京都に住み、伝統を受け継ぎつつ革新に挑むチャレンジャーたちの姿を追う連載「シン・キョウト」。
第2回は、とても珍しい女性フレームビルダー(自転車職人)の片岡有紀さん(31)。昭和4年創業という永い歴史を誇る自転車メーカー「VIGORE(ビゴーレ)」の4代目です。女性が女性に相談できるカスタムオーダーサービスをスタートさせたり、3代目である父とともに小柄なライダーにも最適なロードバイクを開発したりと、自転車の世界に新たなニーズを呼び起こしています。「目指すのは“乗り味”のよい自転車」だという彼女に、お話を伺いました。
緑豊かな街にある自転車ショップは工房と店舗が合体していた

「女性のフレームビルダーは少ないです。私が知っているだけでも、お二人しかいません。全国で数名ではないかと思います」
そう語るのは京都「VIGORE(ビゴーレ)」の4代目、一人娘の片岡有紀さん。

ビゴーレは比叡山を背にした住宅街、岩倉にある自転車メーカーです。岩倉は京都の中心部へ地下鉄で約20分と好アクセスながら、近場にはボート遊びができる宝が池公園や、シラサギが生息する岩倉川がせせらぐ緑豊かなエリア。
ビゴーレはそんな、空気がおいしく、サイクリングにはもってこいの場所にあります。

「フレームビルダー」(Frame Builder)とは、自転車のフレームを設計し、自ら加工・溶接・組み立てをする職人のこと。乗り手の身体の特徴や用途に合わせ、ミリ単位の精度で「世界に1台」の自転車をハンドメイドする凄腕のエキスパートをフレームビルダーと呼びます。片岡さんは日本で数名という極めて珍しい女性フレームビルダーなのです。
ビゴーレの店内に入ると、その構造に驚かされます。ショールームと工房が合体しており、父である3代目・片岡聖登(まさと)さん(68)と娘の片岡有紀さんが自転車を製造している姿がスケルトンになっているのです。パイプカットしたり溶接したり、工作機械がズラリと並ぶ様子は圧巻。作り手の技術が目の前で堪能できて、まるでオープンキッチンの料理店のようにワクワクさせてくれます。


この工房兼ショップスタイルにしたのは3代目・聖登さんのアイデア。
片岡聖登さん(以下、聖登)「2代目からは『自転車をつくる姿なんてお客さんに見せるな』と怒られました。油まみれでお客さんに失礼やという昔気質な部分と、技術が盗まれるのを防ぐためでしょう。せやけど僕は自転車を製造している様子を見てもらえた方がお客さんも安心すると思う。それにうちは製造する工具や機械自体が自家製ですから、見られたところでマネなんてできませんよ」
なんと、自転車を製造する機械や工具自体も製造していたとは。ビゴーレのオリジナリティは、すでにここから始まっていたのです。
女性が快適に乗れる自転車を求めて

ビゴーレは1929年に開業した、創業97年に及ぶ老舗です。日本のスポーツ自転車ブランドの草分け的な存在なのです。
そんな永い歴史を誇るビゴーレに、娘の片岡さんは4代目にして革命を起こしました。それが2024年11月に発足した、女性が女性に相談して女性が自転車をつくるカスタムオーダーサービス「ビゴーレ for W」。おそらく日本で初めての取り組みです。

片岡有紀さん(以下、片岡)「スポーツバイク(軽量かつ走行性能が高い自転車)に乗る女性ライダーが少ないんです。市場の約10%程度だとも言われています。だから大手メーカーの商品がどうしても男性向けになってしまう。ご相談くださった方のなかには『これまで本当は自分の身体に合っていないのに無理に勧められて断れなくて、仕方なく大きな自転車に乗っていた』という方もおられました。私自身、身長が149cmで、手も小さいので『女性が乗りやすい自転車が少ないな』と感じていたんです」

