2025年4月、静岡県掛川市の8畳一間からはじまった『本屋 すみれ』。「今のまま仕事を続けてもいいのかな」と迷いを抱えていた近藤貴也さんが、街の本屋で過ごした時間をきっかけに立ち上げた独立書店です。
店内に並ぶのは、心あたたまるエッセイや小説などの新刊書籍や児童書など。読書を通して明確な答えが見つかるものよりも、新たな問いが生まれ、生活に彩りが出るような本を中心に選書し、定期的に「読書会」「対話会」などのワークショップも開催されています。
どのような想いで「本屋 すみれ」が生まれ、現在の姿になっていったのか、その想いを近藤さんに聞いてきました。
「どんな自分でも肯定される」本屋に救われ独立書店をオープン

2025年4月、ご自身の出身地である静岡県掛川市(※現在は菊川市へ移転)に独立書店『本屋 すみれ』を開業した近藤さん。以前は小学校の教員をされていましたが、迷いを抱えていた時期に「本屋」という場所に救われ、自分の書店を開くという道へと進まれました。
教員として過ごした約2年間は、自分の知識や経験の足りなさを実感し「本当にこのままでいいのかな」と感じる瞬間が多くありました。
決められた教育課程を実施することはもちろんですが、自分だからこそ生徒に伝えられること、話せることがもっとあったのでは……と思うことが増えていって。一方で、そういった疑問にゆっくり向き合う思考と時間が足りないままに、毎日が終わっていく感覚がありました。
このまま教員として経験を積むか、新しい道に進むか迷っていたときによく足を運んでいたのが、掛川市にある『高久書店』『本と、珈琲と、ときどきバイク。』2つの独立書店だったんです。
独立書店の魅力のひとつに「店主さんとの距離感が近く、自然と対話が広がるところ」をあげる近藤さん。そんな書店で過ごす時間に、徐々に心が満たされていったそうです。
本屋で、いま感じていることから少しずつ思考が広がっていく時間がすごく好きだったんです。
店主さんとの何気ない日常会話から気づきを得たり、本の表紙を眺めるだけで思考が広がっていったり。本屋だと普段は話にくいような話ができるのも不思議な魅力で、どんなことに対しても懐が深い場所だなと。
お店に通うたび、自分の感じているモヤモヤを聞いてもらうこともありました。通っていた独立書店の雰囲気が、どんな自分でいても許してくれるような肯定感に溢れていて、うれしかったんですよね。教員として過ごす日々の中ではなかなか出会えなかった価値観に触れられることも多くて。
自分でもこんな「時間」を過ごせる場所が作れたらなと。それが「本屋 すみれ」をはじめたきっかけでした。

書店開業に向けさまざまな書店をめぐるなか、誠実、謙虚に本や人と向き合う独立書店の店主に惹かれたという近藤さん。店名である「すみれ」には、自分も誠実・謙虚な姿勢でお客さん1人ひとりに向き合いたいという、近藤さんの仕事に対する姿勢と想いが込められています。
本だけを目的にせず「心が落ち着く空間」を目指して

店舗オープンを目指すなかで、とくに意識したのはお店の空間づくり。すみれのもうひとつの花言葉である「小さな幸せ」にかけ、幸せを感じられるような場所を目指したといいます。
最初の店舗は八畳ほどの和室だったので、実家の書斎に帰ってきたような雰囲気を意識しました。どのようなお店を出すのか考えたときに「落ち着ける」「ゆっくりできる」「懐古感がある」この要素が私の考える”小さな幸せ”に繋がると感じたんです。
オープンしてみると、ていねいに本を選んでくださる方、私との会話を楽しんでくださる方を目の当たりにしました。想像していたよりも長い時間過ごしてくださる方がほとんどで、多くの方がこういった空間と空気を求めていたことを感じられてうれしかったですね。
当初は「この場所で、豊かな時間を過ごせた」と思ってもらえるよう、なにか価値のあることをを伝えていかなくては……と思っていたのですが、一人ひとりお客さまと向き合う豊かな時間を重ねるなかで、お店を出したことでいちばん救われているのは、自分自身だと思うようにもなりました。

