜劇を観れることを知らない地元の人間が多いという話もよく聞きました。加藤さんもおっしゃいいますけど、やっぱりお笑いの中心地は東京で、西日本で熱が高い人はまあ大阪に行って。でも京都は学生の街で、その中にお笑いファンがいる。そんな子らがプレイヤーを志した時に、近くで気軽にライブが打てる場があれば、役に立てるかな……なんて思ったんですよね。

——素敵ですね。ただ、失礼を承知で申し上げるのですが、スケジュールはかなり余裕がありますよね…?経営は大丈夫なのでしょうか…。
多分大丈夫です。ありがたいことに、週末は基本的にライブがありますし、ない日は普通にバーとして営業しているので、やっていける程度には稼げています。でもその辺は学生芸人にも心配されてます(笑)。
特に立命館大学のキャサリンってコンビの牛魔王さんからも「もっとちゃんとお金取りな!」って小言を頂戴したりしています。
——学生芸人からも慕われていて、彼らにとって憩いの場になっていることを感じます。
ありがたいですね。彼らが安心してライブを打てる場でありつつ、お酒と接する窓口にもなれたらいいなぁと思っています。
若者のお酒離れって聞いたことありますか?
飲食業に長く従事していると痛感することが多いのですが、僕にとってお酒は美味しいし、楽しいものです。人との縁をたくさん繋いでくれたのもお酒。僕にとってはかけがえのない存在です。なので、1UPに来てくれる学生芸人たちに、酒の楽しみ方をちゃんと伝えて、いくのも僕の役割なのかもしれません。
——お酒って高い、美味しくない、健康に悪いと負のイメージを持たれがちですけど、ちゃんと出会って、体質的に問題なければ楽しくて仕方ないですよね。私も、大好きです。

楽屋W誕生で感じた“裾野が広がる感覚”
——ここから徒歩30分くらいの距離に楽屋Wができた時ってどう思われました?
正直、ほっとしました。
というのも、その直前に加藤さんとの共通の知人から「加藤さんが話したいことあるって言うから、連絡先教えたで」と連絡がきたんです。「なんだろう?」と思っていたら、その知人が「オレはなにがあっても1UP好きやで」とSNSに投稿しているのを見ました。「僕、加藤さんの気に障ることして、怒られるのかな!?」って結構ビビッていて。そしたら、その後に「実は…」と楽屋Wができることを知らされて、もうめちゃくちゃ安心しました。
素直に裾野が広がって、嬉しいっていうのが本音ですね。やっぱ大きい舞台で場数を踏めるというのは、うちに出てくれている学生芸人にとっても 大きなアドバンテージになりますし。
また、フリーや兼業の力のある芸人さんらも楽屋Wに出られる。大阪まで出なくても、彼らを見て勉強ができる。ネタも勿論、平場やコーナー…。今までならそういうのもわざわざ交通費を払って行かなければ観られなかったけど、そうじゃなくなったのはとても良い影響になると思っています。
加藤さんがインディーズお笑いの間口を拡大した
――裏話と本音をお聞かせいただき、ありがとうございます。ちなみに、楽屋Aや舞台袖など、加藤さんの活動についてはどのように思われているんですか?
シンプルに凄いっすよね。僕は1人でやっているし、1店舗しか展開していないから、法人化していないんですよ。でも加藤さんは拠点も増やし、従業員も雇っている。僕は利益を求めるタイミングを完全に見失いましたが、加藤さんはそうではない。利益を確保しつつ、芸人が伸び伸びと芸を磨く場所を作って、着実に大阪のインディーズお笑いを変えていっています。
インディーズお笑いってわりと閉じたシーンだったのですが、加藤さんが切り拓いていった…。ほんとに凄いと思っています。
――閉じたシーンとは、具体的にどういうことだったのでしょうか。
大阪ってやっぱり吉本所属の芸人が多いんですけど、所属すると劇場に出られるんですよね。芸人にとっては劇場に出ることは芸を磨く場でもあるので、出演機会の有無は芸人人生を左右するくらい大きなことなんです。インディーズお笑いには決まった劇場があるわけではないので、機会を勝ち取るのが難しい。そういう意味で、閉じたシーンだと感じていました。
それなら吉本に所属すればええやんと思われるかもしれないですが、12年ほど前はNSCを卒業するだけでは所属ができず、逆に卒業しなくてもオーディションで認めてもらえば吉本所属になれたんです。つまり「吉本の人に面白いと思われないと、所属ができない。面白いと思ってもらえれば、所属ができる」ということですね。実力があれば芸を磨いて、自分たちでイベントを打って、吉本のオーディションを受けることができましたが、そこまでできないという芸人も多かったことも事実です。
知名度を上げたいのに、出演できるイベントやステージ自体がなく、芸を磨きたくてもできないというジレンマに苦しんでいる芸人をよく見てきました。ですので、加藤さんが楽屋Aをつくったときは、そういった芸人たちの出場機会が増えることが一番嬉しかったですね。
1UPは、学生芸人にとっての“ロイター板”でありたい
――窪田さんは今の関西のお笑いシーンになにを感じていらっしゃいますか。
今の関西は、学生さんと社会人さんの勢いの波がそれぞれあって、すごく面白いことになってるなとは感じています。
何年か前は社会人が強くて学生が出づらい時期がありましたが、社会人が一旦やめたりプロに行ったりしている間に、今度は学生が率先してライブシーンを作っていった。その後また社会人が連盟を作ったり、戻ってきたりしてまた盛り返しています。今は学生も社会人も両方に勢いがある。これはやっぱり、加藤さんの功績だと思います。
ただ、学生お笑いに関してはここが頭打ちで、先細りしている感じも否めないです。というのも学生芸人は志望人数自体は結構いるけど、やっぱりやめていく子も多い。それに裏方志望が少なかったりして、運営に演者も関わらないと回らない。限界なんじゃないかなって思う部分もあるんです。

――過渡期を迎えているということですか。良い方向に進んでいけたらいいですね。ちなみに1UPは今後どうなっていきたいなどありますか。
僕が今やりたいのは、京都の『隠れお笑いファン』を掘り起こすことなんです。
昔みたいにお笑いファンがオタクっぽく見られる風潮もなくなってきましたし、『お笑い好きなんです』って言ったときに、テレビで一線で活躍している人じゃなくて、『劇場にしか出ていない、テレビにそんなに出ていない誰々が好き』っていう名前が自然と出てくるような。
京都は音楽シーンではそういうファンがたくさんいるので、お笑いでもその雰囲気が根付いたらいいなと。そのファン層を掘り起こして、彼らとお笑いの話をしつつ、学生芸人が自由に跳べるように、跳び箱の前に置いてあるロイター板でいつづけられたら嬉しいです。
少しでも興味を持ってくれた方はぜひバーのある日でも、ライブの日でも足を運んでいただけたら嬉しいです!

ライター紹介

後藤華子
サブカルと外食が生きがいのアラサー人妻ライター。
ライブハウスと居酒屋が実家です。
短所は好きなものの話になると、早口になるところ。