『怪異短歌集』作者、小柳とかげさんにインタビュー!

  1. TOP
  2. 言の葉を紡ぎし者たち
  3. 『怪異短歌集』作者、小柳とかげさんにインタビュー!
言の葉を紡ぎし者たち

シェア

X X(Twitter) Facebook Facebook
『怪異短歌集』作者、小柳とかげさんにインタビュー!

Chapter0 イントロダクション~ことばとどんなカンケイ?~

小柳とかげさんは“ことば”とどんな関係ですか?

はい、私は“言葉で拐かす(かどわかす)者”です。

拐かす……その心は?

私は、言葉そのものをすごく愛している側ではありません。
言葉でなにかきれいなものを表現したいというよりは、言葉と言葉を掛け合わせて、人を変なところへ連れていきたいというか。言葉を組み合わせることで、まったく違う想像が生まれるところが好きなんです。そういう意味で“言葉で拐かす者”だと思います。

Chapter1 無口だった子どもが、怪談を語るまで――言葉と表現の原点

言葉と言葉を掛け合わせ、人を“変なところ”へ連れていきたい自らを“言葉で拐かす者”と表現した小柳とかげさん。
その感覚は、どのように育まれ、現在の表現へとつながっていったのでしょうか。
第1章では、小柳さんと言葉や物語、そして怪異との出会いをひも解きながら、その表現の原点に迫ります。

言葉に関心を持ちはじめたのはいつからなのでしょう。

実は、はっきりとは覚えてないんです。
幼いころはあまりしゃべらない子どもだったそうで、母親からは、“そうね”しか言わない子だったと聞いています。でもなぜかそれが、途中から、たがが外れたようにしゃべりはじめたそうです。

無口な子が急にたくさんしゃべるようになったわけですね。なにかきっかけがあったのでしょうか。

きっかけは、ラーメンズだと思います。
改めて考えてみると、私は5歳ごろから、普通の子が『プリキュア』や『クレヨンしんちゃん』、『ドラえもん』などを観ているときに、英才教育のようにずっとラーメンズを観ていました。
ラーメンズは、『TEXT』という言葉で遊ぶコントをされている方々というのもあって、幼いころから言葉遊びが当たり前のように身近だったんです。
それに加えて母も本をよく読む人だったというのも大きいですね。
お風呂の中で佐藤さとるさんの『コロボックル物語』シリーズを読み聞かせてもらっていました。そういうところから、言葉への関心の種は埋まっていったのかなと思います。

その種が発芽し、自分で文章を書くようにまでなったのにはどんなきっかけがあったのでしょうか。

文章を書くようになったのは、小学5年生のときにクラスの新聞係になったことがきっかけですね。
クラスのみんなに、新聞になにを掲載してほしいかアンケートを取った結果、“物語”が一番多かったんです。
それを見て私は“これは物語を書けということだ”と思ったんですよ。それで書きはじめました。

そのころから怪異について書かれていたのでしょうか。

そうですね。はじまりは怪異というよりは怪談だったのですが、それは小学4年生のとき、嫌がらせが原因で不登校になった経験が関係しています。
5年生になったタイミングでまた登校しはじめたものの、人と話が合わなかったり、一緒に盛り上がれなかったりして。
どうにか解決できないかと考えた結果“怪談を自分で仕込めば、給食の時間に自分が主導権を握って話せるんじゃないか”と思ったんです。

まさか怪談を書くことにそんな事情があったとは……。そこで怪談が思い浮かんだということはもともと怪談話自体が好きだったんですね。

はい。いろいろな怪談を読んでいました。
当時はまだ、“怖い話ブーム”がくる前だったのもあって、自分以外にそうした話をする子がいなかったのもあって、よくみんなに話していたんです。仕入れた話はもちろん、自分で表現して話すことで、みんなが興味を持って聞いてくれましたし、会話のきっかけにもなりました。小柳さん、話してと言われるのがうれしくて。そうした経験が、自分で表現して、人に話すこと、そしてひいては自分で書くことにもつながっていったのかなと思います。

怪談にハマったきっかけはなんだったのでしょうか。

子どものころにネットで見つけた、廃墟の大きなマンションを肝試しする参加型のホラーがきっかけでした。
自分で次にどの部屋へ行くかを選べて、例えば101号室を選ぶと、その部屋のエピソードがはじまる。次に行く場所も自分で選びながら進んでいくといった作品で、本当に怖かったです。
それをきっかけに怪談にハマって、その後、『師匠シリーズ』という作品に出会ってよりハマっていきました。

