企業公式アカウントの「中の人」と聞いて、誰を思い浮かべますか?
もしあなたがX(旧Twitter)を日常的に使っているなら、一度はこの「馬」を見たことがあるはず。
わかさ生活のX担当者として企業の枠を飛び越えた自由な発信で人気を博し、企業公式ランキング1位を獲得。フォロワー数は9,900人から約17万人へ急増し、2年連続で年間3億インプレッションという驚異的な数字を叩き出しました。
在職期間のメディア露出は60本以上。世界トレンド入りを含む計6度のトレンド入りの実現など、まさに企業SNS界に風穴を開けた存在です。
そんな彼が2025年、IT大手のGMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社(以下、GMOグローバルサイン・HD)へ「馬のキャラクターのまま」転職するという、前代未聞のニュースが駆け巡りました。GMOグローバルサイン・HDといえば、オンライン上の身元証明機関である電子認証局をグローバルに展開し、電子契約サービスでNo.1シェア(※)を誇る、いわばBtoBの堅実なビジネスを展開する企業。
「堅いBtoBの世界で、あのスタイルが通用するのか?」 そんな外野の心配をよそに、彼は新天地でも異例のスタートダッシュを決めていました。転職からわずか2週間で730万インプレッションを叩き出し、年間インプレッションは昨対比200%を達成(3月〜11月の8ヶ月間の数値)。さらに外部登壇2本、メディア掲載10本を実現するなど、その勢いは留まるところを知りません。
なぜ彼はエンタメ性の高いBtoCの世界から堅実なBtoBの世界へ、しかも「馬」のまま環境を変えたのか。そしてあのふざけた(ように見える)馬の被り物の下で、一体何を考えていたのか。
取材で見えてきたのはSNS上の華やかな顔ではなく、「ネガティブ」で「負けず嫌い」、そして驚くほど「計算高い」一人の若きマーケターの姿でした。
(※…電子署名法に基づく電子署名およびタイムスタンプが付与された契約の累計送信件数(タイムスタンプのみの契約を除く。主な立会人型電子署名サービスが対象)GMOリサーチ&AI株式会社調べ(2024年12月))
実はネガティブ、でもそれが強み
―― 本日はよろしくお願いします。これだけの成果を出されているので、性格的にアグレッシブでメンタルの強い方なのだろうなと思ってました。
ウマ氏(以下、ウマ): いえ、真逆ですね。根本はすごく繊細で傷つきやすいし、ネガティブです。これは子供の頃から変わっていません。
でもSNSを運営するうえでは、この「ネガティブさ」こそが最大の強みだと思っています。
―― それはどうして?
ウマ: ネガティブだからこそ、投稿する前に「これで炎上しないか?」「誰かがイヤな思いをしないか」を真剣に考えるんです。自然と最悪のケースを想定して、リスクヘッジの線を引くことができる。
「馬の被り物」という派手な見た目のせいで、第三者からは「ギリギリを攻めてますね〜」なんて言われることもあります。どう見えてるか分からないですけど、炎上しないために裏ではかなり策を練ってきたっていう自負があります。
―― あの「馬の被り物」も単なるウケ狙いではない感じがします。
ウマ: もちろんインパクト重視というのもありましたが、あれも実は計算なんです。
運用を始めて3ヶ月頃、最初はぬいぐるみの写真を使って投稿していたんですが、「ぬいぐるみは動きがない」ってことに限界を感じていました。
もっと表現の幅を広げたい、ネタに困りたくない。でも、周りの同僚の時間を奪って撮影に協力してもらうのも申し訳ない。じゃあ、自分自身が被写体になればいいんじゃないかと。そうすれば、
1.投稿の幅がぐっと広がる
2.投稿者が見えるぶん、親近感を持ってもらいやすい
3.周りの人の時間も奪わないで済む
という、一石二鳥どころか三鳥くらいの効果があると考えました。
―― とても合理的ですね。
ウマ: プラス「新卒社員」という属性を最大限利用したかったんです。
そのころ新卒1年目で企業のSNSを運用しているっていうケース自体が珍しかった。で、社会人なら誰もが通る「新卒」という立場は共感を得やすいし、親御さん世代なら自分の子供と重ねて応援したくなる。さらに学生にとっては一番年が近い存在。
つまり「新卒の子が頑張っている」という姿を見せれば、共感してくれる人が増えやすいのではないかと思いました。自分の強みを前面に出しつつ、さまざまなリスクも回避するために、被り物を選択しました。
―― 被り物にもいろいろありますよね。なぜ「馬」だったんですか?
