不安に向き合う想像力を可視化したい ― 鉾井喬インタビュー

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不安に向き合う想像力を可視化したい ― 鉾井喬インタビュー

学生時代は鳥人間コンテストの飛行パイロットとして活動し、その後は東日本大震災の津波を空撮した唯一の映像カメラマンとして知られる鉾井喬(ほこいたかし)。不可視の力が人間の行動や認識を大きく左右する現実に向き合ってきた彼は、自然エネルギーという見えない存在を主題に作品を制作している。福島での実践、そしてアイスランドでの制作を経て、今回「Windgraph(ウィンドグラフ)」というオリジナルのカメラで、京都で行われている国際写真展、KG+に参加している。

黄色い旗が目標のKG+、普通の住宅のような展覧会場Baexong Artsの入口

京都・KG+について

今年14回目を迎える京都の町中をつかった国際写真展「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」(略称KG)とKG+。KG+は、京都市内に点在する黄色い旗が目印となり、現在では春から初夏の京都の風物詩となっています。

− 鉾井さんは普段は福島と東京を拠点にされていて、関西での写真の展示は初めてと聞きましたが、KG+に参加した経緯を教えてください。

関西で写真の展示や個展をするのは今回が初めてになります。インスタレーションでの参加は六甲ミーツアートがあります。今回、KG+に参加したのは、自分が行っている「不可視の風を可視化する」という試みをアイスランドで行い、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」という写真の祭典にて、写真技法を用いて表現したかったからです。また京都という今まで展示したことのない場所であらためて見せてみたいと思ったのがきっかけです。

鉾井喬

KG+ディスカバリーアワード受賞について

− 今回、KG+ディスカバリーアワードも受賞されました。おめでとうございます。

ありがとうございます。素直にすごく嬉しいです。今まで賞をもらう機会が少なく、このような評価は励みになります。これから先に進むための後押しをもらった感覚があります。副賞で協賛の富士フィルムさんから来年の個展会場とサポートを頂けるのも励みになります。

それに、今回アイスランドの作品を京都で展示したことへの意味も感じています。自分にとって現実の出来事や社会と向き合い続けてきた福島と、自然そのものと向き合う制作現場のアイスランド、それらを京都という歴史のある土地、また写真の祭典という文脈に置くことでされた評価を、アワードという形にして頂けたのが嬉しいですね。

見えないものにどう向き合うかという態度を共有する、不確実なものや理解しきれないものに対して、想像力を持って関わる。そのきっかけを、この展示を通して少しでも提示できたらいいなと思っています。

− なぜ風をテーマにしようと思ったのですか?

風をテーマにしたきっかけは、筑波大学時代に所属していた鳥人間サークルです。琵琶湖を飛ぶ「鳥人間コンテスト」に向けて人力飛行機を作っていて、3年生の時にパイロットを務めました。そこで、試験飛行時から人が感じないほどわずかな風でも機体が大きく流されたり、着陸直前に突然浮き上がったりと、見えない風に翻弄される経験をしたんです。

その体験が原点となって、風を視覚化する表現に関心を持つようになりました。本番では目標3000mに対して289.55mしか飛べず、とても悔しい思いをしたのですが、その感覚も含めて、今も風という存在に強く惹かれ続けている気がします。

鉾井さんが考案した風見鶏のように動くピンホールカメラ「Windgraph(ウィンドグラフ)」

Windgraphについて

− 「Windgraph」は、Wind(風)とgraph(図表)を掛け合わせた造語です。鉾井さんが作ったオリジナルの撮影技法だと聞きました。

《Windgraph》は、風上の光を捉え、その痕跡をフィルムに残すための自作カメラです。風見鶏のように風上に向く三脚の上にピンホールカメラを設置し、8分19秒間露光します。この時間は、太陽で生まれた光が地球に届くまでの時間に対応しています。カメラはそのあいだ、風上から届く光を捉え続け、フィルムには風の存在が光の痕跡として蓄積されていきます。

今回展示している作品は、ポーラ美術振興財団の在外研修でアイスランドに滞在していた際に撮影したものです。アイスランドは、大西洋に浮かぶ風の強い孤島で、「5分ごとに天気が変わるので傘はいらない」と言われるほど気候が変化します。そうした風と共に暮らす土地で1年間撮影を行いました。

− フィルムや銀塩プリントといったアナログなプロセスにこだわる理由を教えてください。

フィルムや銀塩プリントにこだわっているのは、光を「情報の再現」ではなく、実際の現象として扱いたいからです。風を可視化するというコンセプトにおいて、このプロセスはとても重要だと考えています。デジタルでは、一度光が数値化された情報に変換されますが、フィルムでは光そのものが直接的な痕跡として残ります。

その痕跡を可視化することで、風や光といったエネルギーを、できるだけそのままの形で捉えたいと思っています。結果として、そのアナログなプロセス自体が、不可視のものを理解するための一つの方法になっていると感じています。

