京都に住み、伝統を受け継ぎつつ革新に挑むチャレンジャーたちの姿を追う連載「シン・キョウト」。
第1回は、音楽レーベル「never never Record」(ネバネバレコード)を設立した納豆メーカー「藤原食品」の4代目・藤原和也さん(47)。毎年7月10日の「納豆の日」にリリースされる新譜は、納豆を食べ終えた人しか聴けない画期的なシステム。大正14年に創業し、100周年を迎えた老舗の納豆メーカーが、いったいなぜ音楽の世界へ進出したのでしょう。謎すぎる背景について伺いました。

本邦初? 食べ終えると音楽が聴ける納豆

「納豆の老舗が音楽レーベルを発足!」。2024年、京都の食品業界に衝撃のニュースが駆け巡りました。
音楽レーベル「never never Record」(ネバネバレコード)を始動させたのは、2026年に100周年を迎える京納豆の老舗「藤原食品」の4代目、藤原和也さん(47)。代表取締役社長であり、かつ、ほぼワンオペで納豆を製造し続ける職人です。2013年に先代から家業を承継して13年目を迎えます。
藤原さんがオーナーをつとめるネバネバレコードの作品は、毎年7月10日の「納豆の日」にリリースされるのが決まり。
とりわけユニークなのは、聴取の方法です。高級感が溢れる紙箱を開けると、登場するのは300グラム入りの納豆。このボリュームたっぷりな納豆を食べ終えると、ケースの底からQRコードが現れ、読み取ると曲が聴ける仕組み。納豆を食べきった者だけがリスニングを許される桃源郷なのです。こんな納豆、こんなシステム、日本中を探しても他にないでしょう。


藤原和也さん(以降、藤原)「収録しているのは、この作品のためだけに制作したコラボレーションです。曲は他のどこにも配信しておらず、納豆を食べ終えない限り聴くことができない特別なもの。納豆も音楽も大好きな方には、たまらないと思います。納豆が苦手な方には……地獄かもしれません(苦笑)」
ネバネバレコードのポリシーは、大きく二つあります。
一つは「ジャンルが異なるアーティストどうしのコラボを実現すること」。
もう一つは「最高級の音楽と最高級の納豆をセットにすること」。
音楽のカテゴリーをまたにかけ、ユーザー、リスナーを「納豆のように混ぜ合わせてしまおう!」というのが、藤原さんの考えるレーベルカラーなのです。
1作目「NABEZOKO」(2024/¥1,800 税込)は、インストゥルメンタリスト/コンポーザーのKENT VALLEY(ケント・バレー)と、ラッパーの本田Qをフィーチャリングした作品。
納豆は、豆の味をしっかり感じられ、後味がすっきりとした福井県産「香り豆」を使用しています。

2作目「水憶」(2025/¥2,000 税込)は、ビートメーカーのPhennel Koliander(フェンネル・コリアンダー)と、オルタナティブ・ロックバンド「pile of hex」のギター&ヴォーカル・nagakoとの、畑違いなコラボ。
納豆は、甘みが深く、きな粉によく加工される青大豆、新潟県産「吉川在来」を使用しています。


アーティストは皆、京都の最先端を走る、それぞれのシーンの立役者ばかり。微妙に活動のフィールドが異なる彼らが、藤原さんが紡いだ縁で、ここでしか聴くことができない貴重で異色な共演を果たしているのです。

藤原「せっかく音楽レーベルをやるのなら、違うジャンルどうしをくっつけて、ネバネバさせたかったんです。接点がないアーティスト同士が糸を引きあって絡み合う。それが“納豆メーカーがつくるべき音楽”なんやろなって」
そして藤原さんのこだわりは、納豆を食べる行為と音楽を聴く行為を、同じ地平に置くことにありました。筆者は食後に容器を洗ってからQRコードを読み取っている行為が、まるで崇高な儀式のように思えたのです。
藤原「納豆付きの楽曲をリリースするならば、“食べる+聴く”じゃないと意味がないと思ったんです。ビックリマンチョコが流行したとき、シールだけ抜き取ってお菓子は捨てる人が多くて社会問題になりましたよね。ああいうふうになったらおもしろくない。『納豆、おいしいな。曲、最高やったな。この人ら、どっちも本気やん!』と感じてほしかった」

