楽屋Aを中心に活動する高校生ピン芸人「イナズマKすけ」。周囲が大人まみれの中、自分の身ひとつで楽屋Aに飛び込み、自分にとってのお笑いを試し続ける。それは度胸と、コミュニケーション能力が必要とされる過酷な道のりだ。なぜ彼は敢えて高校1年生という若さでこの世界に飛び込んだのか、それを支える家族や先輩芸人はどう思っているのかを今回取材した。

お笑いはマインクラフトでできた年上の友だちと楽しく遊ぶ手段だった
━━ 高校1年生ということですが、小中高とどんな学生生活を送っていますか?
小学生の頃は普通に毎日学校に行って、友だちと遊んだりしてごく普通の子どもでしたね。ただ、中学1年の終わり頃から卒業までの約2年間「なんかイヤ」で学校に行けなくなっちゃって。で、高校どうしようかなぁって考えた時に自分の好きなことにより多くの時間が割ける通信制の高校に進学しました。今は週に1回登校して授業を受け、残りの6日で自宅でレポート課題に取り組んだり、給食を提供しているパン屋さんでアルバイトをしています。
━━ なるほど。自分のペースで過ごせるような生活なんですね。その好きなことっていうのがお笑いなんでしょうか。
お笑いとゲームですね。元々僕はそんなにお笑いが好きだった訳ではないんです。今でこそ、よしもとの「黒帯」というコンビが好きで、彼らのラジオやネタにたくさん触れていますが、それは芸人になろうと思ってからの話です。それまでテレビは「逃走中」や「SASUKE」といったいわゆるバラエティが好きで、ネタをガッツリ観ていて、好きな芸人がいるとかはまったくなかったんです。

━━ えぇ!?じゃあなんでお笑い芸人を!?
6歳からPCやiPadに触れて「マインクラフト」を始めました。その後小学6年生の時、ネットのマインクラフトのコミュニティに参加するようになったんです。そのコミュニティの中で大喜利や漫才をする流れがあって、僕よりちょっと年上の仲間がそれでとても楽しそうに盛り上がってたんです。「いいなぁ」って……仲間に入れてもらいたかったんですよね。実際やってみると、今まで使ったことのない頭の使い方をして、めっちゃ楽しかったです。しかも、その仲間も「なんでこんなこと思いつくんだろう」みたいな面白いこと言っていて。それが楽しくて、お笑いをあまり知らないのに、ネタを作る機会が増えていったんです。
それで遊んでいるうちに「R-1グランプリ」の存在を知りまして。中学2年の時に、試しに出てみました。だから、僕の初舞台はR-1グランプリなんです。
━━ 出てみてどうでした??
めっちゃ滑りました。今考えたら、内容も支離滅裂だったんで当然なんですけどね。それを経験して「もっと場数を踏まなければ上手くならない!」と思って、自分が立てる舞台を探して、中3の時に楽屋Aに辿り着いたんです。
━━ 中学生の頃から舞台に立って人前でお笑いしてるんですね……!!!今、楽屋Aに出ていてどうですか?
楽しいです。楽屋Aの先輩たちはほんとうに優しくて、「ボニーボニー」っていう超尊敬する先輩芸人さんがいるんですけど、平場で助けてくれたり、公演前とかも話を聞いてくれたり、時にはアドバイスもくれて、ほんとうに嬉しいんです。他にも楽屋Aに出演している神戸大学や近畿大学の学生芸人さんたちが僕のことをとても気にかけてくれていて、大学のお笑いサークルのLINEグループに入れてくださってます。それが嬉しくて仕方ないんです。お笑いを始めてから出会った人たちからたくさん刺激をいただいて、今僕はとても楽しいです。
あと、今でもマインクラフトでできた友人たちとの仲は続いています。その仲間の中から進学した大学で学生芸人として活動する人たちも出てきて、彼らともお笑いの話ができています。学校生活はちょっと苦手だったけど、「お笑い」という共通項を持った人たちのおかげで、今最高に楽しいですね。