ウマ: 当初企業ロゴやブルブルくんの顔を被ろうと思ったのですが、それだとあまりに普通だなと思って…
なんとなく被り物を検索した時に一番インパクトがあった馬にしようと思いました。最近では一番馬(ば)えていたからと答えるようにしてます(笑)
── 最近は同じように動物の被り物を使う企業も増えていますよね。
ウマ: 時々見かけますが、被るだけで伸びるという簡単な話ではないと思っています。再現できるのはあくまで表層で、リスクも増える。本当に大事なのはそこに至るまでの設計や覚悟の部分になるのかなと思いますね。
── その徹底した戦略性は、どこから来ているんでしょう。
ウマ: 「負けず嫌い」だからだと思います。他社に負けたくない、企業アカウントで1番になりたいっていう気持ちがとにかく強くありました。
わかさ生活の公式アカウントを入社3ヶ月で任せていただいてからは、特に会社に言われたわけでもないのに、プライベートの時間も勝手にSNSに触れていました。 仕事というより攻略したいゲームに没頭する感覚に近かったかも知れません。
行き帰りの電車でも「どうしたら多くの人に見てもらえるだろう」と、人目をはばからず関連書籍を読み漁っていました。
入社3年目の頃の自分のデスクを撮った写真があるんですが、パソコンの横にSNSや広報、マーケティングの専門書がずらっと並んでて付箋だらけ。今見るとすごい必死感のあるデスクなんですけど……(笑)

入社試験で社長の名前を……
―― 少し時間をさかのぼらせてください。そもそも、わかさ生活にはどういった経緯で入社されたんですか?
ウマ: 実は僕、就活では正直だいぶ苦戦していたんです。
もともと「好きなことで楽しく仕事したい」って思いが強くて。そのころ美容室専売のヘアケア製品にハマってたんですけど、そういうメーカーだけに絞って就活していました。
でも業界自体が狭いこともあって、志望していた会社にはすべて落ちてしまって。9月になっても内定ゼロ状態でした。
―― それは焦りますね。そこからどうやってわかさ生活へ?
ウマ: WEB上でわかさ生活の新卒説明会を見つけたのがきっかけです。ただ、そこでもやらかしまして……。
説明会の直後に、想定していなかった小テストがいきなりあったんです。「わかさ生活の社長の名前は?」という問題が出てきて。
その何十分か前にスライドで見たはずなのに、どうしても思い出せなくて。必死に記憶をたどって書いたのが「角田社長」。正解は「角谷社長」なんですけど。
―― やっちゃいましたね。
ウマ: ですよね。社長の名前すら間違えたのにその後の選考に進ませていただけたのは、今思い返しても本当に奇跡的でありがたかったなと思います。
そんな経緯で入った会社だったので、改めて「自分はここで何をやりたいのか」を必死に考えました。
ヘアケアという当初の軸は外れてしまいましたが、「自分がおすすめしたいものを広める、楽しい仕事がしたい」という根本の想いは残っていて。
だったら、「ブルブルアイアイ♪」というユニークなCMを流しているわかさ生活なら、SNSをうまく使えば絶対に楽しい仕事ができるはずだ、と。
―― そこでSNS担当を志願したわけですね。
ウマ: はい。面接では「広報をやりたい、特にTwitter(現X)を担当したい」とアピールし続けました。
「SNSの運用がやりたい」と自分から具体的に要望を出してくる学生自体が少なかったみたいで。当時の人事の方々の間では「Twitterをやりたいと言ってる珍しい新卒が来ている」と、ちょっとした話題になっていたそうです(笑)。
冷ややかな視線と、上司への恩返し
―― 念願叶ってSNS担当になったわけですが、最初から順風満帆でしたか?
ウマ: いやー、最初は全然そんなことありませんでした。
入社が2020年4月、まさにコロナ禍の真っ只中でした。そんな中で7月からTwitterの運営を任されたんですが、健康食品の会社なのでどうしても「真面目で正統派」な広報のイメージが強い。
それまでプレスリリースや商品情報を淡々と発信していた会社のXが、ある日突然、新入社員がちょっと変わった投稿をするアカウントに変わったわけなので、「え、急に何?」となるのも当然ですよね。当時の上司とも、運用開始当初は正直かなりぶつかっていました。
―― 最初は社内でもアウェーだったんですね。
ウマ: でも次第に上司が僕の熱量を理解してくださるようになり、「この子なりに頑張っているんだろうな」「正直よくわからない世界になってきたけど、任せてみよう」と思ったのか考えを尊重してくれるようになったんです。今思うと、上司や角谷社長が陰でかばってくださって、僕が会社の中で潰れずに続けられるよう守ってくださっていたんだろうなと思います。
―― その環境が、馬さんの原動力になったと。
ウマ: そうですね。上司は一緒に社内を回ってくれて、運営に使うぬいぐるみを同僚の皆さんから集めてくれたり、たくさん協力をしてくださいました。なので、少しでも恩返しがしたくて。
1年目の半ばからは「あの子は〇〇さんの部下だ」と、上司の評価がプラスになるようにと願いながら、まずは社内の表彰(わかさ生活独自の社内表彰制度)を狙っていました。 結果として、1年目で新人賞2年目で成長賞、3年目で飛躍賞、5年目には社長賞をいただくことができました。
人気No.1への軌跡
―― 社内の信頼を勝ち取っていったなかで、対外的に「ブレイクした」という手応えを感じたのはいつ頃ですか?