国産大豆にこだわった豆のうまみを味わえる納豆
このように納豆業界を震撼させた藤原さん。そもそも藤原食品の納豆はどのようなものなのでしょう。
藤原食品の直売店は、京都市営地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅から徒歩3分の住宅地にあります。朋友であるデザイナー・武藤要太さんの事務所ムトーヨータドーと合体し、2022年にオープンした、おしゃれな空間です。

創業は大正14年(1925)。アルバイト・パートも含めて約10名という小さな家族経営です。直売店の近所にある工場は現在、工事中でした。ほんの少し前まで古い町家の一画で細々と納豆をつくっていたのだとか。
工場では「大粒 京納豆」「鴨川納豆」、さらに、製造が極めて難しいという「京納豆 ひきわり」など約7種類の商品を週におよそ1万パック製造しています。主力の京納豆は8回も「全国納豆協同組合連合会会長賞」を受賞するなど、味のよさには定評があるのです。

藤原「4代にわたって、100%国産大豆だけを使い、昔ながらの製法でつくっています。タレの味でごまかさず、豆のうまみがしっかり味わえる納豆です。僕の代になって赤大豆をラインナップに加えました。日本には、その土地その土地、いろんな大豆がある。食感も粘りも地域によって異なり、個性があります。その違いを楽しんでほしいですね」

藤原さんが自ら生産者のもとへ足を運んで吟味したこだわりの国産大豆を使い、ユーザーはまるでコーヒーのように、豆の種類で選ぶ。それが藤原食品の納豆なのです。

音楽が大好き。知らない音楽に出会いたい
そんな納豆一筋に思える藤原さんが、なぜ音楽レーベルを?
藤原「単純に、めちゃめちゃ音楽が好きなんです。納豆を製造している最中もずっとSpotifyで曲をかけています。先入観なしで、ランダムに流している感じですね。『知らない曲、知らないアーティスト、知らない世界に出会いたい』という気持ちが断然強い。好奇心が無限なんです」
藤原さんがタイプの異なるアーティストのコラボを企画するのも、「知らない曲、知らない世界に出会いたい」という、湧き上がる好奇心の表れなのでしょう。そもそも「納豆×音楽」という組み合わせ自体、誰も知らない世界なのですから。

そんな藤原さんが音楽と出会ったのは小学生の頃。
藤原「クラスメイトのお姉ちゃんが、ヒット曲を含むいろんな楽曲をTSUTAYAでレンタルしてきて、カセットテープに録音していたんです。それを借りて聴いているうちに、『ヒットしているからよい曲ってわけではないし、流行っていないからしょうもない曲というわけでもないんやな』『ベスト10にランキングしているからって、曲のよさとは関係ないな』と気がついた。自分のなかで、曲のよしあしの基準が芽生えてきたんです」
雑多に収録されたカセットテープの影響で、「なんでも聴く」感覚が小学校時代にすでに芽生えていた藤原さん。唯一、好きだったアーティストが、この人でした。
藤原「子どもながら、初めて特別な才能として意識したのは高野寛さんでした。『この人の曲はすごいな』と感心して、好んで聴いていましたね。家族でご飯を食べているときに高野寛さんがベスト10にランクインしたのを知って、思わず立ち上がって『これやーっ!』って大声出してしまったのを憶えています。家族みんな、びっくりしていました」
初めて衝撃を受けたアーティストがテクノ、ポップス、ロックと多角度的な文脈で語れる高野寛氏とは。のちにミクスチャーな活動をする藤原さんの原点として、これは納得です。
学生時代はオアシスをはじめとするブリットポップ(1990年代中期にイギリスで起きた音楽ムーブメント)や、ジャミロクワイ、ケミカルブラザーズ、アンダーワールドなど「やや洋楽寄り」な嗜好となり、フリーターを経て埼玉県で料理人をしていた時期にクラブ遊びをおぼえ、京都へ戻った34歳の頃からヒップホップの深みを知るようになったのだそうです。
食品製造業側から音楽界へ提案したかった