イナズマKすけさんを最初に見かけた時、彼は煙草を咥えた大人に笑顔で話しかけていた。その時の彼は高校生とは思えないくらい低姿勢で、敬語もきちんと使えていた。15歳ながら「大人を立てる」という礼儀が身についている子という印象を受けた。そうした律儀すぎる性格が中学の同級生とそりが合わなかったのかもしれない。
ただ、そんな健気な彼に協力したい大人が彼の周りにはたくさんいた。
「できる限り応援したい」と彼のお笑いの活動に口出しをせず見守るお母さん
━━ 息子さんが「お笑い」をすることに対してどう思われていますか?
学校に行けなくなった時はとにかく不安で仕方なかったです。「なんで行けないの?どうしたら行けるの?」なんて責めてしまったこともありました。「普通でいて欲しい」って思っていたんです。「今時高校に行っていないなんてどうなんだろう」とか、「今逃げても結局後から我慢しないといけない時は来る」とかそう考えていたんです。
でも、この子がもっと小さかった頃のことを思い出しました。小学校に入ったばかりの頃に配られた時間割を誰に言われるともなく、色分けし始めたんです。自分が使いやすいようにカスタムしたようでした。他にも、人生ゲームのマスの内容を自分で考えてみたり。そうやって過去のことを思い返すうちに、この子の「発想力が高い」という長所に改めて気が付きました。「もしかしたらこの子は与えられた枠の嫌なことで我慢させるよりも、好きな方向に道を切り拓きながら、伸び伸びと頑張ってもらえた方が良いんじゃないか」って考えるようになったんです。
そこからはもう好きなことをとことんしてもらおうと思って。ただ、それをするにもお金はかかるじゃないですか。大阪までの交通費や、時に大会出場のために東京や名古屋へ遠征することもあります。我が家は3人きょうだいなので、経済的にも限界があるし、この子だけ特別扱いする訳にもいかないです。だから活動にかかる一部はバイトで賄ってもらっています。好きなことをするために働いて、社会性や、我慢も身に付けてほしいという思いもあります。
遠くまで行くことはもちろん心配です。「きっと周りの方に助けてもらいながら頑張っているのだろう」と子供のことを信じて、見送っています……!
━━ 当然心配になりますよね。お母さんの中でイナズマKすけさんはどのような子ですか?
優しい頑固者ですね。やっぱりそういうところが中学校で馴染めなかった要因なのかなとは思います。ふざけて言うことの中にも許せることと、そうでないことが本人の中でラインがあって、やっぱりあの年頃って使う言葉がちょっと過激になってしまうところもあるじゃないですか。そういう時に流されることができなくて、居心地が悪くなっちゃったんじゃないかなと。大きな喧嘩をしたとか、いじめられた、嫌われたといったことはなかったから、本人は「なんかイヤだった」と表現していますけど、あの空気感が合わなかったんじゃないかな。
━━ 今後どう進んで行って欲しいなど願いはありますか?
今後お笑いをし続けるのかは私も本人も分かっていなくて、「道半ば」だと思っています。でも、お笑いを通して知り合った学生芸人さんたちを見て、「お笑いサークル楽しそう!大学に行きたい!」と言うようになりました。だから今後もお笑いに固執するんじゃなくて、居心地良く、彼なりに頑張れる道をどんどん前向きに模索してほしいなと思います。

大好きな楽屋Aを地元・兵庫で体感してもらいたい
2026年3月22日(日)に神戸新開地・喜楽館に楽屋Aの芸人を招いたライブが開催される。新開地といえば、戦前神戸最大の繁華街で映画館や松竹座をはじめとした劇場もたくさんあった。その繁栄っぷりは「東の浅草、西の新開地」と謳われるほどだった。
しかし、戦後復興が遅れたことで、神戸の中心地は元町・三宮へと移っていき、衰退の一途をたどる。阪神淡路大震災後に芸術の拠点となる場所ができたことをきっかけに復興が進む。
2014年当時上方落語協会会長だった6代目桂文枝さんが「神戸あたりにも上方落語の定席を」と発言された内容の新聞記事を商店街の若手が見る。そして1通の手紙を上方落語協会に送る。そこには、新開地での寄席の復活を切望する想いが綴られていたそう。その想いを受け、街づくりに携わる人々と上方落語協会が手を組み、開館を果たした。たったひとりの熱狂がたくさんの人の心を動かしたのだった。
そんな熱い想いが詰まったこの場所に、楽屋Aを拠点に、日々自分の中の「お笑い」と向き合い、自由に伸び伸びと活動する芸人たちが集まる。その主催者のひとり「石川エビフライさん」になぜこのライブを喜楽館でするのか、そのライブになぜ16歳の「イナズマKすけ」を誘ったのかについて取材した。