アイスランドの首都レイキャビクの風を可視化した、鉾井喬《Windgraph -Iceland Reykjavik seacoast-》2025

震災と原発事故の経験と不可視性

− 鉾井さんは、大学を出て社会人として社会と関わった時に、東日本大震災の津波を撮影したと聞きました。

先ほどお話したように、学生時代に人力飛行機のパイロットを経験し、ほんのわずかな風でも機体が大きく影響を受けることに驚きました。目には見えないけれど確実に作用する「風」という存在に強く惹かれ、そこから風をモチーフに制作を始めました。

その後、2010年に東京藝術大学大学院を修了後、NHKにカメラマンとして就職し福島に配属されました。東日本大震災では、仙台平野に押し寄せる津波をヘリコプターから中継で撮影し、その後も福島で取材を続ける中で原発事故を経験しました。あのときは、目の前で起きていることの理解が追いつかず、とにかくカメラを操作し続けることだけに集中していました。人が無事でいてほしいと願いながら、ただ映像を撮り続けていた感覚です。

後になって、自分が撮影した映像が世界中で放送されたことを知り、報道の役割の大きさを実感しました。一方で、現地での取材を続ける中で強い無力感も抱くようになりました。これほどの被害を前に、自分の映像にどんな意味があったのか、カメラマンとして他にできることがあったのではないか、という問いが今も残っています。

そして、震災の翌日に福島県の沿岸部を取材していた時に、原発事故が起きます。混乱の中、その時はじめて自分が関東で日常的に使っていたエネルギーが、福島や新潟で作られていたことを強く意識したんです。生活に欠かせないエネルギーが、どこでどのように生み出されているのかを知らないまま生きてきたことに衝撃を受けました。その経験をきっかけに、近年は風をモチーフに、自然とエネルギー、人との関係性を問いかけるインスタレーションや彫刻作品も制作しています。

6月30日まで開催中の福島の芸術祭「アラフドアートアゲイン2026」でも風をモチーフに自然と人工を対峙させる作品を展示中。この展示は2013年に震災後に初めて福島市内で開かれた芸術祭「土湯アラフドアートアニュアル」を13年ぶりに再開させるという芸術祭である。

− 鉾井さんがいう「不可視の存在」についてもう少し教えてください。

風などの不可視な存在を可視化することは、何かを直接説明するよりも、あのとき自分が感じた「理解しきれない状況」や「見えないものに左右される感覚」に、作品でどう向き合うのかを問い続ける行為だと思っています。

その過程で、見えないものが人の認識や行動にどのような影響を与えているのかを考えるようになり、現在の制作につながっていきました。風は、全体の動きや変化を完全に把握することができない、不確実で不可視な存在です。それは戦争や災害のように、人に不安を与える出来事ともどこか共通した構造を持っていると感じています。

だからこそ、自分にとって風を扱うことは、単なる自然現象の表現ではなく、見えないものとどう向き合うかを考える行為でもあります。風を可視化する試みも、何かを説明するためではなく、見えない不安や期待に対して、想像力をもって向き合うきっかけをつくるものだと思っています。

KG+参加の「鉾井喬 Takashi Hokoi 《風を望む Windgraph Iceland》」展示風景

− インタビューありがとうございました。

福島での震災経験、そしてアイスランドという過酷な自然環境での制作を経て、鉾井喬の関心は一貫して「見えないもの」に向けられている。風や光という不可視の存在を写真として捉える試みは、単なる自然現象の記録ではなく、人間の認識や行動を左右する力への問いでもある。

KG+という写真祭、京都の文脈の中で発表されることで、それらの経験は別の角度から立ち上がる。社会と自然、それぞれの現場で向き合ってきた不可視の力は、鑑賞者にとってもまた、自らの内側にある不安や期待と重なり合うだろう。

可視化とは、ただ見えるようにすることではなく、向き合うための契機である。《Windgraph》は、見えないものと共に生きるための想像力を、私たちに静かに問いかけているようだ。KG+は5月17日まで開催中。

ベクソンアーツ東山
〒606-8352 京都府京都市左京区北門前町485
Open: 4.23 Thu.–5.17 Sun. Closed: Mon. Tue. Wed. 13:00 – 18:00
入場無料 | Free

https://kgplus.kyotographie.jp/exhibitions/2026/takashi-hokoi/

福島県で開催されている芸術祭にも参加中

アラフドアートアゲイン ARAFUDO ART AGAIN 2026 風に舞う歴史の天使
会期:2026年4月10日(金) 〜 6月30日(火)
全81日間
会場:福島県 福島市 土湯温泉町 各所

お問い合わせ:
福島県福島市土湯温泉町字下ノ町22-1
つちゆ芸術万華郷実行委員会
https://arafudo.net/

ライター紹介

ユミソン
京都・東京が拠点のアーティスト/キュレーター/ライター。インスタレーションをはじめとする現代美術作品を手掛け、社会や空間との関係を問い直す表現を追求している。企画・ワークショップ・展覧会のキュレーションも行い、多様な文脈でアートの可能性を探る実践を続けている。

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