「はじめて買ったCDってなんだったっけ……」そんな懐かしい気持ちを思い出させてくれるお店が八王子にあります。
京王線「北野」駅から徒歩10分ほど。住宅街で静かに営業する『雨と休日』は、“穏やかな音楽を集める”というコンセプトのCDショップです。10年ほど大手CDショプに勤めた寺田俊彦さんが、2009年、杉並区・西荻窪駅前にオープン。その後、約4年間のオンライン営業を経て、2019年に八王子で再スタートを切りました。
開店当時から今まで「今の時代にCDショップ?」と言われて続けてきたという寺田さん。さまざまな音楽配信サービスが発展するなかで、現在までCDショップを続ける理由と、CDだからこそ得られるものを聞いてきました。
「売ることに責任を持ちたい」モヤモヤから生まれた雨と休日

2009年に西荻窪でスタートした、穏やかな音楽を集める「雨と休日」。オープンの背景には、大手CDショップで長年働いてきた寺田さんならではの想いが隠されていました。
大手で働いていた頃は、毎日たくさんの新譜が入ってきて、届いた作品を出しては並べて……という日々をくり返していました。次第に、一つひとつの作品に向き合えないことに違和感を感じるようになって。
CDひとつ作るには、作り手の血と汗の結晶がつまっているはずなのに、それに向き合うことができないことは作り手にも、それを購入していくお客さんにも失礼なのではと感じたんです。
CDを売ることにもっと責任を持ちたいと感じてはじめたのが「雨と休日」でした。
「やりたいことをやった方がいい」というご家族の強い後押しもあり、大手をやめてひとりお店をスタートさせた寺田さん。根強いファンが多い「雨と休日」ですが、オープン直後は決して順調ではなかったとか。

長くやりたいなとは思いつつ挑戦の方が大きかったですね。うまくいく確証もなかったですし、当初は「3年やってダメだったら辞めよう」と思ってました。
それこそ最初の1年は大した売上もなかったんですが、広告だけは出さないと決めていて。「 穏やかな音楽を集める」という曖昧なコンセプトのお店はほかになかったですし、口コミで広がっていくのがいちばん自然で強いし、お店のあり方が伝わると思ったんです。
転機になったのは、3年目に雑誌「BRUTUS」に掲載されたことでした。雑誌をみた方がお店に足を運んでくれるようになって。うれしかったですね。
好きに蓋をせず「穏やかな音楽」と出会える場所を目指して

どこか曖昧で、明確な境界線がないように思える「穏やかな音楽」というコンセプト。
寺田さんが大切にしているのは、「穏やかな音楽」というジャンルを広めることではなく、純粋な気持ちで自分の好きな音楽に辿り着ける場所をつくりたいという想いです。
音楽でいちばん大切なのは、そのときの気分やどんな場面で聴きたいかだと思っています。
音楽に精通している方は、自分の好みや気分に合わせて「音楽を選ぶ技術」を持っていると思うのですが、ほとんどの方はそうではないですよね。
そういう方にどうしたら一生モノの好きな音楽に出会ってもらえるのか考えたときに、ジャンル狭めずに「穏やかな音楽」というコンセプトを軸に作品を集めることに辿り着きました。
雨と休日では「day」「night」「rain」などのカテゴリをつけるだけで、ジャズやポップスなどのジャンル分け、年代別、国などを絞ることはしていません。ジャンルを絞ってしまったり、作品数を多く集めすぎたりすると、自分の好みの音楽に出会いづらくなるなと。
穏やかな気分になれる静かな音楽という大きな軸のなかで、ご自身の好きな音楽と出会う確率の高い場所を作りたいと思ったんですよね。

雨と休日で抱える作品数は常時300〜400ほど。あえて作品数を絞ることで、探しやすさを大切にされています。陳列された作品を表に向け、デザインの気になるジャケットを見つけやすくしているのも、こだわりのひとつ。

集められた作品はすべて、寺田さんが一枚一枚ていねいに耳を傾けたもの。聴いていて心が乱れないかなど、曲調や歌詞の内容も吟味し、ご自身の好みも大切にしつつ幅広い「穏やか」を集めるよう意識されているとか。CDの横には、寺田さんが楽曲を聞いて感じたコメントが並びます。
CDを売る立場の人間として、ある程度作品の説明をしなくてはいけないと思うのですが……。音楽は聴く人の自由があると思うので、説明をしすぎてしまうと、聴いた人の自由を奪ってしまうと思っているんですよね。だから具体的な説明はなるべく最小限にして、その楽曲を聴いて感じたことを書くように意識しています。
常々、アーティストと聴き手の橋渡し的な存在になりたいと思っているので、作品に込められた想いを自分なりに解釈しつつ、その気持ちをお客さんにシェアできたらいいなと。