━━なぜこのようなライブを開催しようと思われたのでしょうか。
楽屋Aの存在、場所をもっと広く周知させたいからですね。僕もイナズマKすけもこの兵庫県出身なんですけど、地元にも「楽屋Aというとても自由にお笑いを楽しめる場所があるんだ」ということを知ってもらいたいんです。単純にオーナーの加藤さんに恩返しがしたいという気持ちと、僕は心底楽屋Aの自由なお笑いが好きなので、ファンを増やしたいという気持ちからですね。
喜楽館のキャパが200人なんですけど、もしそれを全部埋められたとして、200人に楽屋Aを知らせて、そのうち1回だけでも楽屋Aに来てくれる人が10人できて、さらにその中から1人でもファンになってくれたら僕はこのライブ大成功だと思うんです。やっぱり僕ら兼業芸人って、お金があることが強みだと思うんです。だからこういうプロの人が打ちにくい博打を打っていける。分や効率が悪くても、可能性があるなら賭けたいです。
そのために、0から宣伝活動を行っています。宣伝動画を作ったり、ポスター貼らせてもらえる場所を一軒一軒探したり、なんならお店のステージで実際にネタをして告知したり……。このライブを通じて地域とのコミュニケーションを取って、喜楽館に行くきっかけと、楽屋Aを知ってもらうきっかけとを作れるように奮闘しています。
━━ なるほど。では、なぜこのライブに高校生の「イナズマKすけ」を誘ったのでしょうか。
僕、彼はもっと評価されるべきだと常々思っているんですよね。学校の部活動を頑張るのももちろん素晴らしいことなんですけど、それって与えられた環境に既に敷かれた道じゃないですか。そこで奮闘できるのももちろん凄いんですけど、彼は道なき道を自分で探して、ひとりで自己研鑽して、自分よりうんと年上の大人にまじって対決してるんです。でも、こういうことができても社会は評価してくれない。部活で頑張ったら受験に有利になるのに、お笑いを頑張ってもそうはならない。それがなんか嫌なんですよ。でも、こうして地元に近い場所でライブを開催したら、今までお笑いに興味関心のなかった彼の知人なんかも来てくれると思うんです。そしたら「お前、すげーな!」って彼に箔がついたらいいなと思ったんです。

イナズマKすけさんは、お母さんだけでなく、楽屋Aの先輩芸人からも応援されていることがうかがえる。こうした応援を受け、彼はこの喜楽館でのライブへの意気込みをこう語る。

━━ 石川エビフライさんはこういった理由で、喜楽館のライブへの出演を誘われたそうです。イナズマKすけさんは、これを受けてこのライブへの意気込みはどうですか。
めちゃくちゃ嬉しいですね…!楽屋Aのライブって、演者や、その友達、サブカルチャーファンなど、楽屋Aをよく知っている人が来られるのに対して、このライブはそれに慣れ親しんでいない人が来られます。なので正直怖いです。ただ、自分を曲げてまでウケを狙いに行くのではなく、あくまで自分のお笑いを貫き通してやり切りたいと思っています。頑張るので、ぜひ足を運んでください!
楽屋A寄席 in 喜楽館
2026年3月22日(日) 18:30開場
https://tiget.net/events/446123

ライター紹介

後藤華子
サブカルと外食が生きがいのアラサー人妻ライター。
ライブハウスと居酒屋が実家です。
短所は好きなものの話になると、早口になるところ。