イントロダクション
HAPPY! 三度の飯より「本」と「ことば」が大好き、いっちーです!
今回取材するのは、大人気作家・音はつき先生!!
実は、いっちーがライト文芸にはまるきっかけになった作家さんなんです。
そんな憧れの先生にお話をうかがえるなんて……緊張と嬉しさで胸がいっぱいですが、全力で取材してきます!
それでは、さっそくいってみよ~!
音はつき先生プロフィール

埼玉県在住。2020年『未だ青い僕たちは』で作家デビュー。音楽プロデューサー*Lunaの楽曲「アトラクトライト」コラボ小説『僕が恋した、一瞬をきらめく君に。』や『大嫌いな世界にさよならを』(すべてスターツ出版)を刊行。他に、『恋はいつも、指先で紡がれる』(光文社文庫)など著作多数。チョコと猫が好き。
本を読むことについて
まさか、憧れの先生に取材できるなんて……光栄です! 本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします!
今回取材させていただく『最高な恋リアの作り方 #誰にでもヒミツはある』は、“綺麗事じゃない青春”がテーマであるアンチブルーから刊行された作品です。
そこでまず、音はつき先生がどんな青春時代を過ごされていたのか、お聞かせください!
中学校は公立の共学に通って、高校は女子高に通っていました。
女子高って聞くと「ドロドロしていたのかな?」って思うじゃないですか?
実は……まったくそんなことはなかったんです!
まさに、自分も、女子高といえば“ドロドロ”のイメージがあったので、驚きです!
そういうイメージありますよね~。
でも、少なくとも私の場合は、もめごとというもめごとは3年間一切なくて、むしろお互いを尊重しあう空気がありました。
クラスの中には、おしゃれが好きな子もいれば、アニメが好きな子もいたし、おしゃべりな子もいれば、静かな子もいましたね。
“違うから接しない”というわけじゃなくて、みんな仲良しでした。
私は、当時流行っていたドラマのマネをして遊んでいましたね。
紙飛行機を折って教室の窓から飛ばすシーンがあって、友達と「やってみよう!」って言って、本当に飛ばして先生に怒られていました。
まさに青春って感じのするエピソードですね!
スターツ出版文庫で出されている作品を拝読したのですが、作中では、いじめやカーストといったことを描かれていることもあるので、てっきり女子高での出来事が基になっているのかと思ってしまいました。
むしろ、公立の中学校のほうが大変でしたね。
だいたい、同性同士のもめごとって恋愛が絡む気がして。
当時、「同性同士しかいなければ、もめごともないかな~」と思って女子高を選んだんですけど、大正解でした!
そんな経験もあって、作品には中学・高校どちらも基にしている部分はありますが、人間関係は “憧れ”を書いていることも多いです。
憧れ、とは……?
たとえば、いっちーさんって男女の友情って信じますか?
ないとは言い切れないですが、自分の周りにはなかったですね。
そうですよね。私の作品では男女混合の4人のグループが出てくるのですが、彼彼女らが純粋な絆だけでつながっていく話って現実ではあまり聞かないじゃないですか。そういうところは少し憧れもあって書いていますね。
まさか、青春時代のお話からさっそく創作秘話が聞けるとは感激です!
次は本を読むことについての質問なのですが、最初に読んだ作品や、本を自分から進んで読むようになったきっかけはあったりしますか?
実は……とくにないんです。
え!
というのも、本当に小さい頃から身近に本があったんですよね。
絵本から入って、そこから児童書になって、文字が多い読み物へと移行していきました。
当たり前のように本が身近にあったので、これがきっかけ!というのはないですね。
生まれたころから自然と本が好きになっていく環境だったなんて、素敵です!
そのころ読んでいた作品はどういったものなんでしょう?
柏葉幸子さんの作品が大好きでした。
どれくらい大好きだったかと言うと、小学校のころから作家買いをしちゃうくらいです!