「女性にもママチャリとはひとあじ違うスポーツバイクの愉しさを知ってほしい」「自分だけの自由な時間を感じてほしい」。そこで片岡さんが考案したサービスが「ビゴーレ for W」でした。
片岡「たとえば、初心者の女性が男性スタッフに『おしりのここに違和感がある』など、相談しにくいじゃないですか。だから妥協してしまう。相談相手が私だったら、ゆっくりお話を聞きながら『サドルは柔らかい革にしますか』『こういう軽いタッチのレバーがありますよ』など、私の実体験を交えながら提案できるかなと思って始めました。いつも盛り上がって1時間くらい話をするんです。そんな時間も心地よいひと時だと感じてもらいたいと思っています」
ビゴーレの定番「クロモリレーサー」※や、「山と旅の自転車」※を基本としながら、女性が女性と相談して、ちょうどよいサイズ感やカスタマイズをパッケージできる「ビゴーレ for W」。自転車を製造するのみならず、乗り方の講習会や岩倉界隈の史跡を巡るサイクリングイベント、工房見学などをたびたび実施し、着々と女性ユーザーの数を拡大しています。
※クロモリレーサー…鉄にクロムとモリブデンを添加した素材「クロムモリブデン鋼」でつくられた、ビゴーレの定番スポーツバイク。クロムモリブデン鋼は耐久性が高くしなやかな性質をもち、ペダルを踏んだときにしなったフレームが元に戻ろうとする力によって軽快な走りを楽しめる。
※山と旅の自転車…「クロムモリブデン鋼」でつくられた、ビゴーレで人気のサイクリン グ車。舗装路と未舗装路の両方を中速で心地よく走行できる、毎日の生活と旅のための自転車だ。

片岡さんはさらに2025年7月、自ら設計図を引き、小柄な女性ライダーにも最適なオールロードバイク「Horizon -sen-(ホライズン セン)」を完成させました。父の聖登さんと取り組んだ、親子で初めての共同開発です。

片岡「『本当に自分自身が乗りたい自転車をつくってみよう』と。でも自転車ってサイズを小さくすればするほど、いろんな箇所に制約が出てくるんです。それでも小柄な女性が自然な姿勢で乗れる操作性と、美しいシルエットを両立できることにこだわりました。設計図をデジタルとアナログで何度も何度も書き直してフレームを構築したんです。名前の“sen”は設計図の“線”なんですよ」

女性の体型に合わせて極小のXSサイズまで用意されているというHorizon -sen-。「これまで規格外とされてきたさまざまな人にも自転車を愉しんでほしい」という片岡さんの熱い想いが設計図の線にこめられた新作でした。

日本にいち早く取り入れた「愉しむ自転車」

ビゴーレは、鍛冶職人だった初代・片岡四郎氏が「片岡自転車商会」の名で、荷物を運ぶ運搬用自転車を製造したのが始まり。
しかし戦後、原付バイクやオート三輪など貨物自動車が普及し始め、売れ行きが落ち込んだのです。
片岡「売れなくなって廃業したり、オートバイへ転業したりする自転車屋さんが後を絶たない時代でした。私の曾祖父と祖父(創業者・片岡四郎氏と2代目・片岡保氏)も決断を迫られていたようです。そんなとき2人は、フランスでは自転車がレジャーやバカンスに愛用されていると知りました。そして『自転車にそんな使い方があるのか! 日本にもそのような文化をつくりたい!』と感銘を受けて輸入し始めたそうなんです」
日本で自転車といえば業務用で、豊かな時間を生みだすものといった概念がまだなかった時代。片岡家の2人は、まだ前例が少なかった「自転車の輸入」に着手します。しかし、すぐには定着しませんでした。
片岡「海外の自転車だから、当時の日本人にはサイズが大きすぎたんです。身体が大きな人がとても広い道を走る欧州と違い、京都は道幅が狭いし、坂も多い。根本的な設計が合ってなかったんですよ。それで『自分たちが本当に使いやすい自転車をつくらなくちゃだめだ』と製造を始めたと聞いています」
こうして1968年、京都にスポーツバイクを製造する国産ブランド「ビゴーレ」が誕生したのでした。

片岡「京都で半世紀の歴史があるので、いまメンテナンスしている最中の自転車は、実はうちでつくった50年前の商品なんです。購入した当時は中学生だった少年が60歳を過ぎても大事に乗っておられて。何十年と続くお付き合いです。お客様に寄り添う時間が長いのもビゴーレの特徴ですね」
購入した後も「まっすぐなハンドルからスポーツシーンに向けたドロップハンドルへ変えてみたい」といった要望があるなど、お客さんとの関係も「買ったら終わり」にならないのがビゴーレの特色でした。一人が長く使い続けるだけではなく、修理や点検を重ねながら親子3代にわたって乗っているケースもあるのだとか。
片岡「うちは、お客さんのおかげで今があります。そういえば、印象的だった出来事がありました。以前はうちの工房と倉庫がもっと比叡山の麓寄りにあって、2013年、大雨で水害に遭ったんです。そのとき常連さんが集まって復旧を手伝ってくださったり重機を貸してくださったりなど、「団結!」っていう感じで。当時の私は女子大生でしたが、手伝いながら『ビゴーレは、こんなにお客様に支えられていたのか』と感動しました」