京都を離れ、埼玉県で料理人をしていた藤原さん。家業を継いだ理由は。
藤原「店長を任されていた頃、他の料理人たちにうちの納豆を食べてもらったら、『こんなにうまい納豆、食べたことない!』と驚かれましてね。生まれた頃から納豆に囲まれて育っていたから価値を感じていなかったし、それまでまったく継ぐ気はなかったけれど、『この納豆は失くしたらあかんな』という気がして、それで地元へ戻ったんです」
「京納豆」の名を冠する銘品がこうして受け継がれたわけですが、意外にも両親は事業承継に反対していたのだそうです。
藤原「父は自分の代で会社をたたもうと考えていたようで、両親から継いでくれと言われたことは1度もないです。『こんなにたいへんやのに儲からん仕事、やめといたほうがええで』『埼玉での仕事が安定しているなら、そっちのほうがええ』と言われました。それが、へそ曲がりの僕の心に火をつけたんです。『継いでくれ』と言われたら、きっと継いでいなかったでしょうね」
当初は納豆職人である母に教わりながら、製法を学ぶ日々。シェフの経験があったとはいえ、納豆づくりは簡単ではありません。始めた頃は大豆を釜一つぶん丸ごと捨てざるをえない大きな失敗をした日もあったのだそうです。そんな試行錯誤を繰り返しながら、さまざまな賞を受賞するまでに腕を磨きました。
そんな藤原さんが具体的に「音楽レーベルを設立しよう」と考えた遠因には、一人の強烈な才人の影響があったのだそうです。
藤原「イギリスにマシュー・ハーバートという電子音楽の作曲家がいます。この方は野菜などの食材にレーザー加工で溝をカッティングしたレコードでDJしながら、さまざまな問題を抱える食品業界に警鐘を鳴らすサウンドプロジェクトを手掛けていたんです。それを知って、『マシュー・ハーバートほど高尚ではないけれど、逆に食品製造業側から音楽界への提案ってできないのかな』という気持ちが湧いてきました」
実験には実験を。野菜でDJができるのならば、納豆と音楽が合体してもよいはず。藤原さんのひらめきは、次第に発酵が進み、かたちになっていったのです。
納豆を書店や雑貨店で販売したってかまわない
とはいえ、藤原さんはいきなり音楽レーベルを発起したわけではありません。納豆にカルチャー要素をマッシュアップする試みは、実は前身がありました。それは2018年に挑んだ「書籍型納豆」。「滋賀県産 赤大豆」と「栃木県産 黒大豆小粒」のセットを、まるでスタンダールの小説『赤と黒』を思わせる商品名で、単行本のような装丁で発売したのです。しかも、実際に「書店で発売した」というから驚き。

藤原「僕は読書も大好きなんです。『だったら“書籍のような納豆”を販売したら面白いんじゃないか』と考え、京都の独立系書店“ホホホ座”など小さな本屋さんと手を組んでイベント的に販売したんです。すると、これがよく売れた。お客さんが『え? 本屋さんに納豆? なぜ?』と2度見して買ってくれたんです。この赤と黒のヒットのおかげで、度胸がつきましたね」
書店で納豆を販売するという斬新すぎる取り組みは話題となりました。そしてなんと! 京都発祥で近畿地方を中心に店舗を展開する大型書店チェーン「大垣書店」の一部店舗が、藤原さんの納豆を商品として扱い始めたのです。
実は取材中も買い物客がひっきりなしに訪れていました。なかには「大垣書店で売り切れていたから」という理由で、わざわざ直売所へやってきたお客さんもいたのです。「書店で納豆が買えなかったから」って、初めて耳にする日本語でしたし、藤原さんが納豆のイメージや流通の常識を覆していることを肌で感じました。

