イントロダクション
HAPPY!
三度の飯より「本」と「ことば」が大好き、いっちーです!
今回の“言の葉を紡ぎし者”は佐薙ナギさん!
なんと、国語の先生をしながら、『変態国語』というPODCASTをしたり、ステージの上で朗読や漫談のパフォーマンスもされているすごい方なんです!
僕自身、拝見、拝聴する中で、どれも芯があって、ユーモアにあふれていて、面白いな~と思っていました。
なにより、声がまたいいんですよ! 取材の間、至福の時間でした……。
それじゃ~、いってみようー!
Chapter0 イントロダクション~ことばとどんなカンケイ?~
ナギさんのことばとの関係を教えてください!
はい。僕はことばを届ける者です。

その心は?
僕はいろんなかたちでことばと関わっているんですが、その中でも、詩を書くときに大切にしていることばがあるんです。
“あなたが探していることばがある。僕にしか届けられないことばがある”ということばです。
ラジオでも、詩でも、教師として国語を教えるときでも、僕の中にはいつも“届ける”という意識があって。たぶんそこが、自分のことばの活動のいちばん根っこにあるんだと思います。
だから僕は自分のことを、“ことばを届ける者”としました。

Chapter01 ひとつのことばが、未来を変えた――国語の先生になるまで
まずは「佐薙ナギ」という活動名の由来を教えてください。

佐薙は本名で、そこにナギを重ねて、韻を踏んだような形ですね。
僕、佐薙っていう苗字が強すぎて、あだ名がつかなくて、学生時代ずっと佐薙って呼ばれていたんですよ。なかには、“佐薙”自体があだ名だと思われていたこともあったくらいでした。
それが大学のときに、「ナギちゃん」って呼んでくれた人がいて。初めてあだ名をつけてもらえてうれしかったんですよね。実際に活動することになって、“佐薙ナギ”で韻も踏めているしいいやん、という感じでつけました。
どのような幼少期・学生時代を過ごされていましたか。
小さいころから、自分を表現したり、何かを創作したりすることが好きでした。というより、“何かを表現したい”という思いが、ずっと自分の中にあったんだと思います。そのせいか、これまで本当にいろいろな媒体で表現をしてきました。
いろいろな媒体、というのは、たとえばどのようなものでしょう。
小学生のころは、面白半分で詩のようなものを書いていた記憶がありますし、中学くらいからは音楽をやるようになりましたね。部活では吹奏楽をやっていて、ユーフォニアムを担当していました。中学から始めて、大学卒業後も、大人になった今まで続けています。
ほかにも、バンドをやっていたときはドラムを担当していましたし、自分で詞を書いて、曲を作って、歌っていたこともあります。今でもたまに、ウクレレの弾き語りをしたりもしますね。
ことば」というものを意識するようになったきっかけはありますか。
ことばについては結構小さいころは意識していた方だとは思うんですが、印象に残っているきっかけは小学校3年生くらいのときですね。
冷蔵庫にプリンがあったんですが、それを父親に食べられたくなくて“食べんとってな”とメモを残したんです。でも、いざそれを文字にしてみると、なんだかきつい物言いな気がしたんですよね。子どものときに見る父親って少し怖いところがあるじゃないですか。こんないい方したら怒られるんじゃないかって思った僕は、それを“食べないでください”に書き換えてみたんです。
でも、そしたらよそよそしすぎる気がしたんですよね。なんだか家族にする言い方じゃないような気がしたというか。それでいろいろ試行錯誤しているうちに、“!”をつけたり、“食べないでね”にしてみたら、なんかいい感じになるなって気づいたんです。
それが、ことばは選び方によって印象が変わることを意識した出来事でした。
今も表現をするうえでとても意識していることなのですが、その原体験はこの出来事かなと思います。