とくに『大おばさんの不思議なレシピ』という作品が大好きで、何十回も読んでいました。
小学生にして作家買い!? となると、
当時好きだったジャンルもあったりされるのでしょうか。
実はこれも特にないんです。読む本には制限も決まったジャンルもなくて、なんでも読んでいましたね。
というのも、そのころ、“本はすべて一緒”だと思っていたんです。
児童書や文字が中心の本だと、『ズッコケ三人組』や倉本由布先生の『きっとシリーズ』が好きでしたし、『コロボックル物語』や宮部みゆきさんの作品も母に薦められたのがきっかけで読んでいました。
いろんなジャンルの本をたくさん読まれていたとは……小さいころから無類の本好きだったんですね。
たしかに本は好きなんですが、ずっとそうというわけではないんです。たくさん読む時期と読まない時期があるんですよね。これは今でもそうで、「読みたいときに読めばいい!」というスタンスです。
書く上で影響を受けて読んだ作者や作品はありますか?
あります! 伊坂幸太郎さんです。何度も読み返すくらい好きなのですが、
どの作品のキャラクターも個性的で、読み直す理由もそのキャラクターに会いたいからだったりします。
特に『砂漠』の西嶋というキャラが大好きです。
伊坂幸太郎さん! いいですよね。自分もたくさん読みました!
『陽気なギャング』シリーズや、『オーファザー』『オーデュボンの祈り』などは自分もたまに読み返しています。
そうなんですね! 私は伊坂幸太郎さんの作品の中でもヒューマンドラマ部分が好きでよく読み返します。どちらかというとエンタメ作品よりは静かな作品のほうが好みです。
そうなんですね! 実は自分が一番好きな作品は『バイバイブラックバード』なんです。
あれもとっても静かで素敵な作品ですよね!
『バイバイブラックバード』! いいですよね~!
ちなみに、どういった点で影響を受けられたのでしょうか?
いち読者としても好きなのはもちろんなのですが、作品を書く上で影響を受けたのは“自由さ”ですね。自由に動き回るキャラクターにとても惹かれました。
作品を書くことについて
ここまでは音はつき先生の青春時代と、本を読むことについてうかがってきました。
ここからは作品を書くことについて、じっくりうかがっていきます!
まずは“音はつき”というペンネームの由来を教えてください!
これも、とくに深い意味はないんです! しいて言うなら「語呂や響きがいいかな」と思っています。
名前を決めるとき、“ウニ”もいいなと思っていたんですけど、それも響きがいいからと、当時の私が“ウニがキャベツを食べる動画”にはまっていたからなので、深い理由はないですね。
まさかの“ウニ”が候補だったとは驚きです! 結果“ウニ”ではなく、“音はつき”が選ばれたのにはどういった理由があるのでしょう?
誰もが読み書きできるような難しくないものにしようと思ったのと、三文字の名前がいいな、ひらがなが好きだから使いたいなと思ったからです。
確かに! 覚えやすいですよね。
もう一つ名前で面白い話がありまして、編集の皆さんは私のことを“音さん”って呼ぶんですけど、読者さんには“はつきさん”と呼ばれることが多いんですよね。
不思議ですね……編集の方は、なんとなく“音”が苗字ぽいから呼ばれているのではないかなと思うんですが、はつきさん呼びは本当に不思議です。
次は、はじめて物語を書いたときのことを教えてください。
初めて書いたのは小学5年生ですね。作文が得意だったのと本を読むのも好きだったので、書けるんじゃないかなと思ってやってみたんです。
わざわざ新しいノートを買ってきて、書いてみたものの、1ページの中に“翌朝”が5回くらい出てきまして。
そのときに「作文と物語を書くって全然違うな」「自分が物語を書くのは無理だな」って思ったんです。
ということもあって、実は私、小説家になるのが夢だって思ったことがないんですよね。
小学生のころに、筆をおき、小説家になることが夢だったわけではない。それでも今では素敵な作品を世にたくさん送り出しているのが不思議です!
