DEKIRU!では「知りたい!ミュージシャンのDIY魂」の撮影に参加してもらっている、編集部とは長いお付き合いのフォトグラファー、福井馨さん。
日本2カ所、海外5カ所の動物園で撮影した写真をまとめ、このたび写真集『LOOKING AT YOU』として発表しました。
動物園で写真撮影を続ける理由、動物の展示方法の違い、文化の違いなど、各地を巡るなかで気付いたことを教えてもらいました。
公式サイト
https://www.kaoru-photo.com
「檻という舞台」で動物は演じている
まずは福井さんが動物園での撮影をはじめた理由を教えていただけますか。
実家が名古屋の東山動物園のすぐ近くで、幼少期から遠足や写生大会など「気づけば動物園に行っていた」環境でした。カメラマンのアシスタント時代に帰省すると、人物のテスト撮影の代わりに動物園へ行き、動く被写体でピント合わせの練習をしていました。
動物撮影では、どのような視点を大切にしているのでしょうか。
私は演劇が好きで、動物園は「檻という舞台セットの中で動物が演じている場所」だと捉えています。だから動物をポートレートのように撮るというアプローチが基本。
その延長で 「目が合うこと」 を絶対条件にしています。動物はレンズを向けると「ん?」という顔でこちらを見る瞬間があって、その一瞬を逃したくないんです。

動物園の人気者を狙いに行くわけではないんですね。
実は 人気者だから撮りたい、という気持ちはほぼありません笑。
それよりも、光の入り方が美しい場所や、背景が映える場所を優先します。舞台装置のように「ここに動物が来たら成立する」という場所を見つけて、あとはその瞬間を待つ。背景や光が悪いと、どれだけ魅力的な動物でも“その動物園らしさ” が写らないんですよね。
生えている植物や看板といった背景には、その国の文化が出ます。
来園者も国によって違いがあるので、そうした人々の佇まいも含めて、私は“動物園の空気” を撮りたいと思っています。

ニューヨークでの衝撃の出会いが、世界をめぐるきっかけに
世界の動物園を撮影するようになったきっかけは何だったのでしょうか。
ニューヨークのセントラル・パーク動物園で、マンハッタンの高層ビル群を背景にした猿山を見たときの衝撃がすべてのはじまりでした。“ニホンザルがマンハッタンの摩天楼を背負っている” という違和感と面白さに、写真の可能性が一気に開けた気がしました。猿山の中でこっちをドヤ顔で見てくるサルがいたんですけど、“お互い日本から出てきて頑張ってるな” って言われたような気がして(笑)、思わずシャッターを切りましたね。

確かにそれは印象的ですね。
動物園の在り方は、国によって大きく異なるのですか?
はい。特に ヨーロッパやアメリカは“動物主体” の考え方が強いです。
自然展示が進んでいて、檻ではなく動物が苦手とする地形や水で区切ってストレスを減らす構造が一般的。その結果、動物が広い緑の中に紛れてしまい、全然見えないことすらあります。でも、お客さんはそれをまったく気にせず「今日は見えなかったね、また来よう」くらいのイメージです。これは“見せるための動物園” ではなく“動物の生活を尊重する場にお邪魔している” という文化が根づいているからだと思います。
一方で日本は土地が狭いこともあり、お客様重視の展示が多いように感じます。そのためか、動物は人に敏感で、レンズを向けるとすぐこちらを意識したりもします。
アジアはまた別の魅力で、雑多で独特。ベトナムの動物園の売店ではガラスケースに謎のぬいぐるみがぎっしり詰まっていたり、観覧車が壊れそうな音で動いていたり…カオスなのにどこか温かい。
動物園って“国の文化の縮図” なんだなと感じます。

来園者にも国ごとの特徴が現れるんですね。
はい。特に日本は「推し活」が盛んで、毎日同じ動物の前に陣取る方が少なくありません。その子の性格や出身園まで詳しく、まるで家族のように語りかけている姿に出会うこともあります。ずっと同じ場所に立って撮っているので、こちらがカメラのセッティングをしていると「今日はあの子、調子いいよ」なんて話しかけられることもあります(笑)。
海外ではあまり見ない文化なので、日本の動物園の面白い特徴だと思います。

ちなみに、カメラ初心者でも上手に撮る方法ってありますか?
まずは連写機能を使うことですね。動物が一瞬だけこちらを見る “目が合う瞬間” を確実に捉えるには、連写しておくと良いと思います。
あとは 背景を意識すること。動物をアップで撮るだけだと図鑑になってしまうので、後ろに写る建物や木、餌の置かれ方などを入れると“その動物園らしさ”が出ます。例えば、キリンの後ろにマンションが見えるとか、カラフルな売店が映り込むとか。そういう背景が写真の意味を大きく広げてくれます。
そしてもうひとつは、光がきれいな場所を先に探しておくこと。いい光といい背景さえ見つかれば、あとはそこに動物が入るのを待つだけで写真はぐっと良くなりますよ。
写真集『LOOKING AT YOU』ができるまで

動物園を収めた写真集は8年ぶりとなりますが、作ろうと思った理由を教えてください。
写真も溜まって来て、前回出した写真集とはまた少し違うアプローチをしたのでまとめて写真集にしたいなと思い、作りました。展示とは違う、手元に残り、見たい時に見れるというところも写真集の魅力だと考えています。
商業出版も目指しましたが、流通に対応した印刷方法の条件が厳しくて断念。最終的にはオンデマンドで制作しました。
担当してくれた印刷所の方が優しく付き合ってくださって、紙の種類を選んだり、色の出方を見せてくれたり何度もやりとりをしました。
また表紙は、海外の写真集のようなデザインにしたいと頼んで作ってもらったので、想像以上に大変でしたが、そのぶん愛着もひとしおですね。

収録されているのは、2019~2022年に撮影された写真なんですよね。
はい。コロナ禍で海外に渡航できない時期もありましたが、2022年にドイツでの仕事の際、最後にデュッセルドルフでの撮影ができて完成しました。
前作『nude』は動物だけの写真を収録していたのですが、今回は動物だけでなく売店やオブジェ、来園者など“動物園という社会全体” を記録したつもりです。
お気に入りの一枚はありますか?
やっぱりニューヨークの猿山の写真です。
ドヤ顔でこちらを見るニホンザルと、背景にそびえる摩天楼は、何度見ても好きですね。「あ、これが私のテーマだ」と腑に落ちた瞬間の写真です。写真集には入れなかったんですけど(笑)、自分にとっては原点となる一枚です。
今後、動物園を撮影するうえで挑戦してみたいことはありますか?
この写真集を土台にして、やはり出版をして、多くの人に写真を見て貰いたいです。
出版していいというところ大募集です(笑)!
飼育員さんと一緒に檻の中に入って、見ている人たちを撮ってみたいという気持ちもあります。あとは雑誌で動物園特集があるなら参加したいですし、最古の近代動物園といわれるシェーンブルン動物園(オーストリア)にも必ず行きたいです。やりたいことだらけですね(笑)。
私はフリーでやっているので企画書を書くところからはじめないといけないんですけど、どうにも苦手で。なので今後は生成AIにも頼りながら(笑)、これからはもっと積極的に作品を外へ届けていきたいと思っています。
東山動物園の近くで過ごした幼少期、マンハッタンでのニホンザルとの出会い、世界の動物園を巡る旅。福井馨さんの写真には、動物園という場所に流れる文化や空気、人間の営みまでが写し込まれています。
写真集『LOOKING AT YOU』は、福井さんが世界各地から掬い上げた“動物園という小さな社会”の記録。ページをめくるたび、動物園を観る目が変わる一冊です。
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