前回のイナズマKすけさんの記事で、取材協力をしてくれた石川エビフライさん。彼は小学校教諭との兼業芸人として自身のお笑いを試し続けている。
最近では楽屋Aのみならず地元・兵庫県にある寄席、喜楽館でもお笑いを楽しんでもらおうとライブを企画。
「パワフルな人」という印象を受けたが、自身のことについては「ニセモノ」だと重々しく言う彼にとって、「ホンモノ・ニセモノ」とはなんなのか。パワフルさの裏に隠された人間臭いコンプレックス、それでも諦められないお笑いへの熱量の正体を取材した。

憧れと幻滅、どちらも見たから教師になった
ーー芸人さんと教師との二足のわらじを履かれていますが、なぜ教師になろうと思ったのでしょうか。
小学校から大学までずっとバレーボールをしていたんですけど、小学校の顧問がとっても良い先生だったんです。個人の特徴を掴んで、長所を伸ばせる自責思考な人だったんです。試合で負けても「お前らは悪くない。試合の采配をミスしたオレが悪い。」って僕らに罪悪感を感じさせず、伸び伸びと楽しくバレーボールに取り組めるよう気を遣ってくれたのが印象的でした。あったかい先生だなと憧れたのと同時に、自分が先生になったとしてもこうはなれないなとも思いました。
その後、文武両道の厳しい高校に入学したのですが、顧問は試合に負けたら「努力を怠ったお前らが悪い!俺はなにひとつ間違っていない!」と平気で言い放てる、小学校の時とは対照的な人でした。間違ったことは言っていないけど、人としてどうかなと思う発言じゃないですか。それを見て幻滅もしましたが、「こんな奴でも教師になれるんだったら、俺も目指せるじゃないか」って改めて教師を夢に掲げるようになりました。
ーーまさに反面教師。憧れと幻滅の両方を見たから今があるんですね。
そうですね。やっぱり人の動機にはポジティブも、ネガティブもどっちも大事な要素だと思うんです。「カッコいいからああなりたい」も、「カッコ悪いからああなりたくない」もエネルギーになるじゃないですか。今教え子にも「ネガティブな感情も大切にしなさい」と伝えるようにしています。