国語の先生を目指された理由を教えてください。
実は僕、今では国語の先生をしていますが、小さいころは考古学者や、日本史を研究する人になりたかったんですよ。社会ばかり好きで、国語の授業はほとんど真面目に受けたことがなくて、なんだったら寝ていたくらいでした。
そんな僕が今こうして国語の先生をしたり、詩を書いたりするようになったのは、詩人の西尾勝彦さんがきっかけです。
といっても、詩集を読んだのがスタートではなくて……実は担任の先生だったんですよね。
西尾勝彦
1972年京都生まれの詩人。近著に『なんだか眠いのです』(2022年)『場末にて』(2023年)『あわいのひと』(2025年)などがある。(どれも七月堂より出版)
担任の先生が詩人!? それはすごいですね……。どんなきっかけだったのでしょう。
先生に「君は将来、物書きになれるよ」ということばをいただいたことが、この道を選んだきっかけです。
ある日、授業の最後に記入式のプリントが配られたんです。内容は授業の感想を書くというもので、寝ていて授業を聞いていなかった僕は焦りました。
ただ、「授業の感想でもいいし、この文章を読んで感じたことでもいい」と言われて。僕は授業を受けていなかったので、文章を読んで感じたことを適当に書いて提出したんです。
すると、返却のときに自分の分だけ返ってこなかったんですよね。
それは焦りますね……。
はい。当時の僕も、「やばい、出してなかったんちゃうか」とか、「何かまずいことを書いてしまったかな」とか、めちゃくちゃ焦りました。
そしたら最後に先生が「今回の提出物の中で、とても良かったものがあるから読みます」と言って、ひとつの感想を読み始めたんです。それが僕の書いたものでした。
不思議な気持ちのまま最後まで聞いていたら、読み終わったあとに先生が「これは佐薙の書いたものですね。取りに来て」と言われて。取りに行ったら、赤ペンで「君は将来、物書きになれる」と一言だけ書いてあったんです。
それがすごくうれしくて。そこから国語のほうへ進路を変えていきました。
先生の一言で進路変更を! さすが詩人のことばですね……やはり説得力があったんでしょうか。
詩人であることは当時は知らなかったんですけど、「この人が言うなら、そうなのかもしれない」と思えたんですよね。その証拠に、それまで夏目漱石って誰、みたいな感じだった子が、国語の授業をちゃんと受けるようになって、大学も文学部に進んで、今こうして国語の先生をやっているので。西尾先生のことばがきっかけだったのは間違いないです。
ひとえに国語といってもいろいろな道があったなかで、教員という道を選ばれたのには、どんな理由があるのでしょうか。
向いていると感じたからですね。
教育実習に行ったり、教職関係の授業を受けたりする中で、ことあるごとに「教員に向いているよ」とか、「どこかでやったことあるんですか」みたいなことをすごく言われたんです。自分ではあまり自覚はなかったんですけど、向いているならやっていけるんじゃないかと思って、教員を目指しました。
教員としても詩人としても、西尾先生の存在は、ずっと僕の中にあります。

Chapter02 教室の外にも、授業を届けたい――『佐薙ナギの変態国語』
https://open.spotify.com/show/7wfh6LuI4UABeD3ZVaMohW 『佐薙ナギの変態国語』(Spotify)