ウマ: 運用開始から3ヶ月で初めて取材をしていただき、5ヶ月目には日経系の媒体でも取り上げていただきました。 決定的だったのは新卒2年目の時です。「企業公式Twitter中の人ランキング」で1位を獲得したんです。そのご縁で、あるビジネス系のムック本の表紙とインタビューにも起用いただきました。
―― すごいスピード感ですね。
ウマ: でも正直なところ、今あらためて当時の投稿を見返すと、数字だけを見ればそこまで派手なものではないんです。それでもさまざまな外部要因がうまく重なり、世の中から「勢いのあるアカウント」に見えていたんだと思います。
人気ランキング1位へ押し上げてくださった当時のフォロワーのみなさんには、本当に感謝しかありません。
―― その後さらに活動の幅が広がり、多くの企業とのコラボが実現していきましたね。要因は何だったんでしょうか?
ウマ: コラボのご依頼がたくさん来るようになったのはもう少し後のフェーズ、2023年から2024年頃の話になりますね。
最初は勢いとか、ある種の物珍しさで注目していただいたのかも知れません。でも続けていくうちに、応援してくださるコアなユーザーさんも増えてきまして。フォロワー数自体は大手企業さんより少なくても、1投稿あたりのエンゲージメント(反応数)の「実数」で勝てる場面が増えてきました。
だからこそ、「この馬と組めば数字が確実に伸びる」とひと目でわかるようになり、次々に声がかかるようになったんだと思います。
「馬と絡むとメリットがある」という実績を作れたことが大きかったですね。一緒にお仕事させていただいた企業のみなさんには、今でもすごく感謝しています。

「野生のホラクラシー」育ちの馬、BtoBの世界へ
―― ある意味で確固たる地位だったと思いますが、そこをなぜ離れようと思ったのですか?
ウマ: 今どきの考え方っぽくないかもしれませんが、入社当初は「ここに骨をうずめる」つもりで働いていました。でも、SNSのおかげで他社の方と交流させていただく機会が増え、外の世界を知るにつれて「自分の市場価値ってどうなんだろう?」と考えるようになって。
―― そこで転職先に選んだのが、GMOグローバルサイン・HDだったと。
ウマ: はい。一番の決め手となったのはGMOインターネットグループ創業者・熊谷代表とのコラボです。
以前ダメ元で熊谷代表とのコラボをお願いしたことがあったんです。「さすがに無理かな」と思っていたんですが、まさかの快諾で実現してしまって。その時一般社員である僕に対してもフラットに接してくださる、熊谷代表の人柄にとても惹かれました。
そうして「何事もNo.1を目指す」というカルチャーと、熊谷代表の懐の深さを知るにつれて、「この方がつくったGMOという組織で働いてみたい」という気持ちが日々大きくなっていったんです。
―― BtoBという全く異なる領域への挑戦に、不安はなかったですか?
ウマ:正直、もしかしたら「BtoBでも戦っていけるのでは」という思いがありました。
当時、GMOサインのアカウントとは何度もコラボしていたんですが、投稿を“いいね”順に並べ替えると、上位50投稿が「わかさ生活とのコラボ」や「馬が登場する投稿」で埋まっている状態でした。 その流れで、多くのフォロワーさんが自然とGMOサインのアカウントも一緒にフォローして応援してくださるようになっていて。
もともとBtoB領域はBtoCに比べて“見つけてもらえる環境”が圧倒的に少ない世界です。でも馬の投稿をきっかけにフォロワーさんが熱量を持って流れ込んでいる様子を見て、「環境と条件さえ整えば、BtoBでもBtoCのようにファンベースのSNSは成立するんじゃないか」と感じていたんです。
―― なるほど。カルチャー面ではどうでしょうか。実際に入社してみて前職とのギャップはありましたか?