CDの魅力は「音楽とともに過ごしてきた時間」を感じられること

音楽配信サービスが主流になり、誰でもスマホで簡単に音楽に触れられる現代。CDの魅力はどんなところにあるのか、寺田さんに尋ねてみました。
手に取ったジャケットのビジュアルを楽しんで、中身を開ける。作り手のこだわりやデザインを楽しみつつ、CDを取り出してプレイヤーに入れたら再生ボタンを押して、流れてくる音楽を楽しむ。くり返しているうちに、傷がついたり汚れたり、匂いが変わったり……。
CDで音楽を聴くって、こうした味覚以外の五感をフルで使うことだと思うんです。その分、作品に対する思い入れや記憶が強く残りやすいんですよね。
目で見て、肌で触れられる”実物”だからこそ、音楽と自分が一緒に過ごした時間を感じられるというか。今でも日々「CDの良さってなんだろう」と考え続けています。

寺田さんがCDショップを続ける理由のひとつに「選ぶ楽しさを残したい」という想いがあるといいます。
お客さんが自分の目で見て、耳で聴いて、「欲しい音楽だ」と選んで買う……。この能動的な音楽の聴き方が、すごく大事だと思っていて。おすすめされたものを聞くのもいいですが、自分で「この音楽好きだな」と選んだ方が、後から「違ったな」と感じたとしても後悔が残りにくいし、音楽に向き合う姿勢も変わってくると思うんですよ。
そういった意味で、雨と休日では「選ぶ楽しさ」を残しておきたいと思ってます。自分にとっても「CDショップ」はワクワクをもらえる楽しい場所でしたから。

SNSやHPでも作品について必要以上の発信をしていないという寺田さん。これは決して時代への逆行ではなく、能動的に、自らの意志で選ぶことを大切にしてほしいという想いが込められています。
いつか終わりがくるCDを「選択肢のひとつ」として楽しんでほしい

セレクトした作品が多くの手の人に渡ることは「バイヤー冥利に尽きる」と感じる一方、ひとりの人間として音楽を楽しみたいという気持ちから、自らアーティストへのインタビューを企画する寺田さん。作品に触れただけでは分からない疑問を投げかけ、必要とあれば文字に起こして読者にシェアしているとか。

店内に置かれているフリーペーパー『雨とQ日』も、寺田さんの手で毎月刊行されているもの。作品への感想や入荷予定の情報、小話を入れるなどして、ご自身も楽しみながら制作されています。
雨と休日は、私自身が「こういうお店があったらいいな」と思ってスタートしたお店です。とはいえ、CDってそのうち本当になくなるものなんですよね。だからといって「CDはいいものなんだから買ってくれ」ということではなく……。
あくまで“選択のひとつ”としてCDにはこんな魅力があるということを伝えていけたらいいなと思っているんです。
今は、CDでも、レコードでもスマホでも音楽が聴けて、どれが自分に合うのか選ぶ楽しさを味わえる、すごく貴重な時代ですから。
正直、いつまでCD屋を続けられるのか不安になることもありますが、いろいろな選択肢があるなかのひとつとして「CDっておもしろいかも」と思ってくれる人を増やしていけたらいいなと常々思っていますし、それをどう伝えていくべきか、今でも模索している最中です。

2026年、17周年を迎える「雨と休日」。今後は、20周年に向けて自主レーベルの作品作りを視野にいれているそうです。

取材時とくに印象的だったのは、寺田さんが聴き手やアーティスト、作品に秘められた「想い」や「自由」を尊重する姿勢を崩さないことでした。
『雨と休日』という場所にいると、そんな寺田さんの想いが伝染し、誰かの影響を受けずに自分だけの「いいな」という気持ちに素直になれると感じました。
穏やかな音楽に触れたいと思った方は、ぜひ雨と休日へ。きっと、いつの間にか忘れてしまった気持ちを思い出させてくれるはずです。

雨と休日
住所:〒192-0911 東京都八王子市打越町777
営業時間:14:00〜17:00
定休日:日曜(不定休)・月曜・木曜
X:https://x.com/ametokyujitsu
instagram:https://www.instagram.com/ametokyujitsu/
取材・執筆・撮影:はせがわみき