インディー映画の世界には、大きな資本やチームがなくても、自由な発想や実験的な試みで、最高に面白いものづくりをしている挑戦者たちがたくさんいます。この連載「インディー映画の現在地」では、そんな才能あふれる作り手と彼らが世に送り出した作品を紹介していきます。今回は、ここ最近の映画祭やミニシアターで大きな話題を呼んだ3作品をピックアップしました。
20歳の監督が社会を切り取る『空回りする直美』
最初の作品は、2025年の「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」で最高賞のグランプリに輝いた『空回りする直美』です。この映画を撮った中里ふく監督は、当時まだ20歳。専門学校の卒業制作として、この作品を作り上げたというから驚きですよね。
主人公は、発達障害とチック症を抱える兄を持つ高校生の直美です。兄の世話をしながらも、彼女は決してかわいそうなヒロインではなく、持ち前の明るさとタフさで周りをグイグイ巻き込んでいきます。物語に漂うユーモアと軽快なテンポが、重くなりがちなテーマをさらりと乗り越えていくんです。
審査員からも、「2025年の最前線の映画」と称賛されました。特に作家の山内マリコさんは、「きょうだい児という言葉で最近語られる社会問題を、面白くてタフな直美というパンチのあるキャラクターで描いた」と高く評価しています。
監督自身も「未熟で足りない状況」での制作だったと語っていますが、その制約がむしろ、このパワフルな物語を生み出す原動力になったのかもしれません。若い才能が社会のひずみを独自の視点で描き切る、まさにインディー映画の醍醐味が詰まった一本です。今後の監督の活躍が本当に楽しみになります。
音楽家と映像作家が新しい道を探る『わたのはらぞこ』
続いて紹介するのは、ミニシアターで口コミが広がり、ロングランヒットを記録した『わたのはらぞこ』です。監督は、加藤紗希さんと豊島晴香さんによる創作ユニット「点と」。この作品のもう一人の立役者が、音楽を手がけた音楽家・三浦康嗣さん(□□□)です。
通常の映画制作では、完成した映像に合わせて音楽をつけるのが一般的ですよね。「ピクチャー・ロック」と呼ばれる手法です。しかし、本作ではこの常識を少しずらしました。三浦さんが作ったデモ音楽に合わせて、監督が映像を再編集するという、音楽と映像が対等な関係で進んでいくやり方がとられたんです。この自由な制作プロセスが、作品に唯一無二のリズムと、観客を惹きつける不思議な魅力を与えています。
さらに面白いのが、制作のアプローチです。三浦さんが「主婦/主夫料理」に例えているように、手元にある素材だけでいかに美味しい料理を作るか、という考え方で制作されたそうです。例えば、映画の舞台である長野県上田市で撮影された看板の写真を、ラップの歌詞にしたり……。限られたリソースの中でこそ生まれる、自由でクリエイティブな挑戦が、この作品に新しい化学反応を起こしました。
一人で何役もこなす驚異の才能『ひみつきちのつくりかた』
最後に紹介するのは、「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」で観客賞を受賞し、全国公開までこぎつけた『ひみつきちのつくりかた』です。この作品を手掛けた板橋知也監督は、脚本、撮影、照明、編集、小道具制作をほぼ一人で担当したというから驚きます。インディーならではの「コンパクトな制作体制」の究極形と言えるでしょう。
物語は、子どもの頃に作った「ひみつきち」を、大人になった中年男性4人がもう一度作ろうと奮闘する姿を描きます。懐かしさと切なさがじんわりと心に染み渡る、温かい作品です。

監督は多摩美術大学で絵画を専攻していました。その美術の素養が、物語の繊細な光と影や、懐かしい風景の描写に色濃く反映されています。脚本から撮影、編集まで、あらゆる工程を一人で担うことで、作品全体に板橋監督の明確なビジョンと才能が隅々まで行き渡っています。
監督自身、「子供の頃から変わっていない部分と、完全に大人に変化してしまった部分を描きたかった」と語っていますが、観客は主人公たちの姿に自分自身の人生を重ね合わせ、強い共感を覚えることでしょう。この揺るぎない作家性こそが、多くの観客の心を掴んだ最大の理由です。
最後に
今回紹介した3作品は、どれも作り手のアイデアや情熱に裏打ちされたものでした。
「ないもの」を嘆くのではなく、限られたリソースの中で「できること」を最大限に楽しむ。そんな自由な発想と遊び心こそが、インディー映画の大きな魅力でしょう。今後も、そんなふうに自由にものづくりを楽しむ挑戦者たちの作品に注目していきます!