常連客たちの手助けもあって立ち直りをはかれたビゴーレ。さらにこの災害がきっかけで新しい車種も誕生しました。それが「山と旅の自転車」です。
片岡「当時の自転車業界は『速く走れる。長く走れる。そんな自転車がよい自転車』という考え方が主流だったんです。けれども父は水浸し、泥まみれの災害を経験したことで『本当に豊かな時間ってなんだろう』と原点に立ち返ったと言います。そして『乗り手それぞれの時間をゆったり愉しむためのサイクリング自転車を新たにつくろう』と、開発を始めました。そうして完成したのが“山と旅の自転車”なんです」

舗装された街乗りから砂利道まで対応し、中速を楽しむ人のためにつくられた「山と旅の自転車」は、発売当時は「なんのための自転車?」となかなか理解されなかったと言います。しかし3度のマイナーチェンジを繰り返しながら進化し、次第に世間の理解も深まり、現在は「山と旅の自転車Plus(プラス)」と名を改め人気商品となりました。
コロナ禍で家業が窮地に陥り承継を決意

そんな歴史あるビゴーレに育ち、片岡さんも幼い頃から自転車に親しんでいました。
片岡「父が手がけた子ども用の自転車に乗っていました。お客さんから譲り受けた中古品をカスタムしなおしたり車輪径などを私の身長に合わせたサイズになおしたりなど、改造したものだそうです」
父の聖登さんは2009年にグッド・デザイン中小企業長官賞、2015年にグッド・デザイン賞を受賞するなど多数の栄誉に輝くカリスマビルダー。「片岡聖登さんがつくる自転車に乗ると五感が呼び覚まされる」と絶賛される、日本中にファンをもつ神業の持ち主です。
そんな巨匠が愛娘のためにリメイクした自転車ですから、それはもう最高の乗り心地でした。
片岡「父はお店の仕事がとても忙しく、あまり遊んでもらった記憶はありません。ただ『自転車で北区にあるおばあちゃんの家へ行こう』などとサイクリングに誘ってくれる日がたまにあって、それがとても楽しみで。当時の狐坂(市道 宝が池通)付近の道はまだ舗装されていないところもあり、地面がデコボコしていて、林道に入ると土や草のにおいが立ちのぼってくるのが印象に残っています。『たのしいな。自転車に乗っていると、特別な時間になるんだな』と感じていました」

そんなふうに自転車になじんでいた片岡さんですが、家業を継ぐとなると、話は別。同志社女子大を卒業後、産業用ロボットの設備メーカーに就職します。
片岡「実は……フレームビルダーになりたい、家業を継ぎたいと考えたことは学生時代、一度もなかったんです。自転車に乗るのは好きでしたが、まさか自分でつくる流れになるとは当時は思わなかった。自転車のオリジナルって何なのかすら、いまいちよくわかってなかったんです」
そうして産業用ロボットの会社に勤めて4年が経った頃、家業に大きなピンチが訪れます。それは、新型コロナウイルス禍でした。
片岡「コロナの影響で感染の心配が少ないアウトドアレジャーが注目され、自転車の需要が地球規模で爆発しました。それでよく『儲かったでしょ?』と訊かれるのですが、とんでもない。大手メーカーさんが『商機だから』と原材料をつくる工場を年単位で押さえてしまって、うちには部品がまわってこなくなったんです。サドルがない、車輪も片方しか入ってこない、原材料のパイプも入ってこない。それで自転車の完成に2年かかるとか。お客様も2年は、なかなか待っていただけません」
一輪車のメーカーじゃあるまいし、車輪が片方だけしか入荷しないのでは自転車が製造できません。納品して初めて収益となるビゴーレは商品を売ることができず、大打撃を受けました。
片岡「重ねて、両親がたて続けに入院し、厳しい状況が続きました。そのとき私は初めて家業の重要性に気がついたんです。『3代も続いたものづくりの伝統が、一人っ子の私が継がなければ、ゆくゆくは途絶えてしまうかもしれない』と」
家業が危機に直面し、片岡さんは次第に幼い頃の光景が蘇ってきたと言います。
片岡「工房で嗅いだオイルの匂い、金属を削っている音、父が溶接している背中、ゼロの状態からだんだん自転車になっていくドキドキ、そういう“当たり前だったもの”がなくなるのが単純に悲しくて……。それで迷いに迷って、思い切って家業に入る決心をしました。26歳の時でしたね」
そうして2021年から見習いとして働き始めた片岡さん。日中はビゴーレで自転車と向き合いつつ、一方で、同志社大の大学院にて経営を学び、そこで得た知見を家業に反映することで業績につなげていったのです。