落語で育ち、NON STYLEに共感し、霜降り明星に打ちのめされた
ーーお笑いとの出会いはいつ頃だったんですか?
明確にいつとかはなく、「いつの間にか」です。特に母親が明石家さんまさんや、ダウンタウンさんのファンだったので、彼らが出る番組は特によく観ていました。流行っていた「エンタの神様」も観てはいましたが、それよりも漫才の方に興味がありましたね。だからM-1は初回からずっと観てます。
ただ、番組よりもずっと身近にあったのが落語でした。バレーボール部はかなり厳しく、試合が近くなってくるとテレビやゲームなんかの娯楽は禁止されました。まわりが音楽やラジオを楽しむ中、僕は両親の影響もあってCDで落語を聴いていました。特に笑福亭仁鶴師匠が好き。そういう風にテレビで漫才観たり、CDで落語聴いたりとお笑いがずっと身近にいる生活を送っていましたね。
ーーなかなか渋い子どもだったんですね。漫才も身近にあったということですが、特に好きだった芸人さんはいますか?
NON STYLEさんが好きでした。あの人たちの何が凄いって、出る大会によって全部戦法を変えているんですよ。代表的なもので言うと、「爆笑オンエアバトル」「M-1グランプリ」です。我を貫くのではなく、大会の特色に順応して全部勝っていく。2000年にコンビ結成してからわずか6年でメキメキと頭角を現して、2006年から2008年の3年間毎年欠かさずなにかしらで優勝しています。そんな凄いことができたのは「勝つこと」に全部賭けたからだと僕は思うんです。やりたいことと、勝てる方法って必ずしも一致しないじゃないですか。でもちゃんとそこを天秤にかけて、優先順位を決めて貫く。カッコいいなと思いました。
ーーあの頃NON STYLE旋風は凄まじかったですよね。私も当時、彼らの単独ライブのDVDを何回もレンタルして妹とずっと観てました。お笑い芸人をはじめたのもNON STYLEの影響なのでしょうか。
いえ、当時は観る専でしたね。芸人になろうとか微塵も考えていなかったです。
そんな自分に衝撃を与えたのは、2018年の「M-1グランプリ」です。
和牛、かまいたち、スーパーマラドーナなど歴戦のM-1戦士がひしめく中、優勝を勝ち獲ったのは結成わずか5年、大会最年少となる26歳の霜降り明星でした。
正直僕はショックを受けたんです。僕は彼らと年齢が1歳しか違いません。僕とほぼ同じ時間しか生きていない彼らが、年上の命削ってお笑い頑張ってきた人たちに果敢に挑んで、勝ったんです。
僕がお笑いを趣味と捉えて、挑もうとしていなかった間に芸人として地力を磨いて、世間を賑わすジャイアントキリングを起こしている人たちがいる。その事実が怖かったし、ゾクゾクしました。
その後の彼らも目を見張るような結果を次々に叩き出していきます。ただ、彼らはNON STYLEと違い、一本の丈夫な力強い剣で暴力的に勝ちをもぎ取っていきます。強烈に憧れました。見れば見るほど深みにハマっていったんです。
ーー確かに、2015年に「M-1グランプリ」が復活してから勢いがついたのって2018年、2019年のような気がしますね。実際に舞台に立つようになったのは、どういうきっかけだったのでしょうか。
コロナ禍が転機になりました。対面で普通に授業ができなくなったこと、学校の方針として求められる先生像が固まりはじめたのを感じてからですね。子どもには「個性が大切」と言いながら、教員の個性は尊重されない……そんな教育現場に窮屈さを感じて、不平不満ばかり言っていたし、それが勤務態度ににじみ出ていたこともあったと思います。真剣に辞めるか悩んでいました。
そのタイミングで粗品さんの配信を見つけたんです。そこでは普通忖度して言えないようなことをバンバン言っていて。「結果を残した強者はこんなにも自由でいられるのか」とまたも強烈に憧れました。不平不満を言う前に僕も先生として強くなろうと思いました。その強さっていうのが僕にとって「生徒に面白いと思われる」こと。だから早速R-1グランプリに挑戦してみたのがきっかけです。
結果は散々で「これじゃダメだ!もっと場数を踏まなければ!」と思って、自分も出れる舞台を探して行きついたのが楽屋Aでした。