いったい、どういった経緯があったのでしょう。
次に筆を取ったのは女子高時代です。生物の授業で“代理母について”のレポートを書くことになったんですが、形式は問わないとのことだったので、ちょっとした物語を書いてみたんです。
といっても、ファンタジーや空想の話ではなくて、“自分が結婚して子どもができなかったときに代理母を選択するかどうか”といった、実際の自分に限りなく近い物語です。
今思うと、それが人生で初めて、完成させた小説ですね。ワードで10枚くらい、1万字くらいの短編です。
1ページで無理だと思ってからの1万字! すごいですね……!
そのことがきっかけで書くようになったのでしょうか?
いえ、またそこからしばらく期間が空きます。
あるとき、私生活が忙しくて、自分を見失いそうになったことがありました。
「私はどんな人間で、何が好きで、どんなことに心を震わせるのか」――それがわからなくなってしまったんです。
そんな時、夜中にスマホを見ていたら、偶然ウェブ小説を見つけて読んでみて、ものすごく面白かったんですよ。
「こんな面白いものが無料で読めるなんて、すごい!」と思って、別の人の作品も読んでみたんですが……それは全く好みに合わなかったんです。
でも、その時に気づいたんです。
「ネットの世界って、みんな自由に自分を表現していい場所なんだ」って。
「好みに合わなかった」というとネガティブに感じられるかもしれないのですが、私にとっては「そんなに間口が広いなら、私も書いてみてもいいのかも」と思えるポジティブな感情でした。
それが、書き始めたきっかけです。
最初は3000字くらいの超短編みたいなものをたくさん書いていました。
でも、それを書くことで、自分を取り戻せたような感覚になれたんですよね。
そこから先生の素敵な作品たちが生まれていくわけですね……!
ぼくが先生の作品で好きなところが、“キャラクターが思っていることを必ず相手に伝え合うシーンがあること”です。
そういった作品へのこだわりや工夫がたくさんあると思うのですが、ぜひ教えてください。
“読者さんをなるべく置いてけぼりにしないようにすること”を心がけていますね。
その一つとして、物事の順番をきちんとしないといけないと思っています。
たとえば、喧嘩していた二人が次のページで何の脈絡もなく仲直りしていたら、変ですよね。
読者さんと一緒に進んでいける物語を書こうと意識した結果が、いっちーさんが好きなところとおっしゃってくださったキャラクター同士の対話につながっていると思います。
ありがとうございます。もうひとつ好きなところで“完全な悪役が登場しない”のがいいなと思いました。
自分が音はつき先生の作品で一番好きなのが『夜に溶けたいと願う君へ』なんですが。
今作では主人公の友人である彩華ちゃんや主人公のお母さんなど、嫌なキャラクターとして描かれていても、途中でちゃんとそのキャラクターを好きになるといいますか、なんかこの人も人間なんだなって許せる瞬間があるんです。そこも意識されているのでしょうか?

はい。おっしゃっる通り、完全な悪者にはしたくないなと思っています。それが人間ですし、作中で見えるところだけがその人のすべてではないので。
あと、私には10代の読者さんが多いんですが、かつての10代の方々にも読んでほしいと思っているんです。例えば私の作品と出会ったのは10代のときだけど、大きくなって読み返す、とか。親子で一緒に読んでほしいとも思っています。
そういうときに自分と同じ立場である母親が、ずっと悪者として描かれていたらあまり気持ちよくないですよね。
そんな優しい思いで書かれていたんですね!