これまでにかけられた言葉の中で、印象に残っている言葉はありますか。

私は基本的に怒りのほうが強い人間なので、良い言葉よりも、悪い言葉のほうを覚えています。
たとえば大学のゼミで「表現が分かりづらい」「説明が足りない」「伝わらない」と言われたことは今でも覚えていますね。

その大学のゼミにはどういった作品を提出したのでしょうか。

“夢文学”を扱う授業で書いた作品でした。
そもそも夢文学なのだから、もっと意味が分からなくてもいいはずなのに、それを分からないと言うのはどういうことやと思って。課題自体が間違っているんじゃないかと思いましたね。

それは確かに怒りがわきますね。

はい。でも、それが文学フリマに出店するきっかけにもなったんです。
“それはあなたには伝わらなかっただけで、ほかの多くの人に伝われば、間違っているのはあなただと証明できる”と思って。多くの人に作品を読ませて、“お前が間違っていたと証明したるわい”と思って、出店を決めました。そういった感じで、これまで自分はわりと悪い言葉のほうに突き動かされてきたなと思います。

Chapter2 “伝わらない”なら、届けにいく――怒りがつないだ、短歌と文学フリマ

幼いころに言葉遊びや物語へ触れ、怪談をきっかけに、自分の表現で人とつながる喜びを知った小柳さん。
その後、小柳さんはどのように短歌と出会い、文学フリマへ出店することになったのでしょうか。
この章では、小柳さんが短歌と出会い、読者に届けるまでの道のりをうかがっていきます。

短歌とは、いつ出会われたのでしょうか。

高校生のときです。
当時、大阪芸術大学への進学を考えていて、文芸学科と舞台芸術学科がコラボした冊子を読んだんです。その中で、歌人・鳥居さんの短歌が紹介されていたことをきっかけに、本を読みました。

鳥居さんの歌集『キリンの子』は私も拝読したことがあります。本当にすごい歌集ですよね。

『キリンの子』鳥居/著(KADOKAWA)

美しい花は、泥の中に咲く
目の前での母の自死、児童養護施設での虐待、小学校中退、ホームレス生活。
拾った新聞で字を覚え、短歌に出会って人生に孤独な仲間の姿を見いだせたという、天涯孤独のセーラー服歌人・鳥居の初歌集。
●あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの
●思い出の家壊される夏の日は時間が止まり何も聞こえぬ
●揃えられ主人の帰り待っている飛び降りたこと知らぬ革靴
●目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ

『キリンの子』は、すべてがぎゅっと凝縮されていて、命そのもののように感じました。
鳥居さんの短歌は、本当に“生”というか、リアルなんですよね。ご自身が現実に見たものを、そのまま表現されている。その生々しさや、嘘ではないところに強く惹かれました。
これを小説やエッセイという形で書いていたら、かえって嘘っぽくなり、創作物に近づいてしまうような気がするんです。
短歌の31音にぎゅっと凝縮し、芯の部分だけを語ることで、かえってそこから想像が広がっていく。その面白さに惹かれました。

鳥居さんの短歌との出会いが、ご自身でも短歌を書くきっかけになった、というわけですか。

いえ、直接のきっかけではありません。
短歌を書きはじめたのは、印象に残っている言葉でも話した“文学フリマに出よう”と思ったときで、鳥居さんの短歌に出会ってから二年ほど経ってからです。

小説に対して「伝わらない」と言われた、と話されていたので、文学フリマには小説を出されたのかと思っていました。

小説も出しましたが、そのほかにもう一冊、写真と詩を使った本も作ることにしたんです。
はじめは、載っている写真についての描写を載せるくらいにするつもりだったんですが、ふと、そこに短歌も入れてみようと思って、そうして軽い気持ちで書きはじめたのが、短歌を書きはじめたきっかけですね。

初めて書かれた短歌の反応はいかがでしたか。

これ、めっちゃいいねと褒めてもらいました。
しかも文学フリマで知り合った方から「才能があるように感じるから、続けたほうがいい」とも言っていただいて。それで今も短歌を続けているところがあります。

先生や文学フリマで出会った方からの言葉が、短歌を続ける後押しになったんですね。その当時書かれていたのは、まだ怪異短歌ではなかったのでしょうか。

そうですね。まだ普通の短歌を書いていました。

文学フリマへの出店を通して、ゼミで言われた伝わらないという評価が間違っていたと証明できたのでしょうか。

はい。初めて出店した文学フリマでは、用意した2種類の本のうち、1つは完売し、もう1つも残り2冊になりました。その結果から、“作品が伝わらないのではなく、先生には伝わらなかっただけだ”と証明できたと思っています。
その後、先生本人にも、“あなたが間違っていましたね”と伝えました。
返事はああ、よかったねといった感じで、先生の考えが変わったわけではありません。それでも、“あなたは間違っていた”と言えるようになったので、今はもう大丈夫です。

