地方都市で文化を育てる個人店にフォーカスする連載「街の文化が生まれる場所」。
今回ご紹介するのは、神奈川県三浦市、小さな港町・三崎に佇む古着屋『ichiru』。70・80年代に作られたMADE IN JAPANのレディース古着に出会えるお店です。以前は、東京・高円寺で古着屋を経営されていたという、店主の佐々木拓馬さん。都内に比べて、人も時間もゆったりと流れるこの場所で、お店を続ける理由を伺いました。
心地いい場所を求めてたどり着いた三浦の街

独学で古着の世界へ飛び込んだ佐々木さん。2010年、『ichiru』の前身である古着屋『vivid』を高円寺にオープン。2013年にお子さんの誕生や店舗の契約更新などを機に、幕を下ろしました。
その後、三浦へ移住。住む場所が変わってからも「次はどこにお店を出そう」と、つねに新たなお店の構想を膨らませながら、古着の仕入れを続けていたといいます。
次にお店をやるなら、ふらっと立ち寄れるお店というよりも、本当に洋服が好きな方や、icihiruの雰囲気に惹かれてくれる方、ichiruをなにかをきっかけで探し出してくれた方、1日1組のお客さんにじっくり向き合えるような環境がいいなと思っていました。そんなポテンシャルのある場所を探してましたね。

観光客が集まる通りから少し離れた坂道の途中に佇む「ichiru」。入り口は引き戸になっていて、どこか昔懐かしさを感じられる外観です。土日祝日のみ営業しています。
鎌倉や横須賀に店舗を探しにいったこともあるのですが、自分がその場所に立っているイメージが湧きませんでした。その後、出会ったのが現在の三崎の店舗です。
天井が高い、日当たりがいい、近くに気軽に入れるおいしいご飯屋さんがあって、振り返れば海がある。この要素さえあれば、自然と人が集まるのではないかと考えましたね。

2019年のオープンから、6年ほどichiruを続けている佐々木さん。都内に比べて人が少ない三浦でお店を続けるために大切にしていることがありました。
ichiruに来てくれたお客さんには「なんだか心地いい時間だったな」と思って帰ってもらいたいです。
店内で流れている音楽、貼られているポスターや古着、私との会話などで、新しい発見や価値観を持ち帰ってもらうことができたなら、私がこのお店をやっている意味が少しでもあるんじゃないかと思います。
お客さんとは「今日ちょっと寒いですね」とか「どこかでご飯食べました?」とか、肩肘はらない会話をすることが多いですね。私の無理しない姿勢と空気が伝わると、この場所に来たことが”いい思い出”として残って、いつかまた来てくれる。そうやって一人ひとりに向き合うことが、自然とこういう地方のお店に人を呼ぶことにつながると思っています。
三崎港への観光がきっかけでichiruに立ち寄る方も多いそうですが、佐々木さんの人柄に惹かれて年に数回通ってくれるファンも多いとか。
大切なのは、お客さんとの信頼を積み重ねられる場所づくり。ichiruは、佐々木さんご自身が大切にしたいことに向き合ったからこそ生まれたお店です。

ていねいに1枚1枚セレクトされたMADE IN JAPANの古着

そんな「ichiru」で出会えるのは、70・80年代の日本で作られたレディース古着。実は古着業界において「日本製の古着」の魅力は見逃されてしまいがちな存在なのだといいます。
日本製の古着に価値をつけることはとてもむずかしいです。日本の古着に対する知識を持っている人や、資料として残っているものが少なく、共通のものさしがありません。私は王道的な古着を学ばなかったことで、日本製古着の魅力が見逃されていることに気がつきました。
ただ、いいものをいいと伝えることは、とても難しいです。思考を重ねてたどり着いたのが「MADE IN JAPAN」というコンセプトでした。共通のイメージとして伝えやすく、ひと言で洋服の魅力を語れると思いました。

ichiruに集められた古着はすべて、そんな佐々木さんが1枚1枚ていねいにセレクトしたもの。ご自身の感覚に従って「生地」や「つくり」をとくに重視しているといいます。

古着の魅力を尋ねてみると、「常に驚きや新しさを感じられること」という回答が返ってきました。70・80年代の日本製の古着には、ユニークな柄が多かったり、ボタンも生地もその服に合わせて作られていたりと、見ていてすごく楽しい気持ちになるとか。

ichiruの店頭に並ぶ商品は、どれも”ヴィンテージ”とは思えないほど状態のいいものばかり。70〜80年代の日本は、現在のように安価に洋服が手にはいらなかった時代だからこそ、一つひとつ大事に扱われているのが伝わってくるそうです。
そんな洋服たちをていねいにセレクトする佐々木さんの姿と、当時の人たちのていねいな生き方に、どこか重なるものを感じます。


商品のタグにも注目です。商品のタグに付ける際はその服に合った「衣銘」をインスピレーションで付けているそう。「おもしろいでしょ?」と語る佐々木さんはとても楽しそうで、タグの一つひとつに「何かを感じ取ってもらえたら」という想いが込められていました。

単なる「古着屋」ではなく「文化」を感じるお店であり続けたい

古着の販売だけでなく、定期的に展示やライブなどのイベントを企画するichiru。そこには、ただ古着を売るお店ではなく、「文化」や「新しい価値観」に出会える場所にしたいという想いがあります。
服を着ていく場所を作ることも、服屋の存在意義のひとつだと思っています。
こういう小さなお店でイベントをやると、みなさん「何着て行こうかな」と、普段何気なく着ている洋服に意識が向くと思います。そうやって、普段とは違う心の動きを感じられる場所にできたらなと。
洋服は、ずっと音楽やアート、マンガ、映画、写真などの文化的なものと深く結びついてきた存在ですから、古着と文化をかけ合わせることで、来てくれた人がなにかを感じ取ってくれたらいいなと思っています。

ともにイベントを作り上げるアーティスト・作家さんの多くは、なにかのきっかけでichiruを訪れた「お客さん」であることが多いそう。これも、佐々木さんが「洋服を売ること」だけに固執していたら繋がることのなかった縁。人が人を惹きつける場には、新たなカルチャーが生まれる。ichiruは、ほかでは出会えないような価値観に出会える場所です。

今後やりたいことを尋ねてみると、刺繍のジャケット制作、スーベニアTシャツ、ヴィンテージの生地を使った洋服作りなど…さまざまな展望をお持ちでした。今後は、三浦海岸で2店舗目の開店も視野に入れているそうです。
「古着目当てじゃなくても大歓迎」とのことだったので、ぜひ三崎に立ち寄った際は、ichiruの世界へ浸りにいってみてください。

ichiru(いちる)
住所:〒238-0243 神奈川県三浦市三崎1-10-6 1F
アクセス:京浜急行電鉄「三崎口」駅よりバスで15分ほど(バス停「日の出」より徒歩1分)
営業時間:13:00 〜 18:00(土・日・祝日のみ)
HP:https://ichirunonozomi.com/
Instagram:https://www.instagram.com/ichirutomisaki/
X:https://x.com/ichirunonzm
取材・執筆・撮影:はせがわみき