かといってすべてが丸くきれいに収まるというわけではないのも、先生の作品の魅力です。
ちょっとしこりが残るというか、決してみんながみんな許したわけではないというか、それでもどの作品もラストには光を感じられて、うるっとくるんです。
ありがとうございます。ちなみに、彩華ちゃんは読者さんからも「この子だけは許せない」っていうお声があったのですが、あえて仲直りして元通りのいい子になるといった展開にはしないようにしています。
というのも主人公のように清らかな気持ちになりたいなと思う子もいれば、自分の嫌なところに似てるから気になるとか、そっちに感情移入してしまう子もいると思うんです。
なので完全な悪者で、成敗されて終わりという物語にはしたくないんです。
彩華ちゃんの人をうらやんでしまう気持ち、すごくわかるんですよね。だからこそ、もう一度登場してくれて、ちゃんと話をしてくれてうれしかったです。とくに二人で最後に話すシーンは悲しいのに美しくて……大好きなシーンです。
音はつき先生の作品のもう一つの特徴として、家族の話が多いなと感じました。
自分が読んできた青春の話だと、家族があまり登場しないか、登場しても、そこまで大きな役割を持っていないことが多いんです。
対して音はつき先生の作品はしっかりと家族を描かれています。
『夜に溶けたいと願う君へ』の後半、妹ばかり見ていて、主人公のことをお姉ちゃんとばかり呼んでいたお母さんが、騒動を経てしても、また「おねえちゃん」と呼びかけてしまうシーンや、
好きな男の子のお母さんが「妹も、お母さんもうちに連れてきなよ」と言ってくれるシーンなど、家族の描き方でもぐっとくるところがたくさんありました。
私は“家族が好き”という気持ちがあって、だからこそ物語の中でも、できればみんなが救われてほしいと思いながら書いています。
中高生が主人公になる場合、物語の舞台ってだいたい“学校・バイト先・家”、あとはその行き帰りにあるお店……と、選択肢がそこまで多くありません。
そんな中で10代の子は、良くも悪くも“家族”という存在から大きな影響を受けると思うんです。
だから家族の描写をきちんと積み重ねておかないと、物語の流れが飛んでしまったり、キャラの心情が地続きでなくなったりして、読者さんを置いてけぼりにしてしまうんですよね。
展開のために“良い親にしすぎる”のも違うし、“主人公にとっては嫌な親だったのに急に良い親へ変わる”という描き方もしっくりきません。
そのあたりを丁寧に描くことこそ、読者さんを置いてけぼりにしないために大事だと思っています。
こだわりをたくさん聞かせていただき、ありがとうございます。
いろんな思いを抱え、紡いできた物語がようやく本という形になったとき、どんな気持ちになられますか。
毎回、「本当に?」って気持ちになります。
びっくりするというか、夢見心地、不思議という感覚で、本当に出たのかなって思いますね。
やはり書店に行って確認されたりするのでしょうか?
はい。それで、本当に出てる!と思えますし、私はどの作品も我が子のように思っているので、本屋さんで自分の本を見かけたときは「いい読者さんに出会ってねー!」って心の中で声をかけちゃいます。
素敵な念を受け取った本が、素敵な読者と出会うのを、ぼくも願っています!
これまで様々な作品を書かれてきた音はつき先生。その中でも転機となった作品を教えてください!
スターツ出版さんで出した作品の中では、『大嫌いな世界にさよならを』と、今回インタビューしていただく『最高な恋リアの作り方 #誰にでもヒミツはある』が、自分にとっての転機になった作品です。
理由は、「自分でもこういう作品が描けるんだ」と思えたからです。

『大嫌いな世界にさよならを』は、ちょうど余命ものが流行っていた時期。
でも、私は余命ものを書くことに少し抵抗があったんです。
たとえ物語の中であっても、私は10代の子には亡くなってほしくないと思っているからです。
もちろん余命ものを読んで命の尊さを知るという側面もあります。
「そしたら私は命についてどんな物語が書けるんだろう」と考えました。
結果として、この作品ではじめて、自分が青春小説に対して抱いていた素直な気持ちを表現できたように思います。
青春小説に対して抱いていた“素直な気持ち”とは?