ウマ: いえ、あまり違和感がなかったんです。 いま僕が所属するGMOグローバルサイン・HDは、上下関係をなくして役割と責任を明確にする「ホラクラシー型」という組織運営を導入していまして。
わかさ生活は一言で言うと「意味のない前例主義が大嫌いな会社」でした。 新しい挑戦は評価されるし、前向きな失敗は責められない。「上司から指示が降りてくる」ピラミッド型組織じゃなく、自分で考えて動くスタイルでした。
だから僕はわかさ生活っていう、いわば「野生のホラクラシー」の中で育ったようなものなので(笑)。 ホラクラシーだから選んだっていうわけではなかったんですが、結果的に入社してからも違和感なく働けています。
前代未聞の「キャラクターごと転職」
―― とはいえ「キャラクターごと転職」というのは前代未聞です。社内外の調整は大変だったのでは?
ウマ: まあ、普通はありえないですよね。
でも退職の意向をお伝えした際、角谷社長が「これまで君を応援してくださっている方も大切にしなさい。ファンの方々が迷子にならないように」と言ってくださったんです。角谷社長の懐の深さと、徹底したお客様思考を改めて実感しました。
その言葉に背中を押されて、異例となる「キャラクターごと転職」の発表に踏み切りました。
―― 反響はすごかったですね。
ウマ: はい、想像以上でした。発表ポストは8.1万いいね、980万インプレッションという大きな反響があり、6つの媒体で記事に取り上げていただきました。LINE NEWSのトップやYahoo!ニュースにまで掲載されて驚きました。

あと転職発表とあわせて「馬のステッカー」を販売したんです。2,000円以上の商品購入者への特典という形だったんですが、なんと350名以上の方が購入してくださり150万円の売上につながりました。
最後に少しでも会社に数字として貢献したいという思いがあったので、応援してくださる方の熱量がこうして形になったことは、ほんとに嬉しかったです。
――転職後のスタートダッシュはどうでしたか?
ウマ: GMOサインでは、入社初日からさっそくX運営に携わっています。初投稿がいきなり2.3万いいね・170万インプレッションと大きく伸びて、2つの媒体で記事にもしていただきました。
馬の復帰を待っていてくださった方が、こんなにいてくださったんだなとびっくりしました。
その後、月末までの約2週間で総インプレッション数は730万。会社の中でも過去最高の数字でした。かなり順調な滑り出しができたと思います。
気づき・迷い・可能性
―― 実際にGMOサインに来て、仕事の意識やスタイルに変化はありましたか?
ウマ: ガラッと変わりましたね。
わかさ生活の頃は、数字を伸ばすために自分の感覚とスピードを最大の武器にしていました。
「こうしたらだいたい上手くいくだろう」という感覚値があって、論理よりも感性の比重が高かった。後から理由を聞かれたら言語化できるんですけど、やってる時は完全に感覚なんです。
でもGMOサインに来てからは、単発のバズも大事だけど、「構造づくり」も大事なんだなと感じることが多いです。
ただ伸ばすだけではなくて、
・なぜ伸びたのかを言語化して再現性をつくる
・宣伝がきちんと効くように土台をつくる
・アカウント全体の設計図を描く
……といったことを意識するようになってきました。
ホラクラシーの中では、専門性と責任範囲を自分で定義し続けなきゃいけない。そのおかげで、仕事の仕方に芯ができてきた感覚があります。
―― 今後はどういった仕事をしていきたいですか。
ウマ: 普段からSNSに触れているからこそ、正直SNSの力を「何でも解決する魔法」だとは思ってません。成功例なんて本当に一部ですし、あくまで数ある手法のひとつだと認識しています。
僕が得意とする独自の運用スタイルを、またゼロから別の企業アカウントでやろうとするとかなりの労力がかかります。その労力を、もう一度SNSだけの世界に全振りするのは少しもったいないなと思っている自分もいます。
世の中的には「SNSの人」というイメージが強いかもしれませんが、実は広報の仕事そのものも好きなんです。わかさ生活時代もSNSでバズった時より、NHKなどのTV取材や新聞への掲載が決まった時の方が喜んでましたから(笑)。
だからこれからは、 「SNSの強みをさらにPR領域に少し広げてトップランナーを目指すのか」 それとも 「SNS運用の世界で徹底的に突き抜けるのか」 このどちらかが自分のメインのキャリアプランになっていくのかなと今のところは考えています。
どちらの道に進むにせよ、自分らしく、でも誰にも負けないやり方でBtoBの世界でも「蹄の跡」を残していきたいなと思ってます。
数字上は好調な滑り出しに見えますが、GMOサインでの奮闘はまだ始まったばかりでした。
実は、ここから彼は想像もしなかった“壁”にぶつかることになります。
スタートダッシュの裏にあった、誰にも言っていなかった“迷い”、そして直面した大きな壁とは──。
次回「2025年、Xのアルゴリズム激変にどう対応したのか?」
その“戦いの核心”を語ってもらいます。ご期待ください!
(次回へ続く)