Chapter3 31音の中に、怪異は潜む――短歌が“怪異短歌”に変容するまで

鳥居さんの作品を通して短歌の魅力を知り、文学フリマに向けた本づくりの中で、自らも短歌を書きはじめた小柳さん。
では、そこで生まれた短歌は、どのようにして小柳さんならではの“怪異短歌”へと変容していったのでしょうか。
この章では、“怪異”と“短歌”が結びついたきっかけと、その創作の裏側に迫ります。

怪異短歌はどのようにして誕生したのでしょうか。

最初の怪異短歌は大学3回生のころ、少しさびれたショッピングモール内にある薬局で生まれました。
シャンプーコーナーに立ち寄ったとき、ふと“ここに女の人が立っていたら怖いな”って思ったんです。
私はこのころ怪談やホラーの話を書いていたのもあって、小説にしようとも思ったんですが、短歌で表現してみたほうがいいかもしれないと思った瞬間に、

薬局のシャンプーコーナーに女立ちもう二度と洗えぬ髪は沼の匂い

という歌がぱっと浮かびました。
今見ると、すごく字余りで、全然短歌とは言えないような歌です。
でも、これを短歌の授業で提出したところ、先生から“めっちゃいい”と言ってもらったんです。
“あ、これ、めっちゃいいんや”“これが許されるなら楽しそうやな”と思ったのが、怪異短歌を作りはじめたきっかけです。

完成した物語を怪談として書くのではなく、その瞬間を短歌として切り取ろうと思ったのはなぜでしょうか。

理由は2つあります。
まず、私は“怪談は実話であってほしい”と思うタイプだからです。
創作怪談よりも実話怪談のほうに強さを感じますし、“実話ではないんだ”と思うと、少し冷めてしまうところがあります。だから、自分で怪異を創作するなら、怪談として書くのではなく、短歌という別の形で表現したいんです。

もう1つは、短歌と怪異に“余韻”という共通点があるからです。
幽霊も、正体が分かると怖さが薄れることがありますよね。怪異はそもそも、存在があやふやなもので、その余韻の中に怖さがあります。
短歌も、31音を読んだあと、読み手が自分の中で想像を広げていく表現です。すべてを説明しないからこそ、読み手自身が当事者としての感覚を持てる。短歌に残る余韻と、怪異のあやふやさの相性がとてもいいんです。

怪異短歌は、どのように着想を得て、作品にしていくのでしょうか。

私の短歌の作り方は、日常の中でふと思ったことを、そのまま歌にするやり方ではないんです。
どちらかというと、意識的に題材を決めて短歌を作っています。
まずは場所やお題を決めて、“ここにいるとしたら、なにが起きたら怖いだろう”と考えます。たとえば、“彼岸花の首だけが落ちている状態って怖い”と思ったら、そこから“それを最も怖く感じるのは、どんな瞬間だろう”と想像を広げて、まずはひとつの怪談を作っていきます。
そうして考えた怪談の中から、一番怖い瞬間だけを切り取り、31音に収める、というのが怪異短歌を作るときの基本ですね。

短歌を書く際、言葉の選び方で大切にしていることはありますか。

一番大切にしているのは、自分の内側から出てきた言葉を使うことです。
私は“赤い”と思ったら、まずは“赤い”と、そのまま書きたいんです。
小説を書いていたころは、“〜のように赤い、と比喩を使ったほうがいい”とよく言われました。でも、比喩を重ねると文章が長くなりますし、うまくはまらなければ、“滑っている感じ”も出てしまいます。なにより、自分の中にない表現を使うと、自分の話ではなくなってしまうように感じるんです。
“赤い”からどのような色を想像するかは、読み手によって違います。読んだ方の中で文章を広げてもらえたらいいんです。なので私はそれにさらになにかを表現したいと思ったときだけ、言葉を足すくらいにしています。

ご自身の作品で特に好きな短歌や大切にしている短歌はありますか。

一限後集団下校の田んぼ道 彼岸花の首が落ちている

ですね。
この歌は先ほどの『薬局のシャンプーコーナーに女立ちもう二度と洗えぬ髪は沼の匂い』の次に書いたんですが、できたときに、“あ、私がやりたかったことはこれだな”と思ったんです。
怪異短歌の方向性が見えた一首なので、印象深い短歌ですね。