センター試験もM-1も「ハック」する。小賢しさを武器に変える生存戦略
ーー芸風はNON STYLEや霜降り明星の影響を受けていたりするのでしょうか。
芸風はどちらでもないと思うんですが、思考はNON STYLE寄りです。僕はこれを、言い方が悪いですが「ホンモノ・ニセモノ」という名称を用いて区別をしています。先に言っておくと、これは優劣の話ではありません。ホンモノにはホンモノの、ニセモノにはニセモノの良さがあるので。
NON STYLEのように自分たちの表現したいことよりも、観客にウケること、大会で勝つこと、番組を盛り上げることを最優先にして、出る場所に合わせてネタを柔軟に変えてくる。このような観客志向タイプを「ニセモノ」と呼んでいます。タイムマシーン3号や令和ロマンもこのタイプだと思います。
それに対して、霜降り明星のように、自分たちが表現したい確固たるものがあって、それがウケなければなにも意味がないとする自分志向タイプを「ホンモノ」と呼んでいます。中川家やロバートの秋山さんなんかも該当すると思います。
どっちが良い悪いではないです。実際僕が「ニセモノ」と呼ぶ側の方々もとても面白いし、その実力は大会でもキッチリと結果として出ていますから。
ただ、「こうしたら勝てるんじゃないか」と分析して、自分の表現したいことを曲げてまで勝ちに拘ることは、ホンモノと比較した時に正々堂々感が薄れるように感じて、そう呼んでグループ分けをして、僕はさらに分析しています(笑)。
ーーなるほど。急にディスりはじめたのかと思って焦りました(笑)。では、自分はその「ニセモノ」側だと考える理由はなんでしょうか。
僕は笑ってもらうために芸人がしたいのであって、表現したい確固たるなにかがあって、それを認めて欲しくて芸人してないというのが最大の理由ですかね。
あと、僕はズルいことばかり考えてしまうんです。例えば、M-1の予選はネタを披露できる時間が3分と決まっていますが、計測はコンビ名を紹介した瞬間から始まるんです。なら、コンビ名を言う前や登場シーンでなにかひとボケ入れられれば、リードできるんじゃないか。3分を過ぎると強制終了ではなく、3分30秒で強制終了がかかるなら、3分30秒のギリギリまでネタをやってアピールした方が入れられるボケ数も増えて有利なんじゃないか……みたいなことをやるかどうか別として、考えてしまうんですよね。
これはお笑いに限ったことではなく、大学受験もそうでした。僕は英語がめっちゃ苦手で、真面目にセンター試験(大学入学共通テスト)を解いたら60点くらいの実力しかなかったんです。しかも勉強めっちゃ嫌いだから、したくない。そこで僕が取った行動は、偉人の伝記を読みまくって、これが出題されるんちゃうかなと山を張ったんです。そしたらその山が見事当たって、結局140点取りました。でも英文を解読できた訳ではく、あらかじめ日本語で得ていた「答え」をマークシートに転記しただけ。それが僕の戦い方でした。
ここまで聞いて筆者は正直「ズルい」というよりも、「スポーツマンだったからこその戦略の立て方だな」という印象のほうが強く残った。勝って次のステージに進みたいから、自分の勝てる方法を模索する。カッコいいと思うワンプレーを魅せることより、1点でも多く獲得することを虎視眈々と狙う。「芸術を点数化して、順位を争うからこそできるスポーツ的な考えなのではないか」と伝えてみたものの、彼は納得していないような苦笑いで受け流した。自らの生存戦略を認めつつも、『正々堂々と戦えない自分』への消えない劣等感が滲んでいるようだった。

「二足のわらじ」は不誠実か? 石川エビフライが目指すもの
ーー正々堂々と戦っていないことにコンプレックスを感じていますか?
めちゃくちゃ感じています。でも、才能がなくても勝ちたいんです。才能がある人しか上がれない土俵なら悔しいけど諦められます。でも、才能がなくても、なにか工夫をしたら僕にも可能性があるなら挑みたいです。小賢しい勝ち方だとしても、平均以下の僕でも工夫をしたら彼らと肩を並べて戦って、勝つことができるって証明したいんです。
━━そこまでコンプレックスに感じているのであれば、正々堂々と勝つことや、自分も「ホンモノ」側になることは考えないのでしょうか。
今はこの勝ち方で、彼らに逆襲したいです。ニセモノでも、ホンモノの鼻を明かすことができるんだぞと証明したい。
━━自分の最大のコンプレックスが武器になるところが見たいのですね。そこまでしてなりたいものってなんなのでしょうか。
今の目標は「日本一面白い先生」になることです。
子どもが学校で過ごす時間は長くて、勉強もすぐに面白さが分かることではないから苦手意識を持たれることが多いですよね。だからこそ、子どもたちに面白く学んでもらって、明るく楽しい学校生活が送れるようサポートできる存在になりたいんです。
ただこれは尊敬してやまない先輩芸人から嫌がられています。その人は芸人一筋で頑張ってきて、素晴らしい功績をあげています。自分が血眼になって、それ以外のことを捨てて、やっと手に入れられたものに対して、僕は教師をやりながら片手間で挑み、あわよくば「売れたらいいな」という精神でやっているように感じられるからです。芸人も、教師も中途半端にいい加減にやっていると思われているんだと思います。
そう思われて当然なんですけど、僕はどっちかを選ぶなんてことできないんです。どっちも夢だし大切だから。僕ならそのどっちもの立場を生かすことができるんじゃないかと思って日々努力を積み重ねています。

楽屋A寄席 in 喜楽館
2026年3月22日(日) 18:30開場
https://tiget.net/events/446123

ライター紹介

後藤華子
サブカルと外食が生きがいのアラサー人妻ライター。
ライブハウスと居酒屋が実家です。
短所は好きなものの話になると、早口になるところ。