『佐薙ナギの変態国語』とは、どのような取り組みなのでしょうか。また、始められたきっかけを教えてください。

『佐薙ナギの変態国語』は、詩人であり国語教師のナギが、“学校では受けられない国語の授業”をコンセプトに、国語にまつわるさまざまなことを変態的視点から語る教養バラエティです
タイトルの「変態国語」ということばが、なかなか強烈です。このタイトルには、どういった意味があるのでしょうか。
まず言っておかないといけないのが、この“変態”は、変態性愛の意味ではなくて、メタモルフォーゼ、つまり“形が変わる”という意味の変態です。
この名前になった経緯としては、昔、僕の授業を見た同僚の先生に、「あんたの授業は勉強にはなるけど真似できない。変態国語やな」と言われたことがきっかけです。それいいなと思って、「じゃあ自分の授業は変態国語でいこう」となりました。
それに、自分の授業は、決められた読み方や先生の解釈をなぞるのではなくて、生徒自身の読みを大事にして、視点を変えていくことで何かが変わる、というところを主眼にしているので、本来の意味や用法から変態しているという意味でも、この名前は合っているなと思います。
それまで授業の中で行っていた「変態国語」を、ラジオでも始めるようになったのは、どういった経緯があったのでしょうか。
きっかけは、2020年の新型コロナウイルスでした。
ご存じの通り、その時期は学校教育がほぼ止まって、授業もオンラインになりました。でも本来、学校って授業だけじゃなくて、休み時間も含めていろんなことを学べる場所じゃないですか。授業でも、「昨日あそこ行ってんけど」とか、「阪神勝ったな」とか、そういう雑談から始まることが、僕の国語では多いんです。
オンラインになったことで、そういう時間が全部そぎ落とされてしまうのはよくないなと思って、もともとやっていた音声配信をベースに、2021年から「変態国語」として毎日少しずつ配信していこうと始めました。
毎日授業があるなら、毎日届けよう、という感じですね。“生徒が家でも受けられる国語の授業”というところがスタートです。
ラジオで発信するうえで、意識していることや、こだわりはありますか。
“アカデミックなことを、しょうもなくしてしゃべること”ですね。
本来なら僕の授業を受けられるのは、僕が勤めている学校にたまたま入学した生徒たちだけです。でもラジオなら、全国どこにいても、卒業したあとでも、僕のことを知らなくても受けられます。
ただ、そういったアカデミックな文学ラジオ自体は、すでにいくつもあります。だからこそ、僕はあえてもっとフランクに、それこそ授業で脱線したり、しょうもないことをしゃべったりするような感じで話そう、というのを意識しています。
リスナーや周囲からの反応で、特に心に残っているものはありますか。
「聞いていて心地いいです」とか、「面白いです」とか、そういう感想はやっぱりうれしいですね。あとは本の紹介もしているので、「その視点はなかった」とか、「紹介を聞いて、読んだことはなかったけど面白そうやなと思って、買って読んでみました」って言ってもらえるのは、すごくうれしいです。
発信することの一つの意味って、受け取った人の行動が変わることだと思うんですよね。それはすごく難しいことでもあるんですけど、だからこそ、僕のラジオをきっかけに行動が生まれた、という感想は本当にうれしいです。
活動を続ける中で、ご自身の中に起きた変化はありましたか。
自分自身の変化でいうと、話し方やしゃべり方はかなり意識するようになりました。
それまでも教師として人前で話していて、「よくしゃべれるね」とか、「話し上手だね」と言われることはあったんですけど、自分の配信は一度、自分で聞くので、「ここはもう少しこうしたほうがいいな」とか、「ここの間はもう少し取ったほうがいいな」とか、そういうことを気にするようになりましたね。
目に見えて変わっているかは分からないですけど、自分の中ではかなり意識しています。
ナギさんのオススメの回を教えてください。
欲を言うと、全部オススメなんですが、読者の多い作品という意味では、宮島未奈さんの『成瀬は信じた道をいく』を取り上げた回ですね。
この回では、作品の各エピソードごとに話しているので、自分の好きなエピソードのところから聞くこともできますし、自分の読みとほかの人の読みを比べながら聞いてもらうと、新しい発見があるんじゃないかなと思います。そこからリスナーになってもらえたらうれしいですね。もしハマったら、どの回も面白いのでぜひ聞いてみてください。
Chapter3 話す、教える、詩を書く――ことばに“服”を着せるということ
これまでの人生で、ことばの力や無力さを感じた経験があれば教えてください。

常日頃、どちらも感じています。
一生懸命書いたのに、いざ発表してみると反応があっさりしているな、みたいなこともあれば、何気なく書いた作品に対して、「すごく胸を打たれました」と言ってもらえることもありました。
教育の現場でも、自分が無意識に発したことばや、投げかけたことばを、生徒がすごく覚えてくれていたりして、それらはやっぱり、ことばの持つ力だなと思います。
ただ同時に、どれだけことばをかけても届かないということも、教育の現場ではやっぱりあります。
ことばって即時性のあるものではないんですよね。これを言ったからすぐ効く、みたいなお薬のようなものではない。もしかしたら10年後、20年後に効いてくるのかもしれないし、だからこそ、それを無力と言い切っていいのかどうかは判断しきれない。それが面白いところであり、難しいところでもありますね。
これは絶対言わないと決めていることばや、このことばはあまり口にしてこなかったな、といったものはありますか。
“死”ということばは、基本的には使わないようにしていますね。
僕はことばに“重量”があると思っていて、とくに書きことばのほうにそれを強く感じるタイプなんですよね。
詩や文章を書くと、一つひとつのことばの重さが積み重なっていくイメージがあって。ある種のバランスゲームみたいなもので、こっちが重たいなら、こっちも同じくらいにするのか、逆に軽くするのか、みたいな。そういう感覚があります。
そのなかで「死」ということばには、すごく重量があるんですよね。入れるとどうしても全体がそっちに引っ張られてしまう。そういう意味でも難しさがあって、あまり使っていないですね。
ことばをいろんな形で扱ってきた中で、迷いや葛藤を感じたことはありますか。
迷いや葛藤はもちろんあります。
最近よく考えるのは、この“大阪弁”ということばが、自分の中で一つの十字架になっているな、ということです。使うと、標準語のときよりも自分らしさみたいなものがなくなってしまう気がするんですよね。
なんていうか、大阪弁というキャラやステータスでしゃべっている、という感覚があるんです。お嬢様が“ですわ”口調で話すとか、そういった感覚に近いんですよね。
自分の作品でも、自分じゃない誰かがしゃべっているようになってしまったりして。自分という存在が人からどう見られているのか、自分の認識と他者の認識がどうズレているのかも考えてしまうので、難しいです。でも、自分のルーツでもあるので、しっかり使いこなしてはいきたいんですけどね。
大阪弁を使う人というキャラクターで見られているけど、実際の自分とは少し違う、といった感じでしょうか。
そうですね。使いたいんですけど、使うと逆に自分じゃないような気がするというか、とくに文字にしたときにそう感じます。
“他者から見られている自分”が発することばとして、これはキャラクターに合っているのか、とすごく考えるんです。