キラキラした青春や恋愛のときめき、両思いになる喜び、成長していく姿──そういった従来の良さを持ちながら、今作ではもう少し踏み込んだところにある、“生きるって何だろう”というところまで、自分なりに描くことができたと思っています。
そこを描けたことは自分が青春小説を書くうえで間違いなく転機でした。
もう一つ、描いていく中で、余命ものに対する自分の認識が変わっていく感覚もありました。
最初は、この作品の主人公の男の子と同じように、少しひねた見方をしていたんです。でも書き進めるうちに、うがった見方をしなくても、みんな一生懸命生きていて、表現していて、それはそれで素晴らしいことなんだな……と、主人公と一緒に気づいていけたんですよね。
そういった意味でも転機だったなと思っています。
ここまで作品のお話をたくさん聞かせていただきありがとうございます。
今後はどんな作品を書いていきたいですか?
これからも、読者さんに寄り添えるような作品を書いていきたいと思っています。
『大嫌いな世界にさよならを』のように、自分にとって転機となるような新しい挑戦をすることがあっても、“誰かの心に寄り添える作品であること”だけは変えずにいたいんです。
自分の書いたものが、誰かにとってそっと寄り添ってくれる存在になれたら──そんなふうに思っています。
『最高な恋リアの作り方 #誰にでもヒミツはある』について
ここまでは音はつき先生の青春時代、読むこと、書くことについてうかがってきました。
次はいよいよ、アンチブルーで出された『最高な恋リアの作り方 #誰にでもヒミツはある』についてくわしくお話をうかがっていきます!

あらすじ
大人気恋愛リアリティーショー番組『誰にでもヒミツはある』のシーズンXに参加した好感度抜群で多くの支持を集める10人の出演者。視聴者からの人気投票を勝ち抜き“最高のカップル”となるため、それぞれの思惑が動き出した最中、事件は起きる。ある出演者の重大なヒミツがSNS上で暴露されたのだ。途端に好感度が落ち、脱落してしまうことに。続々と暴露されていく参加者たちのヒミツと、崩れていく好感度。隠し通してきた嘘が明るみになった先に、何が残るのか。恋リア×アンチ青春ストーリー!
(Amazon.co.jpより引用)
ネタばれなし部分
まず、この作品はどういった経緯で始まったのでしょう。
編集さんから、「恋愛リアリティーショーはどうですか?」と言われたのが最初ですね。
もともと自分も恋愛リアリティーショーは好きでよく見ていたんですが、それまで見ていたのはどちらかというと大人向けのものだったので、10代に流行っている恋愛リアリティーショーを見ることにしました。
それまでは「恋愛リアリティーショーの小説は形にはならないんじゃないかなぁ」と思っていたんですが、その10代向けの恋愛リアリティーショーが面白くてハマっちゃって! 一気に観ちゃいましたね。
そこで私気づいたんです。「恋愛リアリティーショーって小説のお手本みたいだな」って。
恋愛リアリティーショーは小説のお手本!?
まず、それぞれの登場人物が、これまでどう生きてきたかや、どういう考え方をしているのかが、わかりやすく、個性となって出てくるところが似ているなって思います。
あとは、自分一人で考えただけでは知りえなかった人が出てくるのも近いなって思いますね。
見ている中でこういう子っているんだとか、こういう子がモテるんだとか、自分の中でキャラクターの造形が立体的になっていったりと、恋愛リアリティーショーは今作を書く上でとても参考になりました。
お話をうかがっていると、いきいきと書いていらっしゃる様子が目に浮かぶようです!