Chapter4 たくさんの怪異を、一冊に綴じる『怪異短歌集』について

短歌と怪異。それぞれが持つ“余韻”を重ね合わせ、小柳さんは独自の“怪異短歌”を生み出しました。
一首からはじまった怪異短歌は、どのように一冊の『怪異短歌集』へと広がっていったのでしょうか。
この章では、『怪異短歌集』が生まれた経緯と、本という形にするまでの挑戦やこだわりに迫ります。

『怪異短歌集』小柳とかげ/著

31音で異界へ誘う。

一限後集団下校の田んぼ道 彼岸花の首が落ちている
怪異にまつわる短歌を60以上収録した歌集です。
ぬるりとした怖さが付き纏うものになったと思いますので、短歌好きだけでなく意味がわかると怖い話が好きな方にもおすすめです。(Amazonから引用)

『怪異短歌集』は、どのようなきっかけで制作されたのでしょうか。

最初から歌集を作ろうと考えていたわけではありません。大学3回生のころ、文学フリマへ出すために怪異短歌の折本を作ったのがはじまりです。それを先生に見せたところ、“これはすごくいい。歌壇賞に応募できる形にしよう”と勧められたんです。
そこで短歌を書き足しました。ただ、賞へ応募する作品は新刊に使えないため、本に収録する短歌も別に作ることになりました。歌壇賞には落選しましたが、そうしているうちに歌集にできるほど作品が集まったんです。それなら本にしようと思い、完成したのが『怪異短歌集』です。

今作を作るうえで、挑戦したことや大変だったことを教えてください。

一番の挑戦は、やはり100首作ったことです。“百物語”を名乗る以上、100首の怪異短歌は必要ですからね。
一首ごとに怪異や怪談を0から考え、その中の一番怖い瞬間を31音にしていきます。日常生活の延長線上にある怖さを100種類考えるのは、本当に大変で、かなり時間もかかりました。
すべて作り終えてから改めて、“我ながら100首作るのは、頭がおかしいな”と思いましたね。

和綴じの造本や紙の手触りまで、作品の世界観によく合っているのが素敵です。装丁では、どのようなことを意識されましたか

私の中では、怪談が最も盛んだったのは江戸時代というイメージがあって。その時代の空気を感じられる本にしたくて、和綴じにしました。
表紙に使った紙は、手触りがいい一方で、実は傷がつきやすいんです。でも、その傷によって少しずつ“その人の本”になっていく感じもいいなと思い、あえて使い続けています。増刷するたびに、紙や色も少しずつ変えています。
そうして傷を重ねながら長く残って、500年後くらいに発見されたとき、“江戸時代の本かな”と思われたら楽しいですよね。

『怪異短歌集』には、日常の中に怪異が潜んでいるような感覚があります。制作するときも、そうした距離感を意識されているのでしょうか。

はい。怪異が日常の中に潜んでいるような距離感は、あえて意識しています。
たとえば、UFOがやってくるような大きな怪異には、太刀打ちできないじゃないですか。それも怖くはあるのですが、出会ったら終わりなので、その先を想像する余韻は生まれにくいんです。
読んだ方が、“いつもどおり暮らしていたら、自分にも起こり得るかもしれない”と思えるような、日常の延長線上にある怪異短歌を作りたいと思っています。

その一方で、人怖や幽霊、憑依など、さまざまな怪異が詠まれているのも、今作のすごいところです。作品の幅を広げるうえで、意識したことはありますか。

怪異の種類は、意識的に広げています。ワンパターンで似た作品にならないよう、描写や場所、怪異の形を変えるようにしているんです。
ただ、どの作品にも共通して大切にしていることがあります。それが、先ほどの質問でもお話しした、“日常の中にある違和感”です。
たとえば、“横の路地になにかがいた気がする”と感じても、正体を言葉で明確にしすぎると、怖さが薄れてしまいます。実際には、ただ人がいただけかもしれない。それでも、違和感を覚えたという事実は残ります。正体が分からないからこそ、そこから想像を広げられる。私は、そこに怪異の面白さがあると思っています。

実際、お客様からの反響はいかがでしたか。

すごく評判がよかったです。
驚くほどあっという間になくなったので、“みんな、めっちゃ好きやん”と思いました。
その反響から、怪談の強さを改めて感じましたね。ホラーは、人の柔らかい部分というか、本質的な部分に深く入り込むものなのだと体感しました。