大阪弁自体にキャラクター性があって、それで育ってきたから使うけれど、そのイメージと自分自身は完全には一致していない、ということですよね。
少し違うかもしれませんが、就活や会社の中で自分のことを指すときに「私」と言わないといけない場面で違和感があったりするのと、少し近い感覚なのかなと思いました。男なのに、「私」と言わないといけないのか、みたいな。
それまさにそうで。一人称も、キャラクター性を出せるポイントとしてすごく大事やと思います。
たとえば『吾輩は猫である』も、“吾輩”という一人称から始まることで、あの物語とキャラクターが成立しているんですよね。あれが「私は猫である」になると、全然違うキャラクターになる。英語だと“I”で済んでしまうところが、日本語は一人称のバリエーションがすごく多い。
一人称の持つキャラクター性は、大阪弁か標準語かといった、自分が抱えているものともあながち無関係ではない気がしますね。
教えることば、話すことば、そして詩のことばは、ご自身の中でどう違いますか。
これはかなり違いますね。僕の中では、まず話すことばがベースにあります。自分自身のことばとしての土台ですね。
教えることばは、かなりパブリックなことばです。フランクにしゃべっているように見えても、実家でお酒を飲みながら話していることばとは明らかに違っていて。ちゃんと“届ける”形にパッケージングされているし、教えることばでもあるので、相手が教科書の内容を理解しやすいように整えているんです。そういう意味で、教えることばはパブリックなことばだと思います。
一方で、詩のことばはすごくパーソナルです。ただ、そのパーソナルでやわらかい部分を、どうやって人前に出すかを考えている感覚でもあります。素っ裸のまま出すわけにはいかないので、どういう服を着せるか、どういう見せ方をするかを考える。その中で、さっき話していたことばの使い方や、一人称の使い分けみたいな技術的な面も出てくるんだと思います。
Chapter04 ことばを声にして、まだ見ぬ誰かへ――詩とステージ、これから
ラジオやステージパフォーマンスを始めたのは、いつごろなのでしょうか。

