“安心でおいしい非常食”は被災地だけでなく、社会も変える。「ONE POT WONDER」が目指すもの

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“安心でおいしい非常食”は被災地だけでなく、社会も変える。「ONE POT WONDER」が目指すもの

まだ記憶に新しい2024年の能登半島地震をはじめ、大きな災害が至るところで発生する日本。日常の“防災”について、いろいろと気になっている人も多いのではないでしょうか。災害が発生すると、まず大きな課題となるのが「食」です。従来の非常食ではなく、通常時も非常時も、食卓を彩る美味しい「食事」として楽しめる食品を……そんな想いで活動している「ONE POT WONDER」。プロデューサーのBench Sasaki Susumuさんにお話を伺いました。

コロナ禍のピンチから生まれた「ONE POT WONDER」

中野駅前から歩いて10分ほど。昔ながらの雰囲気がまだ残る、新井薬師商店街の中にあるグローサリーショップ「Groceries Market IPPUK」。一歩足を踏み入れると、棚に置かれたスタイリッシュなレトルトフードが目に付きます。このレトルトフード、「ONE POT WONDER」が誕生したのは、新型コロナウイルスの流行がきっかけでした。

「IPPUK」は「ONE POT WONDER」をはじめ作り手の思いが伝わるクラフトフードや、調味料が集まるグローサリーショップ。

仕事としていくつかの会社に関わっていて、ブランディングとかプロモーションに関わる会社と、それとは別に中野の「青二才」という飲食店グループの取締役をつとめています。

新型コロナウイルスの流行で飲食店としての営業ができなくなり、一方で業態転換に対する助成金などが出ていました。そういった背景から一食からレトルトフードが作れるラボみたいなキッチンを作りました。

以前、知人から冷凍のカニをギフトにもらったんですよね。事前の連絡もなく(笑)。受け取った時に、冷凍庫はすでにいっぱいで、冷凍庫に入らないのでその日のうちに食べないといけないけど、その日は外食の予定があって結局食材を悪くしてしまったんですよね。

どんなに素晴らしい食材でも、保存環境に合わせた食品でなければギフトとしては成り立たないこともあると思うんです。冷凍食品は素材の味を活かせるけれど、常温保存できる食品はそんなこともないし、コロナ禍で“内食”の需要も高まっていたこともあり、レトルトの食品づくりを始めました。

新型コロナウイルス流行というピンチの状況を打開すべく、手探りのところからはじまったレトルトフードづくり。しかし、そこにはさまざまな壁がありました。

いろいろと試すうちに、レトルトは真空にして熱で殺菌するので、メニューによっては、保存料を使わなくても常温保存できる食品が作れることを知りました。やっていく中でレトルトフードの価格妥当性の課題にぶち当たりました。レトルトフードは高度成長期に伸びた事業ということもあり、基本的には“大量製造”で“安価”で買い求めやすいことが大前提。実際に自分たちでやってみると、大手企業が作っている200円や100円のレトルトフードを製造することは絶対無理なんですよね。

そこで僕たちは、添加物をできる限り使わず、多少高価でも原料や添加物が気になる方でも安心して食べてもらえるような食品を作ろうと。そしても味も価格に見合った味にしなければいけないという音で、高圧をかけて高温で殺菌する技術を調理技術として活用することで、ほろほろに柔らかくなったお肉などを使った、レトルトフードのイメージを超えた味を表現する方向で開発をしています。

そうやってスタートしたレトルトフード事業。折しも、新型コロナウイルスの流行と同時にキャンプブームが到来、もともと調味料やマスタードなども作っていたことから誘われて出店するように。

イベントでも大人気だという「ONE POT WONDER」のクラフト粒マスタードシリーズ。

”キャンプイベントでの出店”と”レトルトフード”の相性がとても良かったんですよ。通常の飲食出店だと仕込みや売れ残りのロスの問題もあるけど、常温保存できるので、その心配はなくなるし、その場で売ることもできる。アウトドアにブランディングを寄せたタイミングで、”1つの鍋でも子供から大人までみんなが一緒に楽しめる”そんな体験を提供したいという思いから、「ONE POT WONDER」というブランド名をつけました。当時は、「甘口カレーを大人カレーにするスパイス」なども販売していました。

“ストーリーのある食”が紡ぐ新しい防災の形

値段は多少高くても、安心、安全でおいしいものを、食べたい時に食べられるようにする……そんなことからスタートした「ONE POT WONDER」のレトルトフード。その大きな特徴は、 “ストーリー性”を持った商品が多いことです。

例えば、「鱒釣りの聖地」と言われながらも、ヒメマスの生息数が徐々に減っているという中禅寺湖。その実態を知り、釣り文化を次世代につなげる活動をしているLakeside Storiesという団体を知ったことで、開発へとつながった「中禅寺湖産ヒメマスの真空高圧蒸し」。昭和37年に起きた伊勢湾台風により大打撃を受けた稲作農家が事業転換し、養鰻が発展したという“ピンチをチャンスに変えた”愛知県西尾産のウナギを使った「一色うなぎの蒲焼と出汁粥」。