『怪異短歌集-百物語-』に収録されている中から、お気に入りの作品をいくつか教えてください。

特に評判がいいのは、

駅中の献花がいやに鮮やかでリュックの生首強く抱き締め

その家は金木犀で満ちていて死体の匂いを消し去っている

この二つですね。
このあたりは、実際の犯罪を思わせる“人怖”としても、幽霊的な怪異としても読めるようにしたいと思って作りました。
怪異というと、幽霊的な怖さが中心だと思いますが、私は“人怖”も含まれると思っています。怪異は、人の心の中に生まれるものでもあるので。
たとえば1首目は、語り手自身が人を殺しているとも読めます。その人の中に生まれる恐怖や、“このあと幽霊が出てくるかもしれない”という恐怖も、ある意味では怪異ですし、むしろ、それこそが怪異なのかもしれないと思っています。

Chapter5 怪異を通して、これからも――創作に挑む人へ、小柳とかげさんからの“メッセージ”

言葉や物語に触れた幼いころから、短歌との出会い、“怪異短歌”の誕生、そして『怪異短歌集』が一冊の本になるまで。ここまでのお話を通して、小柳さんが創作と向き合ってきた道のりが見えてきました。
最後の章では、怪異への思いと、これから創作に挑戦する人へのメッセージをうかがいます。

改めて、小柳さんにとって“怪異”とは、どのような存在でしょうか。

私にとって怪異は、やはり“違和感”です。
でも、それと同時に、人に寄り添い、人間の本質に触れるものでもあると思っています。
“違和感”と“本質”は、一見すると正反対のものに思えますよね。けれど、私はこの2つは、一本の線を丸めて円にしたときの両端のように、実はすぐ近くでつながっていると考えています。
人がなにかに違和感を覚えるとき、その違和感は、その人の本質的な部分に触れているのだと思います。そう考えると、怪異は人から離れたものではなく、むしろその人に寄り添い、人間の本質を映し出すものでもある。
これからも怪異を通して、そういった人間の本質的な部分を表現していきたいと思っています。

最後に、これから創作に挑戦する方へメッセージをお願いします。

私は、創作物はきちんと“売る”ことが大事だと思っています。
小説や作品を作っていると、“作品の本質で評価されたい”と思うはずです。でも、まずは手に取ってもらわなければ、その本質も届きません。
どれだけいいものを作っても、読まれるきっかけがなければ読んでもらえない。それを文学フリマでの活動を通して強く感じました。
だから、作品を作るだけでなく、売れることも意識しながら、ある程度ポップで目を引くものにすることが大切だと思います。ビジュアルやタイトル、宣伝も含めて、どうすれば手に取ってもらえるかを考えることは、作品を届けるために必要です。自分のアピールポイントや強みを理解し、それを生かして作品を作る。そして、どう売り、どう届けるかまで考えてほしいと思います。本質を見てもらうためにも、まずは手に取ってもらえる工夫が大切です。

言葉と言葉を掛け合わせ、人を“変なところ”へ連れていく。小柳さんのお話からは、怪異短歌を生み出し、一冊の本にして届けるまで、表現と向き合い続けてきた姿が見えてきました。
小柳さんが31音ですくい取るのは、いつもの暮らしの中でふと覚える、小さな違和感。その先には、私たち自身も気づいていない、人の本質が潜んでいるのかもしれません。
そう、怪異は、遠い世界にだけあるものではないのです。
いつもの帰り道にも、何気なく立ち寄った店にも、そして今、この記事を読んでいるあなたの後ろにも。

インフォメーション

X:coyanagi_tokage

Instagram:https://www.instagram.com/colortights_no_hito/

note:https://note.com/coyanagitokage

オンラインストア(BOOTH):https://coyanagitokage.booth.pm/

販売(Kindle):https://www.amazon.co.jp/stores/%E5%B0%8F%E6%9F%B3%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%92/author/B0GX61NLWB?ref=ap_rdr&shoppingPortalEnabled=true

名古屋にあるWAKASA&CO.BOOKSは皆さんの本への挑戦を応援しています!

えほん専門店『えほん生活』
恋愛本専門店『初恋♡生活』

恋愛本専門店“初恋♡生活”には短歌のコーナーも充実!
ぜひ店舗で運命の1冊と出会ってみてください!

ミステリー本専門店『謎解き生活』

各種店舗の情報はHPにて
(画像クリックでHPに飛べます)

シェア

X X(Twitter) Facebook Facebook