じつをいうと「読書熱は人並み」という近藤さん。そんな自分が出す書店だからこそ、これまで本屋に縁がなかった方、読書経験が少ない方に「ここならちょっと行ってみたいかも」と思ってもらえる空間を意識しているといいます。
掛川市には魅力的な独立書店が2つあり、読書好きな方が足を運べる場所はすでにあると感じていました。だからこそ「本屋 すみれ」は、これから本に出会いたい人にとって居心地のいい場所にできたらなと。
本のセレクトはもちろん大切ですが、空間自体を「美しい」と感じてもらうことが足を運ぶきっかけになると思ったんです。インテリアや照明選びや、配置、店内の様子や空気感が伝わる写真をSNSで発信することも意識しました。
現在は20〜30代の方に足を運んでもらうことが多いですが、10代の学生の方などにも足を運んでもらえるような風通しのいい場所であり続けたいと思っています。

「読書時間を彩る花」をテーマに、季節の生花やコップや花瓶など、ちょっとした入れ物に挿せるような一輪挿しのお花を取り揃える近藤さん。
ていねいに手入れすればきれいに育ち、時間とともに経過を楽しめるのは本と生花の似ている部分。どちらも日常をちょっと豊かにしてくれる存在です。
問いと気づきが生まれる、すみれの『哲学対話』

気になる本に出会えるだけでなく、少人数で読書を楽しむ「読書会」や「ただ、読む会」、正解のないテーマから互いの意見を聞き合う「哲学対話」などを開催するのもすみれの魅力。
菊川市へ店舗の移転(2025年12月)を決めたのも、人を集めたワークショップの開催を企画したいという想いがあったからでした。
ワークショップをやろうと思ったのは、どんな方でも思考をめぐらせる時間や意見交換の場があるといいなと思ったからでした。ふらりと立ち寄った書店で、店主と気軽な対話を楽しめる方もいれば、ルールや時間が決まっている方が話しやすい方もいるなと。
哲学対話には「よく聞くこと」「自分の言葉で話すこと」「人それぞれで終わらない」というルールがあります。簡単そうに見えるんですが、自分の話をよく聞いてもらえるのも、人の意見にしっかり耳を済ませることも、案外日常生活ではない経験だったりするんですよね。
どんな問いでも簡単に答えは見つからないものですが、「まあいいか」と諦めることなく思考をめぐらせる時間はとても価値があると思っています。こういった気づきや問いを対話を通して見つけられる場にできたらうれしいです。
あえて「完成」を目指さない書店を目指して

近藤さんがいま熱心に取り組んでいるのは、菊川市にどのような本屋が求められているのかを知るということ。
街にはどのような方が暮らし、どのような本を求めている方がいるのか知ることには、本屋としてあえて「完成」は目指さないという姿勢が隠されています。
本屋を続ける上で、読みたいと思える本と出会えることは非常に大切だと思っています。だからこそ、この街の方々がどのような本を求めているのか、街を歩いたり、車で走ったりしながら常にアンテナをめぐらせていますね。
お客さまの情報もなるべく細かくメモを残していて、選書する際の参考にしています。「次回来てくれたとき、この本が置いてあったら手にとってくれそうだな……」と想像するのは楽しい時間ですし、実際の購入に繋がったこともあってうれしかったです。

強い動機がなくても、ふらっと立ち寄れることが本屋の魅力だと考えています。
「悩んでいるとまではいかないけど、本屋にいけばなにか掴めるかもしれないな……」といった漠然な気持ちを抱えたまま足を運ぶ方は多いと思うんです。そして、こういった不明瞭で不確実な気持ちでさえも肯定し、包み込んでくれることが本屋の良さだなと。
「本屋すみれ」は、完成形に向かって逆算していくような本屋ではありません。街で暮らす方々の気持ちや生活に寄り添いながら変化していく「完成しない本屋」であり続けたいなと思っています。

人生に悩んで訪れた本屋をきっかけに、ご自身だから提供できる場所と時間を作り上げた近藤さん。個人で営業する大変さはありつつも「自分にはなにができるだろう」「どういう方法だったらいいだろう」と、ご自身の思考を店舗へ昇華できることの喜びとおもしろさに毎日ワクワクしていると語ってくれました。
違和感を覚えても、思考をやめないこと。新たな価値観に触れること。誠実で、謙虚な姿勢で向き合うこと。
近藤さんのお話からは、人生に迷ったときに思い出したい、大切な学びがたくさんありました。人生という道に迷いが生まれたとき、心落ち着ける時間を過ごしたいとき、ぜひ「本屋 すみれ」に足を運んでみてください。

本屋 すみれ
住所:静岡県菊川市嶺田958-2
営業時間:
【平日】13:00〜19:00
【土日】11:00〜19:00
定休日:月曜日
HP:https://booksumire.theshop.jp/
instagram:https://www.instagram.com/book.sumire/
取材・執筆:はせがわみき