社会課題や素材にまつわるエピソード性を重視した商品作りを続け、全国各地でイベント出展を続ける中で、2024年1月に起きた能登半島地震の被災地支援の話が舞い込みました。そこで直面したのは、被災地の「食」の現状です。

実は、“非常食”への取り組みは、ブランドを立ち上げた時から構想していました。ただ、僕らの商品は価格が高いという点がネックでした。でも能登半島地震の被災者の方々と話をすると、被災時には一日一食でも“美味しいご飯が食べられるかどうか”がとても重要、お金があったって美味しいご飯が食べられない環境なんだよというお話を伺いました。

被災地への支援食は、どうしてもインスタント食品、カップラーメンやレトルト食品がメインになります。能登半島地震の被災者は高齢者の方が多く、そういった食品を食べ続けることがむずかしかった人も多かったと伺いました。

もちろんカップラーメンや市販のレトルトが悪いわけではありません。備蓄しやすくて美味しい食品はとても重要だと思っています。避難所生活の中で、唯一の楽しみといっても過言ではない食事の体験を豊にしたいという想いがあります。ランチでも美味しいご飯をお食べようと思ったら1000円以上かかることが珍しくなくなった、もっと日本で1000円を超える非常食があったっていいんじゃないかと思っています。

豚骨スープをベースに全17種類のスパイスを調合した「豚骨スープのスパイスカレー」900円。IPPUKUでは、希望すれば販売しているレトルトをその場で食べることもできる。

「ごちそう非常食」が社会を変える未来へ

能登の方々とのコミュニケーションから、自分たちの作るレトルトフードを「非常食」として備えてもらう活動がスタートします。ONE POT WONDERのサイトでは現在、販売しているレトルトフードを「美味しい非常食」としてオンライン販売するだけでなく、数ヶ月に1度の定期便として販売することでローリングストックを推奨しています。口に合わないかもしれない非常食を何年も溜め込んでおくのではなく、“ごちそうレトルト”として日常的に消費することで災害に備える……それが、ONE POT WONDERの考え方。できれば、自治体の災害備蓄にもこの考え方を広めたいと語ります。

IPPUKUの店内。ONE POT WONDERの商品は奥に見えるラボで開発・生産されている。

行政や企業が備蓄する非常食は基本的に長期保存できるもので、賞味期限が3年〜5年のものが中心。期限が来ると入れ替える必要があり、廃棄処分の前に地域住民に配布などを行うことも多いですが、そういった長期保存食は、自治体が決めた条件ににフィットした食品で、その条件に味という基準はありません。一日一食だけでも美味しいご飯を食べられたら頑張れるという能登の方々の言葉は、学びとして防災に活かすべきだと思っています。

全部でなくていいんです。自治体で備蓄している食品のうち、全体の5〜10%でいい。もし災害が起こっても、一日一食は美味しいものが食べられるように変えていこう、という提案をしています。

前述の通り、ONE POT WONDERではさまざまな社会課題を抱えた場所の素材を積極的に扱っています、何年も備蓄できる食品に比べたら、賞味期限は短いかもしれないが、国内の素材を使った食品を、自治体が定期的に備蓄品を入れ替えることで、生産者は安定した収益を確保できます。そうすればロボティクスなどの新たな設備投資ができるかもできないし、ゆくゆくは今、日本が直面している食料自給率の問題の解決にもつながるかもしれない、とのこと。

たとえば、お米の備蓄はアルファ化米でもいいと思うんです。大切なことは、そのアルファ化米をどうやって食べるか。たとえば優しいお出しで戻したりすれば、体が弱った人や高齢者の人でも食べやすメニューになります。エビのビスクにチーズなどをかければリゾットになります。

能登では、食事をアレンジして楽しんでいた集落はやはり美味しくご飯を食べていたと伺っています。”食を楽しむ”ということの精神的な影響を、自治体が汲み取って行けるようになると避難所のあり方も変わっていくと思います。
そして動かないまま保存している食品を活性化させることで、経済的に変化が起きたり、農業の現状に改革が起こせる可能性についても一緒に考え、行動していきたいと思っています。

「食」には、栄養をとるだけでなくテーブルを囲んでコミュニケーションを取るという「文化」が必ずある。そういった文化を大切にしたいと思っています。そして僕たちが受け取ったように、次の世代にも今の僕たちが作ってきた新しい文化を繋いでいきたいと思っています。ONE POT WONDERの取り組みだけでなく、「食を楽しむ」取り組みがあればドンドン参画していきたい……そう語ったBench Sasaki Susumuさん。ONE POT WONDERの小さなレトルトフードには、“社会を変えよう”という大きな意欲が込められているのです。

GROCERIES MARKET IPPUK

〒165-0026 東京都中野区新井1-15-12

TEL:03-6465-0866

営業時間:

【金曜】10:00〜17:00

【土曜・日曜】10:00〜19:00

店休日:月曜〜木曜

取材・文/川口真紀 撮影/後藤秀二

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