デジタルアートを描いていると、「今日は描けない」と感じる日があります。
体が思うように動かない日もあれば、画面を開いても、何を描けばいいのかわからない日もあります。
以前の私であれば、そんな日を「何もできなかった日」だと思っていました。
描けない自分を責め、「もっと頑張らなければ」と焦ることもありました。
しかし、制作を続けるなかで描き上げた一枚の作品が、私の考え方を変えるきっかけになりました。
それが『茜色に染まる北上川 ― 開運橋から望む岩手山 ―』です。
今回はこの作品にまつわるエピソードをご紹介します。
作品を何度も見返したからこそ、小さな変化に気づけた
この作品を描こうと思ったのは、夕暮れの開運橋から北上川を眺めた時でした。
茜色に染まる空、ゆっくりと流れる川、そして静かにたたずむ岩手山。その景色を見た瞬間、「この空気を作品に残したい」と思いました。
ところが、思ったとおりに制作が進みません。
体調が優れず、途中でペンを置く日もありました。「今日はここまで」と画面を閉じる日が何度も続きました。
以前の私なら、「完成しない作品」と考えていたと思います。
しかし、時間をかけて何度も制作を続けていくなかで、小さな変化に気づくようになりました。
「夕焼けは、もう少し柔らかい色のほうがいいかもしれない。」
「川に映る光は、もう少し静かなほうが、この日の空気に近づく。」
描けなかった時間があったからこそ、焦らず作品と向き合うことができたのです。 完成した作品を見た時、「早く描き終えた作品」ではなく、「時間をかけたからこそ表現できた作品」になったと感じました。
描けない日は「作品を育てる日」


それ以来、描けない日は「止まっている日」ではなく、「作品を育てる日」だと思うようになりました。
外を歩いて季節の花を眺めることもあります。空の色が変わる様子を見つめることもあります。
その時間は、一見すると制作をしていないように見えるかもしれません。
けれど、その日に感じた光や空気は、次に作品へ向かった時、自然と絵の中に表れてきます。
今でも、思うように描けない日はあります。
それでも私は、そんな日を否定しません。
描けない時間も、作品を完成させるために必要な時間だからです。
『茜色に染まる北上川 ― 開運橋から望む岩手山 ―』は、そのことを私に教えてくれた、大切な一枚です。
もし今、思うように前へ進めず焦っている人がいたら、伝えたいことがあります。
立ち止まる時間は、決して無駄ではありません。
目には見えなくても、その時間があるからこそ生まれる表現があります。
私もこれから、一歩ずつ、自分のペースで描き続けていきたいと思います。
今回ご紹介した作品
『茜色に染まる北上川 ― 開運橋から望む岩手山 ―』

今月の一言
立ち止まる時間も、前へ進むための大切な一歩。