ただ、今作はアンチブルーということもあって、これまでスターツ出版で出された作品とは質感が大きく異なりますよね。
そうした“これまでとの作風の違い”を踏まえると、制作のうえで大変だったこともあったのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。
それが、とても楽しくて。むしろ、これまでの作品よりもすらすら書けました。
私が本来書きたいと思っているのは“人間の様々な感情”で、アンチブルーではまさにそこを描くことができたんです。
その世界観との相性がとても良かったので、これまでスターツ出版文庫で書いてきた作品よりも早く書き上げることができましたね。
スムーズに書き進められたとうかがって、正直少し驚きました。
というのも今作は、バラされてしまうヒミツやキャラクターの設定・関係性など、一筋縄ではいかない要素がたくさんありますよね。
制作の中で、どう工夫されていったのでしょうか?
書くこと自体は早かったと言いましたが、執筆に入る前の“設定づくり”には時間をかけましたね。
おっしゃるとおり、つじつま合わせや、登場人物同士の関係性も複雑なので、編集さんと一緒にホワイトボードに書き出しながら細かく整理していきました。
工夫で言いますと、例えば本来の映像で観る恋愛リアリティーショーではスタッフがいるのが普通なんですが、小説だとスタッフが出てくるとどうしてもノイズになってしまうんです。
なので今回は、スタッフを出さなくて済むように“配信型”の形式にして物語を組み立てていきました。
確かに、10人ものキャラクターに加えてスタッフまで登場すると、物語を進めるのは相当むずかしそうです。
あえてそこを削ることで、10人全員が魅力的なキャラクターになっているんですね……。
今作では、たくさんのキャラクターが“語り手”として入れ替わりながら登場する形式がとても印象的でした。
これまでの作品でも『死神先生』で語り手が4人というのが最大で、10人が語り手として動く作品は、ほかの作家さんでもなかなか見ないチャレンジだと思います。
こうした独特の構成は、どのように形づくられていったのでしょうか?
そうですね。10人を書くのはさすがに初めてだったので、まずは実在する人をモデルにしながら、ひとりひとりのイメージを固めていきました。
語り手が10人いると、一人に使える文字数はだいたい1万字ほど。その限られた中でキャラクターをしっかり立たせて、さらに“秘密をバラす流れ”を入れる必要があるので、そこはかなり気を使いましたね。
入念な準備があったからこそ、すらすら書けた部分もあったのですね。
ほかにも制作で挑戦されたところがあれば教えてください。
プロフィールページやSNSの投稿を模したページもチャレンジでしたね。
それから、これは余談なんですが……本の冒頭にある10人のプロフィールの文字は、編集部の方が直筆で書いてくださっているんです。
ちなみに遥の文字は私の直筆なんですよ!
直筆風のフォントなのかな、と思っていたのですが……まさかの編集部の方と音はつき先生ご本人のものだったとは!
読者の方に「ここを読んでほしい!」と思うポイントや、思い入れのあるエピソードがあれば教えてください。
私はバッハとチサのエピソードが好きです。
読んでほしいポイントはたくさんあります! 今作は伏線や、気づいたら「おっ!」となるポイントを散りばめているので、何度か読み返してみてもらえるとうれしいです。
例えば一つだけ挙げると、拓真のプロフィールの付き合った人数。ここが一人になっているんですよね。
拓真のヒミツを知ったうえであらためてここを見ると、え! となるような作りになっていたりします。
ほかにもたくさんあるので、ぜひ探してみてください!
今作は“転機になった作品”でも挙げていらっしゃいましたが、作家活動にはどんな変化があったのでしょうか?
『大嫌いな世界にさよならを』と同じく、これまでの作品とは違う作風に挑めたことですね。
「自分はこういうものも書けるんだ」と実感できましたし、「今後こういう作品も書いていけるんだ」と思えた意味でも、とても大きな転機でした。
またアンチブルーで作品を書いてみたいです。
ネタばれあり部分
さて、ここまでは未読の読者の方に向けた質問でしたが、ここからは既に作品を読んでくださった方に向けた内容になります。
ネタバレを多く含むため、まだ読んでいない方は読み終えてからこの記事を読んでいただくのをおすすめします。
ネタバレ注意!(クリックしてお読みください)
今作の面白い要素の一つが、“物語の語り手がその回の脱落者”という構成です。
読み進めながら、「途中でこの法則を外してくるのかな」と思っていたのですが、最後まで一貫して語り手が脱落者でした。
ある種のネタバレにもなりかねない仕掛けだと思うのですが、あえてこの語り方にされたのは、どうしてなのでしょうか?