効率化時代にあえて追求する「乗り味がよい自転車」

そんな片岡さん、“カリスマの娘”というプレッシャーはないのでしょうか。
片岡「ない……というか、私は父のようになる必要があると思っていません。父はもともとすごい才能があり、自転車づくりもおじいちゃんから教わったというより、ほとんど独学で身につけていきました。だから直感的にできるところがある。私が説明を聞いても『火はここをシュ~ってやんねん』とか、経験があるからこそ感覚的なんですよ。私はどちらかというと理詰めでものを考えるタイプ。これからブランドを継続させていくために、父の抽象的な感覚を数値化したり、明文化したりしていく必要があると考えています。感覚をそのまま継ぐのではなく、継承できる形に整える。それが、私にできることだと思っているのです」
父と自分との違いを自覚し、自分なりの道を模索する片岡さん。父の聖登さんは娘の職人ぶりを、どう見ているのでしょう。
片岡「僕よりもずっとスジがいいですよ。そりゃ技術的にはまだまだな点もあるけれど、ものづくりって器用さだけじゃない。彼女は私とは感性が違うし、世代も異なる。僕が『こうしたほうがええんとちゃうか』と思っても、それは彼女の人生やしね。自分で目標値を定めて、自分で答を出したらええと思う。そして何か新しいことをしたいというのならば、僕は全面的に協力しますよ」

父と娘、お互いが全幅の信頼をおきながらまい進するビゴーレ。確かにお仕事の様子を拝見していると、厳しい師弟関係というよりも、「超絶のワザをもつ匠の父」&「新たに知見を得てCADを操る娘」、それぞれの長所が合体した最強のユニットだと感じました。喧嘩をする日はないのでしょうか。
片岡「喧嘩はしますよ。仕事とぜんぜん関係ないところで。『さっき言うたやん』みたいな(笑)」
そして、片岡さんはフレームビルダーになって大きく変化した点があると言います。それは……。
片岡「体型です。『人って、こんな場所に筋肉がつくんや』って驚きました。30歳を過ぎて、まさか体型が変わるとは思わなかった。指も太くなって、10年前から持っていた指輪が入らなくなったんです(笑)。けれども、それはぜんぜんイヤじゃない。道具をきちんと機能するように扱えるようになったり、自分にできることが増えていったりしているのだと思ってます」
身も心もフレームビルダーに進化していたんですね。そんな彼女は今年2026年の初夏にかけて新企画に着手します。それが「VIGORE Classic(ビゴーレ・クラシック)。2代目・片岡保氏や3代目・片岡聖登の手によって1970 年代~90年代に制作されたヴィンテージバイクを現代の視点からアップデートする、温故知新の企画です。
片岡「創業者や二代目が憧れた“豊かな時間を過ごせる自転車”という原点に対して、別の角度からも伝えられるものを考えたいと思ったんです。効率化がよい、スピード感があるものがよいとされる時代です。でも忙しい日々のなか、ふっと心が柔らかくなる、季節の移り変わりを感じられる自転車がつくりたくなって。父がよく言う“乗り味”を味わいながら、ゆったりした時間を届けられる自転車、それがこれから私のつくりたいものかな」

タイパ、コスパが重要視され、映画や音楽が2倍速で消費される昨今。だからこそ、より速く、ではなく、よりマイペースに走れる自転車は最高の贅沢かもしれません。
自転車の世界に、そして京都の工芸界に新風を呼び込むフレームビルダー、片岡有紀さん。その新風はびゅーッと吹く激しいものではなく、頬をなでるような柔らかな風でした。

VIGORE(ビゴーレ)
住所:京都府京都市左京区岩倉南四ノ坪町55 ヴィラサンモリッツ
営業時間:平日13:00~18:30 土日祝11:00~18:30
定休日:火曜(火曜日祝日の場合は営業。翌日休業)/年末年始
取材・執筆・撮影:吉村智樹
ライター紹介

吉村智樹
京都在住。フリーライター&放送作家。カメラを手に近畿一円の取材に奔走する。大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校講師。著書に『VOWやねん』(宝島社)『ビックリ仰天! 食べ歩きの旅 西日本編』(鹿砦社)『吉村智樹の街がいさがし』(オークラ出版)『ジワジ