お客さんが二度見する。そして納豆を購入する。この“二度見”に新たな可能性を見出した藤原さん。地道にご縁をつなぎ、自社の納豆をアパレル、CDショップ、雑貨店などにも卸し始めます。なんと、一時期はあのBEAMS新宿本店とも取引していたというから仰天してしまいました。
藤原「これまで納豆業界は『納豆だからスーパーマーケットに置かなければならない』という固定観念に縛られていました。けれどもスーパーでは大手メーカーが3段で100円台という信じられない激安価格で売っています。うちの200円台の納豆ですら、お客さんから『高い』と思われてしまう。価格競争に巻き込まれてしまうんです。その点、書店や雑貨店、CDショップだと、お値打ち価格だと感じて購入していただけるんです。納豆の販路について考えを改める、よい機会となりましたね」

藤原さんは飲食店以外への販路の拡大をはじめ、ゲストハウスで朝食を提供したり、料理店を借りて納豆や自家製味噌の味噌汁などをふるまうイベントを開いたり、全国の納豆を食べ比べる「N(ネバ)‐1グランプリ」を開催したりと、納豆の普及振興のために奮闘しました。このような粘り強い活動の成果は売り上げにも表れ、なんと先代の4倍にまで伸ばしたのです。

藤原「京都へ戻ってきた当時、うちの納豆は売れないし、暇でした。こんな状況でも両親はかたくなに品質を落とさず、味を守り、よう続けてきてくれた。バトンをつないでくれてありがとうという気持ちになりました。だからこそ、『あとはこの味をもっと世間に知ってもらう努力をするだけだ』と、頑張れたんです」
生来の“へそ曲がり”が奏功し、納豆の新たな可能性を見出して会社を立て直した藤原さんは、そのモチベーションの原点を、こう語ります。
藤原「納豆に携わる職業の価値をあげたいんです。納豆メーカーは年々、数が減って、現在は全国で100社を下回ってしまいました。関西に至っては組合に加入している会社はたった6社しかないんです。現実問題、地味でたいへんな仕事です。夏場なんて1日でTシャツを何枚も着替えるほど汗だくになります。それなのに味も原価も品質も考慮されず、ただただ安さが求められ、買い叩かれる。そんな業界を変えたい気持ちはありました」
さぁ、これからは。
藤原「ネバネバレコードで納豆×音楽の作品を10年間リリースし続け、10年後にフルアルバムを制作し、フェスをやって解散。これが目標です。そして10年のあいだに、納豆をもっと暮らしに溶け込ませたい。『こんなところでも売ってるんだ』『ここにもあるんや』という感じで。そのためには音楽だけではなく、絵でも写真でも、いろんなクリエイターとネバネバしていきたい。納豆業界もこんなことができるんだ、食品業界っておもしろいんだよって、若者に伝えたいですね」

日々こつこつと納豆を製造しながらも、「この納豆をどんなふうに人々に届けようか」と考え、ネバネバレコードの発足など既成概念を壊し続ける藤原さん。不屈の、まさにネバー・ギブアップの精神を感じました。
藤原食品×ムトーヨータドー
住所:京都府京都市北区長乗東町204‐5
アクセス:京都市営地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅下車 徒歩3分
営業時間:10:00~16:45
定休日:土・日・祝・お盆・年末年始
Instagram:
https://www.instagram.com/kyonatto_mutoyotado
https://www.instagram.com/fujiwara_syokuhin
Facebook:
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取材・執筆・撮影:吉村智樹
ライター紹介

吉村智樹
京都在住。フリーライター&放送作家。カメラを手に近畿一円の取材に奔走する。大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校講師。著書に『VOWやねん』(宝島社)『ビックリ仰天! 食べ歩きの旅 西日本編』(鹿砦社)『吉村智樹の街がいさがし』(オークラ出版)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)などがある。朝日放送のテレビ番組『LIFE 夢のカタチ』を構成。