今作のメインは、“誰が脱落するか”という考察や、SNSに参加者のヒミツを暴露している犯人探しではなく、あくまで“ヒューマンドラマ”なんです。
だから、語り手が脱落者だとバレること自体はまったく問題なくて、むしろ“脱落する人”だとわかっているからこそ、その人の生きざまがより見えてくると思っています。その人の視点でしか書けないこともたくさんありますしね。
ただ、目次に名前を載せてしまうと、さすがに最後に誰が残るのかがわかってしまうので、そこには書いていません。
章が変わるたびに章タイトルで名前が出るようにして、“その回の語り手が誰なのか”がそこでわかる仕組みにしています。
本当ですね! 目次には誰が語り手か載っていないことに言われて初めて気づきました!
ミステリーではなくあくまでヒューマンドラマというところも本家の恋愛リアリティーショーとも通ずるところがあります。
もう一つとても面白いと思ったのが、この小説の“読書体験の構造”です。
ぼくたちは恋愛リアリティーショーの物語を読みつつ、その番組を見ている視聴者の反応も同時に読むことになりますよね。
恋愛リアリティーショーのページでは、本当に番組を見ているように「この人ひどいな」「誰と誰がくっつくんだろう」と考えながら読み進めていって、
SNSで誹謗中傷されているページが出てくると、「なんでこんなひどいことを書けるんだろう」と他人事のように感じてしまう。
でも、ふと“そうやって読み物として楽しんでいる自分”にも矛盾があるんじゃないかと気づいて、ゾッとしたんです。
他人事として読んでいること自体、ある意味では“誹謗中傷する人たち”と地続きなのかもしれない、と。
こうした“二重の視点”を描く構造は、やはり意図的に仕掛けられたものなのでしょうか?
意図して作ったわけではないんですが、そう受け取ってもらえたのはすごくうれしいです。
というのも、今作の裏テーマが“対岸の火事”なんですよね。
近くにいるのに他人事みたいに感じてしまうこと。
関わっているのに、関わっていないふりをしてしまうこと。
そういう“距離感”を多角的に描けたらと思っていて。
いっちーさんが感じられた、自分も当事者なのかもしれない、と気づいたときのゾッとする感覚──。
そういう感情も含めて、何か心に残るものがあればいいなと思っていました。
“対岸の火事” その言葉を聞いて、一気に腑に落ちました!
その話で近い部分で言うと、読者さんからいただいた感想でとても面白いものがあったんです。
「読んでいるとき、私も参加していた」という声で、今作は本当にいろんな読み方ができるんだなと感じました。
いっちーさんのように“視聴者”として読む人もいれば、“参加者”として作品の中に入り込んで読む人もいる。
さらに、すべてを俯瞰して読む人もいて──。
読む人によって視点がまったく違ってくるところが、今作のおもしろさだと思います。
自分は今作を読む中で、いつのまにか「この人は最低だ」「この人は絶対腹黒だ」と決めつけながら読んでいました。
でも実際はそうじゃなかったんです。思っていたキャラクター像とは違う一面が、語り手の章になってはじめて見えてきて、気づいたら嫌いだったはずが、好きになってしまうこともありました。
今作では、そうやって人間が多角的に描かれているからこそ、“決めつけていた自分”にも途中で気づかされてゾッとしましたね。
どのキャラクターに感情移入したか、逆に受け入れられないと思ったか──そこで読後の印象もまったく変わってくるので、今作は読書会でも盛り上がりそうだなと感じました!
