ご縁を大切に、出会った人を応援し続けたい。
元気と明るさで人をつなぐ、“サポーター型”人事として発信しています、杉浦綾です。
今回は、ソフトボール日本代表として活躍されながら、車椅子ソフトボールの普及にも力を入れている髙山樹里さんにお話を伺いました。
スポーツの価値とは何か。
「勝つこと」だけではない、その先にあるものを感じる時間となりました。
プロフィール
髙山樹里(JURI TAKAYAMA)

1976年10月21日 神奈川県出身。小学校1年からソフトボールを始め、名門・埼玉栄高等学校(埼玉)3年時には国体で優勝、その後、日本体育大学から(株)豊田自動織機と進み、共にエースとしてチームの勝利に貢献。また、数々の国際大会に出場し、アトランタ(4位)、シドニー(銀)、アテネ(銅) と3大会出場を果たす。得意のライズボールを武器に五輪通算8勝。2009年7月ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟の要請でバンクーバー五輪出場を目指すもセレクションで落選。その後スケルトンに転向し冬季五輪を目指した。現在は車椅子ソフトボールの普及、各地でソフトボール教室を行っている。2017年東海地区で車椅子ソフトボールチームを設立。現在顧問を務めている。
【現職】代表理事・会長のみ記載
一般社団法人日本車椅子ソフトボール協会 会長
トータル・オリンピック・レディス会 会長
一般社団法人Japan Natural Luge Athlete Club 代表理事
東海UNITED DRAGONS(車椅子ソフトボールチーム) 顧問
【競技歴:ソフトボール】五輪・世界選手権のみ
1995 世界ジュニア選手権大会 2位
1996 アトランタオリンピック 4位
1998 世界選手権大会 3位
2000 シドニーオリンピック 2位
2002 世界選手権大会 2位
2004 アテネオリンピック 3位
2006 世界選手権大会 2位
【ナチュラルリュージュ】*スイス代表
2022-23 世界選手権大会1人乗り 17位
世界選手権大会 チームリレー 7位
印象に残った言葉「『優しい世界だな』と思ったんです」
今回のインタビューで、最初に印象に残った言葉があります。
優しい世界だなと思ったんです。
車椅子ソフトボールは、健常者も障害者も同じフィールドに立ち、同じルールでプレーするスポーツです。
特別なことではなく、自然に一緒にプレーする。
助け合うことも、支え合うことも“当たり前”の空間。
誰もがヒーローになれるんですよ
その言葉の通り、そこには“役割がある安心感”と“認められる喜び”がありました。

競技との出会いは、偶然から
髙山さんが車椅子ソフトボールに出会ったのは、冬季競技の合宿先の大学でした。
大学の同窓会会長から声をかけられたことがきっかけで関わるようになり、競技の魅力に惹かれていきます。
日本での始まりは北海道。
アメリカから持ち帰られた情報をもとに広がり、やがて北九州へと伝播していきました。
現在では、全国各地へと普及が進んでいます。
広がっているようで、広がりきらない理由

お話の中で見えてきたのは、少し意外な現状でした。
地域では活発に活動されている一方で、全国大会への参加には以下のようなハードルがあります。
- 距離の問題
- 移動コスト
- 人的リソース
その結果、
地元では盛り上がるけれど、全国ではつながりきらない。
というギャップが生まれていました。
髙山さんはこう語ります。
次は、全国でつながるフェーズにいきたいですね
その言葉に、これからの可能性を感じました。
続く理由は、とてもシンプル
競技の入り口はとても身近です。
- 誘われて体験してみる
- イベントに参加してみる
そして気づけば、続いている。
その理由は――
楽しいからなんですよね。
さらに印象的だったのは、家族での参加が多いこと。
- 親子で一緒にプレー
- 子どもがそのまま成長して継続
- 家族の関係性が良くなる
スポーツが「つながり」を生み、「継続」につながっていると感じました。
“理解する”ではなく、“自然に関わる”

この競技が持つ価値は、競技そのものだけではありません。
参加する子どもたちは、特別な教育を受けなくても
- 困っている人に自然と手を差し伸べる
- 車椅子の人と当たり前に接する
そんな姿に変わっていきます。
気づいたら、自然にできるようになっているんです。
それは“理解しよう”とするのではなく、“一緒にいるから当たり前になる”という変化でした。
まだ整っていないからこそ、おもしろい
現在の車椅子ソフトボールは、まだ発展途中の競技です。
- クラス分けは暫定的
- ルールも柔軟に運用
- 国際基準はこれから整備
だからこそ、髙山さんがおっしゃるように
まずは広げることが大事
というスタンスで進められています。 整っていないことは、弱みではなく、可能性そのものなのかもしれません。
パラリンピックという、その先へ
車椅子ソフトボール現在、日本とアメリカが中心となって広がっていますが、ヨーロッパではまだ普及が進んでいません。
パラリンピック競技になるためには、
- 参加国の増加
- 国際組織の整備
が必要です。
地域ごとに役割を持って広げていく必要があります。
髙山さんのその言葉に、長期的な視点での挑戦を感じました。
「舞台をつくる側」でありたい
自分が舞台をもらったから、今度はつくる側になりたい。
もともとは福祉への想いを持ちながら、スポーツの現場に関わる中でその考えは変化していったようです。
与えられた側から、つくる側へ。
その転換が、今の活動の原点になっているとのこと。髙山さんのお話を聞いているなかで、とても心に残りました。
スポーツは、人をつくる
髙山さんは、スポーツの本質についてこう語ります。
- 一人ではできないからこそ意味がある
- 規律がチームを強くする
- 人間性がすべての土台になる
一方で、
- 勝利至上主義
- 若手の主体性の低下
- 指導の難しさ
といった現代の課題にも向き合っています。
最後は、自分で判断する力が大事。
その言葉が、スポーツの本質を捉えているように感じました。
雇用という視点から見た課題

髙山さんとのお話は、スポーツの枠を超えて「働き方」にも及びました。
現在の障害者雇用やアスリート雇用について、
- 形式的な在籍
- 実務が伴わない配置
に違和感を感じているといいます。
ちゃんと力を活かせる環境が必要だと思います。
- リモートワーク
- スキルを活かした業務
- やりがいのある役割
“戦力として活躍する”環境づくりの重要性を強く感じました。
編集後記
今回のお話を通じて感じたのは、車椅子ソフトボールは“スポーツ”でありながら、それ以上の価値を持っているということです。
それは、
- 人と人が自然につながる場所
- 誰もが役割を持てる環境
- 人生を豊かにするきっかけ
瀬戸代表のお話にもあったように、「スポーツのその先」に価値があるとすれば、この競技もまさにその一つだと感じました。
“できる”を増やすのは、環境であり、人である。
そんなことを改めて考えさせていただいた時間でした。