最近はずっとこたつでごろごろしています。
あったかいのって最高!
DEKIRU特派員、岐阜県担当の櫂矢真衣です。
皆さんは、通勤の行き帰りはどのようにお過ごしでしょうか?
イヤホンで音楽を聴いているでしょうか?
電車で本を読んでいるでしょうか?
それとも、満員電車でぎゅうぎゅうで、それどころではないでしょうか?
今回ご紹介するのは、明治から昭和初期にかけての農村出身の女性たちが、出稼ぎのために峠を越えた、通勤の様子が労働遺産に認定された、というお話です。その峠の名は「野麦峠」です。
多くの若い女性が厳しい寒さの中で越えた野麦峠

岐阜県高山市と長野県松本市の「あゝ野麦峠、殖産興業を支え近代化の礎となった製糸工女の故郷飛騨への道」が、日本労働ペンクラブが認定する「労働遺産」に認定され、1月13日に認定証交付式が行われました。
認定対象となったのは、製糸工女の峠越えの苦難を伝える石碑・石像や、野麦峠まつりです。

野麦峠まつりは、「野麦峠」の史実を現代に、特に子どもたちに伝える貴重な行事であり、労働遺産としてはじめての無形遺産となりました。

野麦峠まつりは、毎年5月の第4日曜日に松本市奈川地区と合同で開催されます。
工女に扮した地元のこどもたちが旧野麦街道を歩く「旧野麦街道糸引き工女行列」が行われ、当時の苦難を偲びます。
郷土芸能の披露や、地元の特産品を販売するバザーなども開催され、賑わいを見せるそうです。

野麦峠は岐阜県と長野県の県境にあり、標高は何と1,672メートル。高いですね。
当時、飛騨地方から信州へ出稼ぎに行くために、多くの若い女性が雪の野麦峠を越えました。製糸工場は3月に始まり、12月下旬に終わったため、行きも帰りも厳しい寒さの中での峠越えとなりました。
工女たちの峠越えは、やがて「あゝ野麦峠」として小説や映画で全国的に知られるようになるのです。
私たちの今の暮らしも、いつかは過去の出来事に
昔の、頑張った人たちにはとても頭が下がる思いです。彼女たちの労働の上にあの時代の産業があり、私たちの今の生活はその延長線上にあります。
労働遺産に認定された、ということですが、工場そのものではなく、工場と家を行き帰りするための峠にスポットが当たるのが、おもしろいですね。これは、小説や映画の、物語の力でしょうか。
いつか、私たちの暮らす今の時代も、語り継がれる過去の出来事になり、「昔は電車というものがあってね……」なんて話をすることになるかもしれません。すべては連綿と続いていくのです。
出典:PR TIMES