今作について最後にお聞きしたいのが、やはりラストシーンです。
全員が黒いヒミツを暴かれ、炎上し、社会で生きていくのが大変になったはずなのに──どこか重荷を下ろしたような、自由になったような、希望すら感じるラストがとても印象的でした。
この“希望を感じるラスト”も、あえてなのでしょうか?
ほかのアンチブルー作品には、“救いが見えるようなエンディング”が多いんです。
でも今作は、人によっては希望にも見えるし、絶望にも見えるような終わり方にあえてしています。
単純に言えば、おっしゃるとおり彼らの人生は真っ暗で、絶望といえば絶望なんですよね。
けれどもっと深く考えると、恋愛リアリティーショーは作りものではあるけれど、その中で芽生えた絆や揺れ動いた感情は嘘じゃない。
そういう “かすかな光” をひとつずつ持ちながら、集めながら、たどりながら、彼らは再生していけるんじゃないかなと思うんです。
物語が終わったあとも、彼・彼女らの人生は続いていきます。
死んでしまいたいくらいの地獄にいても、どこかに光が残っている──そんなラストにしたかったんです。
ラストで、参加者全員が会場に集まる中、遥だけが来ないというのも印象的でした。
いちばんひどいことをしていたので、来られないのは当然なのかもしれませんが、『夜に溶けたいと願う君へ』の彩華やお母さんと同じように、どこか嫌いになれないんですよね……。
遥も“完全な悪役”にはしたくなかったんです。彼女は、誰しもが持っている“見せたくない部分”をいちばん強く出してしまっているキャラクターなので、受け入れがたいと感じる人も多いと思います。でも、受け入れがたいと思った人ほど、実は似ていたりもするんです。
こうはなりたくない、でもどこか“わかってしまう”。
そういう存在として描いていたので、受け取ってもらえてうれしいです!
メッセージ
ここまでいろいろなお話を聞かせてくださって、本当にありがとうございました。
作品の中にある思いや温度を知れて、もっとこの物語が好きになりました。
最後に、二つだけお聞きしたいことがあります。
まず、音はつきさんにとって「本」とは?
“人生”ですね。
それは、私にとって“自分のアイデンティティでもあり、表現するもの”という意味もありますし、この本の中にも登場人物たちの人生がぎゅっと詰まっているからです。
先ほどのお話にもつながりますが、読者さんによって感じ方が違うのは、それぞれが歩んできた人生が違うからなんだと思うんです。
読んでいる中で、自分の人生をちょっと考えたり、振り返ったり、過去の思い出がふっとよみがえったり……。
そんないろんな意味も込めて、“本は人生”です。
最後に、これから“本に挑戦する人たち”へ、メッセージをお願いします。
まずは、何でもやってみること。
人生は一度きりです。「自分はこうだから、これをやらなきゃいけない」と決めつけてしまうのは、もったいないと思うんです。
私自身、小説家になろうと思っていたわけじゃありません。でもやってみたらなれましたし、今後も、いきなり別の仕事を始めるかもしれない。
もしかしたら「オリンピックを目指す!」なんて言い出す可能性だってあります。
でも、それでいいんです。
やってみたいと思ったことがあるなら、どんどん挑戦してほしい。
失敗することもあるかもしれません。でも、“やめなければ終わりじゃない”。
だからこそ――
「やってみたい!」と思ったら、やってみましょう。
本について挑戦する人はプロかどうか関係なく、みんな仲間だと私は思っています! 一緒に挑戦しましょう!
SNSリンクなど
音はつき先生
■lit.link
https://lit.link/otohatsuki
スターツ出版文庫
スターツ出版文庫は12月に創刊10周年を迎えました。
■スターツ出版文庫10周年特設サイト
https://novema.jp/article/starts/10th
■スターツ出版文庫公式X
https://x.com/stabunko1
■アンチブルー公式X
https://x.com/Antiblue_25
音はつき先生の著作(スターツ出版文庫)