どちらも大人になってからですね。ステージパフォーマンスに至っては、ここ数年のことです。ただ、今振り返ってみると、自分はずっと“ことば”や“表現すること”の近くにいたんだなと思います。
詩自体はいつごろから書いているのでしょうか。また、詩という形式を選ばれた理由も教えてください。
しっかり詩を書くようになったのは、2008年とか2009年くらいからですね。恩師である西尾勝彦さんの影響で、現代詩を意識して書き始めて、そこからグループ展にも出展するようになりました。
西尾勝彦さんの影響を受けながら、ご自身でも模索していかれたんですね。
そうですね。最初はかなり模倣に近かったと思います。というのも、先生は何かを細かく教えてくれるタイプではなかったので、自分で読んで、自分で受け取って、自分なりに書いていくしかなかったんです。
朗読やポエトリーリーディングといったステージパフォーマンスを始めたのは、どのようなきっかけがあったのでしょう。
ポエトリーリーディングのような“読むパフォーマンス”は、実は最近始めたばかりなんです。
2025年の12月くらいに、友人から「やった方がいいよ」と言われてやり始めました。
書いている最中と、書き終えたあとで、気持ちに違いはありますか。
ありますね。書いている途中は、何してるんだろうとか、こんなことをやって意味があるのかなと思ったりもするんですけど、書き終えてあらためて見ると、こんなものができたんだ! って思うんです。
自分の中からこれが出てきたんだ、という感覚というか。なんか、雪が積もった朝にカーテンを開けたときの、うわ、すごいっていう感じに似てますね。
詩をつくるためのルーティンや、こういうときに浮かびやすい、といったタイミングはありますか。
心が落ち着いているときに出てきやすいです。
たとえば僕は普段、お昼ご飯を山の上で食べているんですが、そこで風の音や鳥のさえずりを聞いていると、ふっと出てくるんですよね。
なにか自分の内側から思い出したように、わいてくる感じなのでしょうか?
少し違いますね。出てくるというよりは、降りてくるという表現のほうが近いかもしれません。
というのも、詩を書くときって、書いているというより、書かされている感覚なんですよね。もちろん、技巧的なことも意識はするんですけど、ふわっと降りてくる瞬間があって、そこでペンを走らせてみると、自分でも思っていなかったようなことが、次々に書き出されていくんです。

Chapter5 ことばは、自分自身そのもの――これからも、誰かへ届けるために
いつか詩にしたいテーマや表現はありますか。

町や都市を、詩の連作として書いていきたいなとは思っています。僕自身、町や都市、地形みたいなものにすごく興味があって、勉強していたこともあるくらいなんです。
町や都市って移り変わっていくものでもあるじゃないですか。それを“詩”ということばで残していきたい、書き留めてみたいんですよね。
……あ、あと、ウルトラマンをやりたいです
ウルトラマン!? それはまたどうして……。
実家から大量のソフビが出てきたんですよ。
それで「自分、ウルトラマン好きやったな」って思い出したんです。
それで見返してみたら、自分の中の原風景に気づけたというか。
1話につき1つ、1怪獣につき1つ、みたいな形で詩を連作にしていくと面白そうやなと思っています。二次創作的な世界にはなると思うんですけど、すごくやってみたいですね。
たくさんお話をうかがわせていただき、ありがとうございました。最後に、改めてお聞きします。ナギさんにとって、ことばとは何でしょうか。
ことばとは……自己を形作るもの、ですかね。
哲学や認知の分野でも、人はことばでしか思考できない、と言われたりしますけど、僕も本当にその通りだと思っています。曖昧な感覚に対して、どんなことばを当てるのか、どう組み合わせるのかは、その人の生きてきた環境や経験によって全然違うんですよね。
同じ感情でも、選ぶことばは違うし、語彙も違う。だから僕は、自分が選び取ってきたことばや、降りてきたことばによって、表現して、考えて、自己を形作っているんだと思います。そういう意味で、ことばは自分自身そのものだと思っています。
同時に、最初に「私はことばを届ける者です」と言ったように、詩でもラジオでも教育でも、やっぱり“届けたい”という思いがあります。今は情報化社会で、何でも調べられると言われていますけど、実際には、自分が調べようと思ったものしか調べられないんですよね。つまり、すでに知っているものにしかたどり着けない。
でも、本当は自分でも気づいていないだけで、求めていることばがあるかもしれない。そこに対して、ふとしたきっかけで「これを探していたんだ」と気づいてもらえるようなことばを届けたいんです。僕のことばに触れることで、自分の中にあったものに気づいてもらえる。そんなことができたらいいなと思っています。

インフォメーション
〇SNS
Instagram:https://www.instagram.com/profesor_nagi?igsh=d2R2ZW9uenplMWE0&utm_source=qr
〈情報はコチラから!〉
ラジオ『佐薙ナギの変態国語』(Spotify)
こくごのせんせのナギ(YouTube)
わかさ生活 3階で開催された楽屋Wにもご出演いただきました!


今後も出演予定!
〇会場
WAKASA&CO.京都四条店
住所:京都府京都市下京区四条烏丸長刀鉾町22 三光ビル
アクセス:阪急「烏丸」駅から徒歩30秒、地下鉄「四条」駅20番出口から徒歩3分
電話番号:075-213-7727(代表)
営業時間:7:00~21:00
定休日:不定休
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